狙撃手であるがゆえに

 イレネオのハミリオーンは前進する。

 

 いわゆる光学迷彩には二種ある。

 一つは周囲の映像を撮影し装甲表面に投影して擬態するタイプ。

 もう一種は光を屈折させ、歪みを持たせて周囲に溶け込むタイプ。スネルの法則を利用したものだ。

 

 ハミリオーンは後者のステルスシルエットだ。光の波長を破壊的干渉させるだけではなく熱や紫外線、赤外線まで屈折させることができる。

 ローラー移動を用い、音も殺す。腰を低くし前傾体勢で移動する。


 フェアリーブルーは動かないようだ。

 慎重に距離を詰めながらも、トラップの気配すらない。


 森林地帯は大きな針葉樹で形成されている。大きなもので五十メートル以上もある。


 爆発地点に近付く。ハミリオーンは高性能レーダーを展開しており、様々な情報がもたらされる。

 動きを止め狙撃に備え周囲を警戒する。


「リアクター反応が二つ、か」


 レーダーにリアクター反応が二つ。金属反応も複数ある。

 一つは樹上。二十トン以上に耐えられる枝は限られる。

 もう一つはなんと地中だ。

 動く気配はない。


「まだ動かない、か」


 あの凄まじい威力の狙撃砲は使えないようだ。とっくに撃たれて死んでいるだろう。

 アーテーを一撃で破壊したといわれるあの武器をくらってはシルエットなど風船の如く破裂するだけだろう。

  

 巨大な両眼センサーを最大望遠。遺物がないか確認する。

 樹木の物陰からかすかに見える砲身。金属反応も7メートル近い。細長いがステルス効果。もしこれが本体ならリアクターを切っているということになる。


 樹上のリアクター反応は完全に擬態している。かすかに金属装甲らしいものがうっすらと見える程度だ。

 巧妙に隠蔽してあるが、破壊された哨戒車両らしき残骸も確認できる。このリアクターを使ったトラップだろう。


 そして問題の地中。

 傍目から見るとただの地面に見えるが――


 ハミリオーンは近付いて地面に触れる。

 布のようなものを一気に引き剥がした。


「へ。やっぱりな」


 量子ステルスシートが被せられていたのだ。

 頭上を気にしすぎていたなら落ちていただろう、即席の落とし穴ピツトトラツプだ。あの大威力の兵装で作った即席の罠だろう。落ちていたなら即死だった。

 

 落とし穴のなかは金属水素のプールだったのだ。警戒、もしくは腹立ち紛れに一発でも撃とうものなら大爆発する。

 

 そこからフェアリーブルーの奇襲が始まるのだ。下手をするとこのプールの爆発だけで半壊するかもしれない。落ちても死、警戒しても死。警戒する前提で仕掛けられている性格の悪さがみてとれる罠だ。


「リアクター反応が弱いと思ったぜ。これは装甲車のリアクターだな。ウィスがないと金属水素状態が維持できねえからな」


 共通回線を再度開く。


「子供だましに過ぎない。おっと。お前は見抜かれるの前提でこんなもんを仕掛けやがったな、あの女狐」


 近くにいるであろう、ブルーへ語りかける。


「教えてやるぜ。フェアリーブルー。狙撃手ってのはな。シルエットでも五感が大事なんだ」


 イレネオには相手の考えが読めた。


「ヘリカルレールガンは連射が効かん。そこでお前は三択、いや四択を迫って賭けにでた。そうだろ?」


 イレネオの顔が邪悪に歪む。


「このレールガンはな! 二発までなら連射可能なんだよ!」


 ステルス形態を解かず、巨大なヘリカルレールガンを展開し、膝射体勢を取る。

 僅か八機の狙撃部隊で要塞エリア北部の森林地帯を制圧できた秘密がここにあった。


 2連レールガンの砲身は、同時に射撃するものには非ず。

 回転し熱のため連射できない砲身を自動的に交換するためのものだったのだ。


「てめえの大事なもんをぶち抜いてやらあ!」


 絶叫し、ヘリカルレールガンで樹上と大木ごと貫くために射撃する。

 仕留めたと確信した。巨大な大木など壁にもならない。容易く貫通し大木の物陰からカナリーの主翼であろう部品が飛散した。


 樹上のリアクター反応も破砕音とともに停止を確認する。


「残りの反応はこのトラップのみ。生きてねーだろうが、奴らの機体は頑丈だからな。確認だけはするか」


 その瞬間、ハミリオーンの頭上を影が覆う。


 金属水素のプールから、カナリーが飛び出したのだ。


「なっ!」


 立ち上がろうとする間もなく、背後に着地するカナリー。装甲筋肉ゆえの運動性能を誇る。

 引き絞るように構えた右腕に装着されているのはパイルバンカー。

 巨大な杭がシルエットの弱点である背後を襲う。


「ブルーの反撃開始です!」

 

 ゴンが叫ぶ。

 合金製の杭はパワーパックごとリアクターを貫き、MCSさえ貫いた。イレネオの背中に激痛が走る。杭が届いてしまったのだ。


「ぐはっ。て、てめえ……!」


 かろうして即死だけはしなかった。苦痛が長引くだけにしかならないのは彼自身わかっている。


「どうですか。長くて太いものに貫かれた気分は? 宣言通り撃ち込みましたよ?」

 

 ブルーは冷笑する。後部座席のゴンは興奮して尻尾を振っている。


 物陰に隠してあるのはアンチフォートレスライフルと、カナリーの羽を上下に並べたもの。

 樹上に隠したものは装甲車だった。


「シルエットの……リアクター反応じゃなかったぜ?」

「出力を最小にしていた状態です。センサーも稼働しないレベルにまでね。あなたがいったでしょ? 五感が大事だと。射撃音が聞こえたらそれで十分でした」


 ネレイスの尖った耳をぴくっとさせる。


「俺が腹立ち紛れに撃っていたら死んでたぞ」

「そんな浅慮な者が狙撃手になれるはずもないでしょ? 賭けもせずに勝てるほど甘い相手でないことはわかっています」

「は…… はは……」


 力無く笑った。完敗だった。

 敗因、それは己が狙撃手であるがゆえに。


「さようなら。私相手に下ネタは厳禁ですからね? マネージャーに叱られますよ」


 自分のことは棚にあげ、片手でハミリオーンをつかみあげ、金属水素のプールに放り込み、起爆する。

 プールは火柱を上げ爆発した。リアクターが死んでいるシルエットでは原形も留めず破壊されるだろう。


「私のマネージャーは怖いわよ。水着グラビアの仕事まで入れてくるんですからね」

「ブルー」


 囁くようにゴンがブルーに後部座席から呼びかける。


「なあに? ゴン」

「ラジオのマイク入ってますよ」

「う…… うそ……」


 マイク回線を見るとONになっている。

 呆然とした。そして小声になる。


「いつから……」

「金属水素のプールをでたあたりからです」

「誰が……」

「僕です」


 悪びれずゴンが胸を張った。

 あの逆転劇を放送しないなんてあり得ないからだ。


「あなただったのね、ゴン……」


 打ちひしがれるブルー。


 気を取り直して、マイクに向かってはっきりという。

 水着グラビアを自分から呟いてしまったことは早く忘れたかった。後に問い合わせが殺到することなど、今のブルーには知る由もない。

 

「隊長機撃破。任務完了。ラジオ放送、続行します」


 平静さを保つべく、何事もなかったかのように振る舞うブルー。冷や汗が流れている。

 心なしか強ばった声だった。


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