プレゼントは私だ
「リュビアからの報告結果が出ただと。話せ」
「はい」
ヴァーシャがカストルに報告を始めた。
「惑星リュビアからのマスドライバー輸送の補給物資偽装弾頭は目標地点に正確に着弾しました。ズレは二メートルもありません」
「さすが超AIといったところか」
「はい。ですが戦果は芳しくなく、予想が外れたとの報告です。人的被害もゼロであり、少なくとも目標であったアストライアの秘密基地ではなかったようですね」
「外れたか。かつて三惑星の兵器全般を取り仕切っていたアストライアだ。いくら性能がリュビアのほうが上とはいえ惑星管理AIが予測する戦術を上回るのは余裕だろう」
「戦闘の専門家ですからね」
「三発とも予測施設を外したんだな」
「はい。本命弾は何かしらの施設には命中していたようですが、セリアンスロープさえいなかったとのこと。ファミリアの福祉施設のようだとのことです。人間が二人いたそうですが安否不明です。おそらくですがファミリアの面倒をみる係かと」
「人間がたった二人? あとは全部ファミリアか!」
「はい」
カストルは露骨に嫌な顔をした。
いくら読みを外したとはいえ、無人ならまだよかった。ファミリアしかいない場所とはろくでもない。
「動物園を攻撃しても何もならん。捨て置くぞ」
「賛成です。警戒機を飛ばす価値もないでしょう」
カストルは顔を覆う。
思えばこの嘆きの仕草もメタルアイリスとやり合い初めてするようになった。最初に顔を覆ったのはいつだったか。そう、あの巨大な糸車……
「……嫌な雑念は思い浮かぶものだ。リュビア個人の意思がある最後の仕事がこの結果とは実に嘆かわしい」
「同意いたします。かの超AIも最善手は尽くしたのでしょうが。超AIの自我はやはり?」
「ストーンズ側唯一の超AIをもってしてもお手上げだそうだ」
「かの『ヘルメス』を持ってしてもですが」
「ああ。どこまで全力を出しているかはわからぬがね」
狡知の神ヘルメス。盗人や旅人の神の名だ。生まれたゆりかごにいるときから泥棒を働き、軍神アレスになりかわり女神ヘラの母乳を飲み続け親から子へ与えるその愛情さえも盗んだ。
無類の好色でもあり、策略を用いた戦闘の達人、巨人殺しでもある。
ストーンズが単体で人類と抗争が可能なのはヘルメスのおかげなのだ。
「では山岳部への派兵計画はなしにして中央軍に集約します」
ヴァーシャが結論に入る。
「それでいい。もし大型宇宙艦でも入港していたならば進軍の価値はあろうが…… それさえもないのだろう?」
「報告によるとそうですね」
「超AIもまた基本的には利用者に嘘はつかん。また今の自我のないリュビアが嘘をつく理由もない」
アルベルトもまた、その意見に頷く。
「少なくともその三カ所にシルエットベースがないと判明しただけでも成果かと。しらみつぶしに探すのはP336を落としてからで十分です」
「そうだな」
カストルは頷いた。
中央軍に集約、マスドライバー攻撃による敵基地探索は失敗と結論付けたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マスドライバー着弾から一週間経過した。
「……五番機。応答して。コウ、いる?」
「マットか!」
思わずマティーの愛称で呼びかけるコウ。
「生きているよ、健康に問題はない。多分こちらと通信や情報、運営権限が遮断されているはずだ」
『ちょっと待って。私ここにいるから』
『非常事態です。私の話でもあります。失礼ですが割り込みさせていただきます』
アシアとアストライアが通信に割りこんできた。
「二人ともか。話す手間が省けた。僕とファミリアたちは全員無事だ。施設もほぼ影響がない。着弾弾頭は本当に細い、針みたいな弾頭だったんだ」
『それがシルエットベースの全権限を奪うほどのAIを積んでいたということ?』
「そうだね」
三人が固まる。
「多分一ヶ月後には、権限はアシアとアストライアに戻るはずだ」
『なんでそこまでわかるの。って。いい加減でてきなさい。黒幕さん』
「アシア?」
アシアはマットの背後にいるであろう黒幕に語りかける。
『あなたは――リュビアね』
「恐れ多い。私はそんな偉大な女神の名を冠した存在ではない」
『なんか言ってるし!』
間違いなくアシアの姉妹だとコウは実感する。
そう思ったであろうマットともまた目を合わせ頷いた。
画像には影だけ映っていた。
だがその両眼は爬虫類を思わせる、縦に細長い光る瞳孔。
『あなたも私と同様、全主要施設を制圧され、そして解析、ハッキングの末破壊されたはず。なのに…… まさか表層意識を生体へ?』
「さすが
『なんて無茶なことするの。生体へ落とし込んだらあなたの本体は…… その肉体に意識を宿すのだってそう長いこと保たないでしょうに!』
「プレゼントは私だ。受け取れ、アシア」
『
虚ろな瞳のアシアが言う。少し嫌そうなそぶりだ。
「なんだと!」
憮然とした雰囲気を醸し出すリュビア。
『私もいりません。シルエットベースと地下施設を返してください』
アストライアも同様に嫌そうな表情をしている。
「そう嫌がるな。アシアとアストライアに告ぐ。シルエットベース及び地下工廠の権限は一ヶ月後には返却する」
「どうしてそんな?」
「一ヶ月後には明らかになるだろう。アシア生産分の兵器は私が引き継ぎ、P336要塞エリアへ送る」
もはや何が起きているかわからないコウ。
「彼女は悪い
「当然だ。とはいえ我が意ではないにしろ、ストーンズに様々な技術を渡してしまった罪科がある。その償いはここでするつもりだ」
『私としてはとても迷惑です』
アストライアがはっきりいった。元々彼女の住処ともいえる場所だ。
「私に任せなさい。アストライア。あなたがあっと驚くような兵器をマットと作る。資材を大量に使うがな!」
『やめて。お願いします。何もしないで。触らないで。本当お願い。あなたたちが兵器作るとろくなことにならないから!』
『え? 私込み?』
アシアが軽くショックを受けている。
こんな必死なアストライアをコウは初めてみた。
よほど嫌なことが過去にあったのだろう。
「大船に乗った気で安心しなさい。アストライア」
『間違いなく泥船ですよ。目を覚ましなさい』
「マット。いいわね。アストライアに一泡吹かせる」
「わかった!」
『だから構築技士であるマットを助けたのですね! もう吹いてますから。それでいいじゃないですか』
必死なアストライアを無視するリュビアも強い。
「話はわかった。わかりたくないけど。ところでリュビア。至急確認だ。アベルさんは生きているのか?」
彼女たちは本当に人間を超越したAIなのか疑問に思いながらも、コウが仕方なく割って入る。
「アベル?」
「シルエットベースには、マットとアベルさん。二人がいたはずだ」
「何を言っているコウ。私が確認した人間はマットだけだ。着弾寸前に二名いたことは確かなんだが……」
「なんだって!」
「そうなんだコウ。アベルなんていう人間はいないとリュビアは言うんだよ。現在はそんな痕跡すらないって」
マットが状況を補足する。彼もまたこの状況に困惑していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます