デトネーションコード

「隊長がやられたか」


 アルゴフォース狙撃部隊、残り二名。

 戦場の制圧能力を失ったのは明らかだった。


「何がフェアリーだよ。エルフの射手エルブンアーチヤーの間違いじゃねえのか。俺達は撤退するか」

「できるか?」

「するしかねえだろ。後方部隊も近付いてきている。入れ違いでなんとかなりそうだ」


 狙撃手二名は、判断に窮していた。


 お互いの距離は五キロほど歩いている。


 頭上を見ると遙か遠くに小さくなったヘリが見える。


「偵察ヘリも高度を取ってきやがったな。八機もいりゃまとめて掃討できたのによ」

「追い込まれるのは時間の問題。俺は引くぞ」

「わかった。俺も続く」


 ハミリオーンが動き出し、森のなかに消えようとする。

 小さな爆発が起きた。


「なっ!」


 慌てて横に回避する。また爆発する。


「これは、導爆線に一種? 地雷屋の罠が!」


 気付いたら周囲にコードが張られている。ただの鋼線ではない。爆発するのだ。

 

「もう逃げられませんよ、スナイパー部隊」


 共通回線で宣言される。


 目の前に自分と同じステルス仕様の機体が現れる。マケドニアクロウ。フユキの工作機。カナリーと同様最新のラニウスと互換性を持つ。


「この導爆線デトネーシヨンコードの結界。逃れることはできません」


 導爆線デトネーシヨンコード。工兵が好んで使う多目的な爆発するコード。マケドニアクロウが使うコードはただの導導線ではない。マケドニアクロウは金属水素生成炉を持つのだ。


「ふざけんな!」


 ハミリオーンが予備兵装のマシンガンを取り出し射撃する。

 その弾丸もマケドニアクロウには届かない。張られた導爆線に振れ爆発で阻止されたのだ。


「コードをバリアに!」

「こういう真似も出来るんですよね」


 フユキのマケドニアクロウがコードを両手、同時に十本を指から飛ばす。

 ハミリオーンの右手が切断された。

 

 マケドニアクロウの導爆線は斬る圧力を利用した切断解体、押す圧力を利用した圧力爆弾、様々な用法が可能。工兵のために生み出された万能アイテムだ。

 注入する金属水素の量によって爆轟を調整することができる。


 敵を絡め、縛り、吊し、装甲の薄い敵なら切断まで可能。

 熟達した工兵のみ許された兵装でもある。


「ひ、ひぃ」


 機動力の劣るハミリオーンが逃げることなどできるはずもない。

 古来より狙撃手は憎悪の的。捕まった場合はその場で殺される場合も多く、ネメシス戦域とて例外ではないのだ。


 それでも逃走を選ぶ。パイロットにとって初めて見る機体だが、凄腕の傭兵が乗る機体が普通の機体なはずがない。


「逃しませんよ」


 ハミリオーンも死を悟った。周囲に張られた導爆線がいっせいに機体に絡みつき、縛り吊し上げる。


「な、なんでこんな死に方…… ぎゃ……」


 機体が締め上げられ、徐々に斬り込みが入る。そしてコードが爆轟を発した。

 連続してコードが誘爆し、ハミリオーンはばらばらになって破壊された。


「ブルーが一番厄介な機体を排除してくれましたからね。ここは僕がやらないと。あと一機ですか」


 残り一機を対処するため、マケドニアクロウは歩きだす。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「すまん。だが俺が助かる可能性も増えた」


 僚機が地雷屋にやられたようだ。最後のハミリオーンはそっと逃走する。

 不気味な地鳴りが定期的に聞こえる。仕掛けられた爆発物が炸裂したのだろうか。


 ハミリオーンは転倒、と錯覚した。

 正確には落下していた。


「落とし穴? なんでこんなところに!」


 思わず叫ぶ。シルエットサイズの落とし穴は珍しいものではないが、この場所に到着した時にはなかったはずだ。


「できるんだな、それが」


 共通回線での呼びかけ。ヴォイの声だ。

 ハミリオーンの目の前には巨大なファン状のようなもの。それが変形し、ドリルになった。


「ひ、ひぃ!」


 そのドリルの用途に気付いたパイロットは恐慌に襲われる。

 

「オイタが過ぎたな。冬眠している熊を起こすと殺されるぜ」


 ヴォイが眠たそう笑うとドリルを前進させる。

 ハミリオーンは予備兵装のマシンガンを連射するが高速回転するドリルに弾かれる。

 顔面が蒼白になる。落とし穴の底に逃げ場はない。


 真正面から突進され、ハミリオーンは壁にぶつかる。シルエットはくの字の体勢のまま穿ち抜かれる。


 ドリルが半ばまで貫通すると、もがいていたハミリオーンの動きが止まる。

 ヴォイはためらわずドリルを貫通させた。

 

「よお。フユキ。こっちも終わったぜ」

「間に合わなかったとは。早いですよヴォイさん。新型ドリルは凶悪ですね」

「戦闘用機兵ドラグーンドリル戦車だからな! コウがようやく作ってくれたんだぜ」


 ヴォイの新型兵器。それは坑道掘削装甲車を改良したジェット推進のドラグーンドリルタンク。戦場を出ることを前提にした機兵ドリル装備の戦車である。

 マケドニアクロウはバイクのようにドリル戦車にまたがる。上から装甲が被せられ、一体化した。


 大型で戦闘向きではないと判断されていた坑道掘削装甲車だが、機兵戦車として地中からシルエットを運搬する能力を与えられ、遂に戦闘特化型の派生兵器が生まれたのだ。

 

 再び地面に潜るドリル戦車。工兵部隊との相性は抜群だ。


「地上から走ったほうが早くないですか?」

「地中のほうが安全だよ。人手不足なんだ。フユキがやられたら困る。途中で地下鉄に乗れば要塞エリアに戻るのも早い」

「気を遣っていただきすみません。地下鉄というと日本を思い出します」


 ぺこりと頭を下げるフユキに笑うヴォイ。


「P336要塞エリア防衛部隊へ。敵狙撃部隊排除完了。至急防衛網を再展開せよ」


 P336要塞エリアの急所は守り切った。

 本番はここからであった。

 

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