一夜の過ち

 森の中を駆け抜けるように飛ぶ五番機。

 背後から追っ手はない。


 合流先にはラニウスで構成されたアサルトシルエット隊がいた。


「バリー! 間に合って良かった! 司令官が最前線に出るなよ。無茶するな」

「それはこっちの台詞だ! めちゃくちゃな戦法取りやがって。一騎駆けの大将狙いとか正気の沙汰じゃねーぞ」


 コウの心配にバリーも軽口を叩く。

 思えばコウが最初に他の人間と戦ったのもバリーだった。


「無茶するわね、コウ君。修司さんも呆れるわよ」

「え? う、嘘だ。その声はまさか結月さんですか……」


 コウが絶句した。通信は聞き覚えのある知人の声だったからだ。

 修司に紹介され、稽古をしてもらったこともある千葉結月。兄貴分だった修司の彼女だ。姉貴分で、剣道では容赦なかった。


「バリー司令。お初にお目にかかります。TAKABA選抜隊の川影です。会長ともどもお世話になっています」

「これはTAKABAの社長。こちらこそ兵衛さんには頼りっきりで」


 バリーと川影が挨拶しているなか、気まずい沈黙がコウと結月に漂っていた。


「貴方が五番機に乗っているのね。会長から聞いたわ」

「えっとその…… すみません……」


 この機体は結月にとっても思い入れある機体だったろう。それを思うとコウは申し訳なさで押しつぶされそうだ。


「なんで謝るの? 貴方でよかったわ。本当に…… でも今は戦闘中。さっさと巨大な戦車倒すわよ。貴方が十年遅いせいで、私なんてもうアラサーなんだから」

「うぅ…… すみません。はい戦車倒しましょう」

 

 確か修司が二十五で、結月は二十三だったはずだ。転移した時間が十年差があるとアラサーだ。

 十年遅い。何気ない一言が、致命的な時の流れを実感させ、ますます申し訳ない気分にさせる。

 その表情に気付いた結月がコウを叱る。


「五番機に乗ってる以上、しゃんとしなさい! 落ち着いたらまた稽古付けてあげる」

「はい!」


 戦場で回顧している間はない。それでも思うのだ。懐かしい、と。

 感傷を振り切って戦闘に専念することにする。


「フィンランド系の転移者企業ランドストローム社も援軍にきてくれた。これでなんとかなると思いたい」

「追っ手も来なかったな」

「あれはBAS社のおかげだな。新手のパンジャンドラムの陽動だ。お前が知らないとはそっちのほうが驚きだ」

「え? 新手のパンジャンドラム?」

「大陸を横断してやってきたぞ。お前がやらかしたと聞いたが」

「なんで大陸を横断……? ああ! まさか『メロス』? ちょっと待って。あれの構想話したの昨日の夜だぞ! 酒の席だ!」


 思い出したのか顔面が蒼白になるコウ。心当たりはあるらしい。


「なんで大陸を横断するなんて発想を得たんだ」

「昔、クイズ番組の再放送で……」

「クイズで大陸を横断するとは意味不明だが、やはり身に覚えはあるんだな」

「昨日酔った勢いで…… ちょっと待ってくれ」


 大陸横断パンジャンドラム『メロス』の完成を初めてしったコウ。


 会議が終わったあと、構築技師達は構築談義で大変盛り上がった。

 そのなかでアベルとパンジャンドラムの話で盛り上がってしまったのだ。

 大陸を横断するパンジャンドラム構想を話していた時、兵衛も話に加わったのが発端だ。


 足回りのサスペンションを強化されたパンジャンドラムは、コウによってP-MAX機能を付けられた。

 破壊されたら終了の自走爆雷に、フューリー機能も搭載。いち早く目的地点に到達するよう機能をつけ、メロスは完成した。

 自走爆雷の強度計算などアストライアの力を借りずともアシアが手伝ってくれただけで終わる。


 そこでアベルとの話は終わり、兵衛とラニウスとアクシピターのさらなる強化案を練っていたのだ。

 いたく満足げなアベルだったが、そのままP001要塞エリアで生産指示を出していたとは予想外だった。


「通信のアキの顔が澱んでいたからな」

「アストライアも呆れてたわよ、ボス」

「説教一日追加だからな、覚えておけ」

「ち、違う! お、俺じゃないって!」


 全員に責められているような気になるコウ。

 通信に映るリックの目は笑っていない。


「ごめんね。コウ。一晩で…… できちゃった。一夜の過ちって怖いね……」


 アシアが通信にでてきた。悪びれもなく、舌をぺろっと出して謝罪し、途切れる。

 次の瞬間画面に映ったのはアキだった。顔に縦線が入っている。


「一夜で…… 兵衛さん公認で…… あの人※アベルと作っちゃったんですね」

「ちょっと待っ」


 ぽつんとそれだけを言いに割りこんできたアキ。すぐに通信が途切れた。言い訳する暇さえ与えて貰えなかった。

 浮気現場を見られたかのような気まずさに死にそうになる。


「コウ。念のために聞くが、作ったのはパンジャンドラムだよな?」

「他に何があるってんだよ!」

「疑われても仕方ない流れね」


 バリーが真顔で問いかけられ、ジェニーが苦笑している。


「そ、それはおいておこう。次はどうするバリー」

「声が震えて居るぞ、コウ。戦車の弱点である兵科、歩兵をぶつけるしかあるまい。シルエットで肉弾戦だな」

「作戦じゃないだろ!」

「その気まずさを敵戦車にぶつけろ。即席だが高速打撃部隊もいる」

「高速打撃部隊?」

「シルエットによるバイク運用とクアトロ・シルエットの高速移動打撃部隊だ。機動と近接火力の両立が可能だぞ」

「シルエットによるバイク運用? 何を言っているんだ、バリー」


 バリーのラニスウが無言で丘の上を指差す。


 丘の上から次々とバイクがジャンプで飛び出し駆け出す。先頭はアクシピター二機、続いてラニウスBたち。ブルーが特徴的な統一された編成だ。

 続いて襲歩で駆け出すクアトロ・シルエット。先頭はパルムのエポナ。


 呆然とするコウ。ラニウスの強化バイクなど聞いたことがなかった。


「コウ様。話はあとだ。行くぞ!」

「置いていくわよ、コウ様!」

「社長? 結月さんまで。二人とも! コウ様はやめてください。ちょっとパルム?」


 川影社長と結月が声をかけてくる。先頭のアクシピターが二人だった。恥ずかしさで顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 パルムは表情一つ変えず返答する。


「ビッグボス! いきましょう!」


 今度はビッグボスと呼ばれ、気恥ずかしくなる。

 こんな気まずい思いで戦うのは初めてだ。あとできつく言い含めておかないと、と誓うコウだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「陸上巡洋艦の脚部分を破壊だ! 動けなくなった戦車はあとで料理すりゃいい!」


 バリーの号令とともに駆け出す高速移動打撃部隊。

 エーバー2を隙間を縫うように全員駆け出す。

 コウは高速道路の縦隊をかき分けて進むバイクを連想した。


「シルエットにバイクか。とんでもないもの持ち出してきたな」

「ちったあ俺達の気持ちがわかったか、コウ!」

「バリー! 俺はそんなにとんでもないものは作ってないぞ!」

「自覚がないって恐ろしいわね……」

「ジェニー?!」


 そんな話をしている間もラニウスCの二機も同様に駆け抜ける。


「この陸上巡洋艦は二種の保険をかけてある。脚型の歩行と履帯だ。だが、あのぶっとい脚をアークブレイド使えば斬れる。そうだろ?」

「ああ! いけるはずだ。アーテーに比べたら紙だな」

「アーテーが比較対象かよ…… まあ俺のような素人剣術でもいけるはずだ。頼んだぜ、コウ!」


 五番機は対空砲火をくぐりぬけ、陸上巡洋艦ゲシュペンストの右脚部に到達。

 一刀のもとに抜刀して斬り飛ばす。


 がくんと体勢を崩し、ゲシュペントの移動速度が落ちた。


「くらえ!」


 左の履帯付き脚部を両手で振り下ろすバリーのラニウスC型。

 ほぼ切断に近い状態まで斬り込むことに成功し、残りの装甲部分が重量が支えきれず、脚は折れた。


 別の場所ではクアトロ・シルエットやTAKABA選抜隊も各々の方法で脚部を破壊している。


 空からの支援もあった。BAS社のバザードが対地攻撃を。ランドストローム社のエインヘリアルが空戦支援に入ってくれたのだ。


「支援もきたぞ。このまま行くぞ!」


 高速打撃部隊は多少の被害を出しつつも陸上巡洋艦を次々に攻略していく。


 鬼気迫る勢いで群がる敵シルエットや戦車をなぎ倒していく五番機の姿はしばらく語り草となってしまった。

 

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