マスドライバー着弾

 シルエットベース内。

 現在人間はアベルとマティーしかいない。


 残りはファミリアのみである。人が増えたので留守番の人間よりファミリアを重視した。セリアンスロープたちも出払っている。

 エポスとクアトロワーカーの登場で彼らの役割も一気に増えている。


 シルエットベースの地下にある地下工廠には多くの惑星間戦争時代のセリアンスロープたち、にゃん汰とアキの同期が眠っている。

 戦争するためだけに起こすのは忍びないとコウが感じているし、そんなことをせずともクアトロシルエットを求めて世界中のセリアンスロープがP336要塞エリアに集まってきつつあるのが現状だった。


 戦時中ということで通常の移住している者や紅信などはP336要塞エリアに移動していた。シルエットベースは確かに籠城には便利だが、逃げ場もない。


 マティーは今、制御室の一角にいる。

 ブリコラージュの研究のためだ。


 ブリコラージュはサポートしてくれるAIである、アストライアの分身端末だ。

 彼は今、新しいクアトロ・シルエットに挑戦中だ。


『クアトロの強化は厳しいですね』

「うーん。そうかあ。候補はモモンガ、ムササビ、コウモリだけど、コウモリが弾かれるんだよな」

『あの動物こそ鳥でもなくケモノでもない代表ですから』

「だから応用が効くと思ったんだけどな。神様もそこまでザルじゃないか」

『プロメテウスですからザルだと思うんですが』

「アシア含めてプロメテウスへの風当たり強いよね」


 またセリアンスロープの意見も取り入れると厳しい。


「試作しようとした『クダン』は評判悪すぎた」


 フユキに聞いた日本の妖怪だった。フユキは妖怪に詳しいという意外な特技を見せた。

 動物部分にあたる部位に胴体ではなく頭部を直接載せたものも考案したが、セリアンスロープ数人がかりで全否定された。それはもう、取り囲まれて思わず泣きそうになるほど。


 結局試作すら許されなかった機体が『クダン』だった。


「よしカンガルーの妖怪でも探すか! バンユィップっていったっけ。パンチ力のある……」


 そう一人呟いたところだった。

 警報が鳴り響く。


「どうした?」

『シルエットベースが狙われています。マスドライバーによる高速弾です。第三宇宙速度――秒速16.7キロを超えた速度で接近』


 アストライアの分身端末が回答する。


「そんなもの! オケアノスの防衛網が撃ち落とすはずだろ!」

『それが補給物資扱いのようで。これは迎撃できません。早すぎます。退避は不要です。大型弾型コンテナでは衝撃で即死の可能性も高いですが、生き残る可能性もこの場所が一番高いと思われます』

「それほどの威力が! アベルさんが工場見学に!」

『お別れをいう時間もないとは残念ですね』

「すっごい他人事みたいにいってるね、アストライア?!」

『このシルエットベースにはマスキャッチャーはありません。衝撃に備えてください』


 惑星リュビアのマスドライバーから放たれた弾頭状のコンテナは位置エネルギーも作用して凄まじい破壊力を誇る。

 シルエットベースとて無事では済まないのは確実だった。


『本体アストライアへ。今後情報は遮断となります』


 それがシルエットベース最後の通信だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 予期せぬシルエットベースの壊滅。

 惑星リュビアから放たれたマスドライバーによる大型コンテナは、補給名目で迎撃対象とならなかった。


 補給コンテナ弾頭は三発。シルエットベースと、ダミーとして用意してあったシルエットベースと思わせている空洞区画。そして敵の予測地点であろう場所に着弾していた。

 

 その事実はアシアとアストライアさえ言葉を失った。


『シルエットベースの私は生きている。かろうじて。大部分のデータはP336と軌道エレベーター管理施設に退避できた』

『シルエットベース、地下工廠ともに通信遮断。私の端末も応答しません』

『何が起きているの? 残っている私が被害状況も確認できないだなんて。どんな技術を使えばそんなことが可能なの……』

『アシアがわからない以上、私にわかるはずもありません。P336とR001の生産設備に影響がないのが唯一の救いです』


 メタルアイリス、ユリシーズの主要メンバーも緊急会議となった。

 攻撃するならシルエットベースが壊滅した今。


 もしくはアルゴフォースがシルエットベース奪取に動くかもしれないのだ。

 敵は少なくとも正確な位置を掴んだということ。


 だが不思議なことに一日経ってもアルゴフォースは動かなかった。


「どういうことだ?」


 バリーがアシアに聞く。この状況ではアストライアやディケも役に立たないだろう。


『私の予想では、リュビアは超AI。惑星アシアの私のいる場所なんて余裕で特定できる。そこを狙って補給名目で攻撃した。けれど……』

「けれど?」

『その結果をストーンズには公開していない。もしくは失敗と通達した。なんの意思があるかはわからないけど、最後の抵抗? 欺瞞作戦? わからない……』

「被害は不明なのか」

『いまだにね。シルエットベースが乗っ取られているみたいな状態。あそこでマーダーでも作るのかしら。アベレーション・アームズは無理よ。人間はマットとアベルしかいないから』

「その二人の安否も不明だったな」

『ええ。わからない。本当に何が目的なのかしら、リュビア……』 

「わかった。どこが戦場になるかわからん。即座に動けるよう、今はどの船も待機させておく」

『それが賢明ね。何かわかったら連絡するわ』


 そしてアシアは五番機の中にいるコウに連絡する。


「酷いことになったな」

『ええ。そして報告よ、コウ。みんなには内緒にしている地下工廠も通信が遮断されている。コントロールが奪われているわ』

「なんだって!」

『アストライアの管理下のはずなのに。彼女でさえ無理』


 超AIであるアシアを上回る存在など、オケアノスぐらいしかいないはずだ。

 想像以上のことが起きているようだ。


「まさかリュビア本体が?」

『普通に考えたら無理。あんなコンテナに入る大きさのストレージで済むなら私はとっくに自分をコピーしてばらまいてるわ』

「そうだよな……」


 超AIのデータ領域は大きい。軌道エレベーターに囚われていたアシアのデータも、その大きさを保存できる数少ない施設だったからだ。


「何が始まるんだ」

『わからない。シルエットベースはともかく、地下工廠はかなり危険よ。早急に取り戻す必要がある』

「可能なのか」

『相手が解放してくれない限りは…… 早くて半年』

「半年分、地下工廠の生産施設も使えないか」

『ファミリアも兵器も多くは地下工廠で生産だからね。シルエットベースでも兵器生産能力はあるけど、地下工廠には遠く及ばない』

「俺が潜入して様子は」

『絶対ダメ。危険すぎる。私やアストライアの支配領域を奪取できるシステムなのよ? 何が起きるかわからない。兵器生産稼働率に問題はない。コウは戦闘に専念して』

「わかった」


 ため息をついた。マットやアベルの安否も気がかりだ。

 胸の内の焦燥感だけが激しくなるコウだった。

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