カウンター・スナイプ

 アルゴフォース狙撃部隊。全八機のシルエットから構成される。

 二機一組で行動し、適切な場所に配置し、敵部隊の要を狙撃しその展開を遅らせる役割を担っている。


 ネメシス戦域での狙撃兵はブルーに代表されるように傭兵によるシルエットを用いた狙撃だ。

 当然ながらシルエットにヘッドショットなど意味はなく、センサー類が破壊されるだけ。大口径のレールガンでも戦車の装甲は射抜けない。狙撃は本来なら決定力に欠ける戦術となっている。


 地形が平らの場合は射程はせいぜい十数メートルに過ぎない。地球でいえばシルエットの大きさでは射程十キロ程度だが、惑星アシアはスーパーアース。惑星半径のRが異なるので転移者のスナイパーはまずその認識を改めなければいけない。

 

 狙撃手段も同様だ。できる限り高所かつ潜伏できる場所を見極めそこに待機し、最も効果的な目標を一方的に射撃する。防御手段が豊富なシルエットを狙撃するなど、敵からのヘイトも極めて高く割に合わない戦術ともいえる。


 それでも敵の司令塔である兵器を破壊することは戦術として非常に有効であるし、一方的な攻撃による戦力の無力化手段は貴重だ。何よりシルエットは歩兵の役割をこなさなければいけない。その行動を阻害するだけで効果はある。

 無人兵器はMCSによってハッキングされ、誘導兵器もまた電磁バリアや対空能力を持つ兵装で対抗される。優先誘導によるミサイルのほうが有効な有様だ。


 高次元投射装甲どころか電磁装甲や電磁バリアなどを貫通し、一方的に敵を撃破する能力を獲得したアルゴフォースの狙撃部隊は無敵といえた。

 しかし当の彼らはそれどころではなかった。


「くそ。なんでこんなことに」


 アルゴフォース狙撃部隊の隊長イレネオは忌々しげに呟いた。


「生きているのは残り五人だけですぜ」

「あのトラップはいったいなんなんですか!」


 隊員たちの士気も下がっている。

 彼らのキルレートで考えれば沸き立っていてもおかしくないにも関わらずだ。


「メタルアイリスのフユキだな。地雷屋、サイレントボマーの二つ名を持つ生粋のトラップ職人だ」


 狙撃部隊は八機いた。たかがトラップに三機ものシルエットが破壊された。

 P336要塞エリアでもっとも地形的に護りが優れている北部森林地帯。

 

 狙撃で数多くの防御機構や哨戒機たちを一撃で破壊し防衛部隊を後退させることに成功したが、要塞エリアに近付くにつれ凶悪なトラップ、とくに狙撃に適した地点に敷設された罠が凶悪だったのだ。


「アルゴフォース以外に戦闘工兵なんぞ有している傭兵部隊なんかそうないしな。実に厄介だ」

「そんなにすげえんですかい? 工兵ってのは」

「もちろんだ。いるかいないかでいえば、いないほうが負けるってぐらいよ。それをシルエットサイズで運用しているんだからな」


 イレネオは嘆息した。敵の実力は間違いものだとわかる。


「も、もう嫌だ。俺は帰還したい」

「下手に動くと死ぬぞ」


 イレネオは吐き捨てる。死ぬのは勝手だが戦力低下は困る。


「ここを俺達が抑えたら援軍がわんさかやってくる。あとは高見の見物で済む。これだけ戦果を挙げてるんだ。狼狽えるな」


 彼らの機体はステルスに特化したハミリオーンと呼ばれるステルス性能に優れた狙撃用シルエット。大型の二連中折れ式砲身と巨大なバックパックはヘリカル・レールガン。

 ハミリオーンはロシア語でカメレオンを意味する。周囲に擬態し、一撃を見舞う狙撃機体。

 特徴は巨大な両眼センサー。カメレオンの如く巨大なカメラ型センサーは不気味であり威圧感さえある。狙撃するためにはセンサー頼りだけではなく目視も重要な要素だ。


 展開した長大な大型ヘリカルレールガンは砲身長16メートルとシルエットの二倍以上の大きさ。

 これを膝射や伏射状態で構えている。


 彼らの任務は出来れば一日、もう数時間経過しているのであと十数時間、防衛部隊を封殺すればいい。

 多数の味方部隊がこの防衛網が敷かれた森林地帯に展開するには時間がかかる。だが展開出来れば一気に優位となるのだ。


「隊長! 共通回線から…… ラジオが?」

「ラジオ? フェアリーブルーか」


 イレネオはぺろりと舌なめずりをする。


「ふん。ネレイスの女か。是非生きて捕らえたいものだ」

「隊長の悪い癖がまた始まったぜ」


 今度は隊員がため息をつく。イレネオはネレイスをいたぶるのが大好きで、一般社会を追われストーンズまで逃げてきたのだ。

 そんな歪んだ性癖と知っていながら隊員は思わず嘆息する。ラジオに耳を傾けるとはイレオネは余裕なものだ、と。


 だが他にやりようも無い。トラップ地帯に紛れ込んだ隊員一同は、結局のところ焦燥感を紛らわせるためにラジオを聞くことになった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「こんにちは! ダンクバスターの時間です。今日は悪戯好きなスナイパーの皆さんにご挨拶です。BGM、スタート!」


 ぎょっとしたのはスナイパーたちだ。


「逆探査しても意味ないですよ-? なんてたってアシアを通じた量子通信でお伝えしています。ごめんなさいね」


 まったく悪びれもせずに謝罪の言葉を口にするブルー。


「あなたたちの場所はわかりません。だから、炙り出します。あなたたちは地雷屋フユキの罠にかかりましたからね。目星は付けているんですよ!」


 P336要塞エリアから飛び立った巨大な輸送機。

 ただの輸送機ではない。輸送機改造型のガンシップ兼戦術放送機能を兼ね備えたAC-13Eソング・ソロだ。


 大量の榴弾砲やロケット弾がフユキの仕掛けたトラップ区域から予測した目標地点に猛射される。 

 

 狙撃者に対するカウンター・スナイプは大きく分けて二つある。その一つが狙撃者のいる地点を空爆、一気に焼き払うというものだ。


「スナイパー部隊の対抗策としちゃオーソドックスではあるが…… きついな」


 高次元投射装甲とはいえ、長時間の直撃はきつい。破壊されないにしても無力化される恐れは大いにありうる。

 スナイパー型シルエットは装甲は厚くないのだ。

  

「た、隊長! このままじゃ!」

「ロケット弾如きでやられやしねえよ! じっとしてろ! 敵の目的は俺達を炙り出すことだ!」


 怯える部下にイレネオは叱咤する。高次元投射装甲に榴弾や爆風の効果は薄い。むろん直撃を受け続けたら無傷ではすまないが、致命傷になることはない。


 爆炎と、砕け散り燃え盛る樹木は彼らを心理的に追い詰める効果があった。


「だめだ。ダメージが洒落にならねえ!」

「い、いくぞ。二機同時で狙撃するなら! 50キロ近く離れているんだ。反撃しようがない!」


 ロケット弾の直撃で機体に裂傷が入る。周囲に炎が巻き起こり、無傷では済まない。


「やめろ! あいつは!……」


イレネオの制止は間に合わなかった。 

焦った部下がヘリカルレールガンを展開し狙撃を行った。対で動いている僚機もそれにならう。

ソング・ソロは回避行動を取ったが間に合わない。飛翔体を宇宙空間へ打ち上げるマスドライバーとしても運用できるのだ。小回りが利かない輸送機で回避できるはずもなかった。


「次のナンバーは……!」


 MCSが即座に射出され、その中から二匹の鳥が飛びだった。


「あなたのハートを撃ち抜きますね!」


 カウンター・スナイプのもう一つの方法。それはブルーも告げた方法。

 スナイパーに対抗できる者はスナイパーのみ。


 直撃した瞬間、ソング・ソロから投下されたシルエットはカナリー。ブルーの愛機だ。

 狙撃地点はすでに判明している。狙撃地点を望遠レンズで確認する。拡大された映像には超大型の狙撃銃を構えた敵機がはっきりと視える。光学迷彩で隠れているが輪郭をセンサーが捉えていた。

 

 即座にアンチフォートレスライフルを放つ。五十キロ程度なら着弾まで1分もかからない。大型狙撃銃を構えた敵など身動きできないだろう。

 続けざま二射目を放つ。


「か、回避でき……」


 巨大なレールガンが仇となった。狙撃体勢から立ち上がり逃げようとしても無駄だった。

 二機は一撃で爆散し破壊された。噂に違わぬ電子励起爆薬を用いた狙撃銃の威力。


「いわんこっちゃねえ。相手はあのスナイパー、フェアリー・ブルーだぞ」


 愚かな部下に目眩がする。

 撃つにも相応の準備と覚悟が必要だ。


「ち。仕方ねえ!」


 立ち上がりカナリーに向かって狙撃をするイレネオ。射撃した瞬間、ローラーダッシュで移動する。

 回避地点を予測したその狙撃はカナリーの左腕をかすめる。

 左腕を根元から持って行かれ、バランスを崩し落下するカナリー。


「当たったか? いや、かすっただけだな」

 

 ブルーもただ撃たれていたわけではない。被弾するまでに反撃を行っていた。


 移動した瞬間、爆発が発生する。アンチフォートレスライフルの威力は凄まじい。


「あの一瞬で撃っていたのかよ。化け物が」


 間一髪直撃を避けたイレネオは冷静だ。

 ブルーは実際に撃破したかどうかまでは不明だろう。


「何がハートだ。ライフを狙ってきてやがる」

「フェアリーブルー、この距離から反撃するのかよ」


 狙撃を控えた部下二人の怯えが増した。


「てめえらは動くな。あいつは俺がやる。雑魚にも反応するんじゃねえぞ」


 厳命してイレネオの機体がゆっくりと動き出す。

 妖精狩りを行うのだ。

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