私の四脚が八脚に負けるはずがない!

 クアトロ・シルエットで構成されるトルーパー部隊。第一部隊の隊長はにゃん汰だ。


 大型輸送艦は100キロ以上先である。

 レーダーで捉えてはいるが、交戦距離はまだ先だ。


 戦闘機エッジスイフトとクルト・マシネンバウのファルケが迎撃に向かっているが、敵も護衛している戦闘機のパックとコールシゥンと戦闘を開始した。


 戦力は拮抗している。そのなかで大型輸送艦は搭載兵器を投下する。


「敵空挺戦車かくに…… 何あれ……」


 にゃん汰が呆然と呟く。


 それは明らかな異形の姿。


 下半身が蜘蛛。上半身がヒト型の兵器であった。


「クアトロの昆虫版? いや、違う、そんなものじゃない。全員後退にゃ!」


 危機を察したにゃん汰が味方に後退を指示するが、若干遅かった。

 仲間のエポスが次々と被弾する。


 にゃん汰のエポナも飛び跳ねて回避する。


「なんて射程。さすがラムジェット砲弾ってところかにゃ」


 ワイルドキャットであるにゃん汰にはよくわかる。

 ロケット推進の砲弾は射程100キロ以上。敵航空機が彼女たちの位置情報を教え連動し、命中精度を挙げているのだ。


 蜘蛛が脚を広げて滑空している。

 ヒト型部分のバックパックから偏向推進ノズルが噴射されている。


「蜘蛛って飛べたっけかにゃ!」


 忌々しげに吐き捨てるにゃん汰。八脚の上に飛べるなど、非常識極まる。


「こちらスター11。にゃん汰隊長。あのアベレーション・シルエット、糞硬い。戦車だ、対空兵器なんて通じやしねえ」


 雀型のファミリアがにゃん汰と通信を行う。


「わかった。深追いはせず、航空戦闘に専念を」

「厄介なことに上半身のヤツがレールガンで狙ってきててな! 気をつけろ。相当戦闘力が高いぞ、あの化け物」


 通信が切り替わった。アストライアだった。


『にゃん汰。敵機体を解析中です。まだデータが足りません』

「そうだろうね! こっちはなんとか時間稼ぎするけど、このまま押し込められそうかな!」


 ついににゃん汰は語尾ににゃを付ける余裕もなくなった。


 にゃん汰は武装を変更している。アンチフォートレスライフルではない。あれは継戦能力が不足している。拠点攻略用兵器なのだ。


 彼女が今装備しているのは、大型の90ミリチェーンガン。90ミリ砲の共有弾を使い、速射性をあげている兵器だ。

 弾帯は背中の馬の背部分につながっており、大量の砲弾が供給される、

 クアトロ・シルエットならではの試作武装である。


「敵を引きつけてターゲットを合わせて射撃! 接近戦を仕掛けないよう!」


 敵の近接能力は不明だ。八本脚から加味しても相当な安定性を誇ることはわかる。


 配下のエポスたちはAK2を装備している。火力的には申し分ないはずだ。


「気持ち悪!」


 狐型セリアンスロープの少女が嫌悪感丸出しの悲鳴をあげる。


 かさかさと高速移動する蜘蛛型多脚は確かに生理的嫌悪感を催した。しかもエポス以上の速さだ。

 近寄るなといわんばかり、AK2を放つ。


「なんて硬さ!」


 AK2の砲弾でも多少凹む程度。通常の複合装甲はない。火花が散ったようにみえるところから、電磁装甲ではあるのだろう。

 

 にゃん汰は無言でチェーンガンを叩き込む。90ミリ弾頭の徹甲弾は一発では有効ではないが、集中させることでようやく蜘蛛を破壊することができた。


「なっ!」


 蜘蛛を破壊した。上半身が分離し、後方に下がる。

 レールガンの直撃を受けたがエポナの装甲は貫けない。


「あの蜘蛛型兵器、機兵戦車か!」


 予想外の構造。蜘蛛型のアベレーション・アームズは機兵戦車の一種だった。


 分離したシルエットも高性能なのだろう。非常に厄介だ。


「きゃあ!」


 今度は先ほどの狐耳の少女の悲鳴。

 別のアベレーション・アームズの攻撃を受けているが近づけない。


「これは糸?!」


 犬耳の青年が乗ったエポスが近付こうとするが、触ると同じように捕らえられる可能性を感知し、近づけない。


「シルエットの動きを止める電磁ネット弾頭まで装備しているなんてね!」


 アルゲースが作った小太刀でネットを切断するにゃん汰。


「ありがとう、にゃん汰」

「あなたは下がって! 動ける?」

「動けるけど、かなり駆動系に障害がでている。なんて嫌らしい攻撃なの……」


 駆動系にダメージを与える兵装も、あまり存在しない。対シルエット用の装備であり、そのまま撃破を試みるほうを傭兵は好むからだ。


「わかった。その情報を皆に共有お願い!」

「おっけ!」


 迫り来る異形の機兵戦車群。


『にゃん汰。聞きなさい。敵は機兵戦車とシルエットですが操縦はシルエットで行っているようです。ヒトの意思がないアベレーション・アームズをシルエットで補っているのでしょう』

「アベレーション・アームズは乗り物にすぎないってか! 人が乗ってるというのに!」

『かの兵器に搭載された時点で人ではなくなっているのでしょう。少なくとも敵シルエットのパイロットにとっては。そして蜘蛛型は生物模倣バイオメティクス技術を生かした機体。さっきの飛行は電場を利用したバルーニング飛行。糸も蜘蛛の生態系を模倣した兵器です』

「ようは蜘蛛の姿をした高性能戦車ってことね!」

『そうです。あなたも一時撤退を』

「そういうわけにはいかないの!」


 エポナは敵部隊の前に姿を現す。連続して放たれるラムジェット砲弾を十分に引きつけてエポナは電磁バリアを展開。

 全ての砲弾を叩き落とす。


「芸当は今この場にいるのはエポナしか出来ないからね。ラムジェット砲弾のロケット構造が幸いした」


 敵のレールガンの直撃もあるが、そちらは電磁装甲で無効化していた。

 友軍がいったん後退するまでは殿を務めるつもりだ。


「だけど、敵は接近戦のほうが得意のよう」


 レールガンを構えていた敵シルエットが巨大なハルバードに持ち替えていた。


 エポナの異様な機動力にアベレーション・アームズたちが怯み、警戒する。

 

 意外なことに共通回線で呼びかけがあった。


「お前が指揮官機か。悪いことはいわん。我々に降参しろ」


 指揮官級の男だ。エリート層であるストーンズ勢力の市民階級ラケダイモンと思われた。

 機体は漆黒の機体に特徴的な二本のアンテナを装備した頭部。


「このアラクネ型の戦闘力、お前達の四脚がいかに優秀だろうと遠く及ばない」


 その言葉にいらっときたにゃん汰が回線を繋ぐ。


「おあいにく様。投降したら皆殺しなのよね」


 自らの姿を晒すことは抵抗を感じる。クアトロ・シルエットの情報がどれほど漏れているかは分からないからだ。

 アストライアが言うには傭兵機構を通じてある程度は漏れていると予想を信じることにしたのだ。


 ストーンズはファミリアとセリアンスロープには容赦がない。きっと人工知能搭載など関係なく、シルエットに乗れない役立たずだからだと彼女は踏んでいる。

 降伏など出来るはずがなかった。


「噂通りの……! セリアンスロープがシルエットに乗っている、か。投降できない事情はわかった。――獣如きがシルエットに乗るなどとは。死ね」

「言ってくれるね。ヒトを犠牲にした戦車に寄生している野蛮人如きが」

「アベレーション・アームズはすでに解析済みとはな。このブラックナイトとブラックウィドウ。二種の機体の組み合わせで最強兵器となった」


 驚くふうでもなく、ラケダイモンの男は応じる。


「使えるものは使える。処分されずに済むだけ幸いなのだよ」

「使えないから処分するっては吐き気がするね!」


 セリアンスロープにこそわかる悲哀。中途半端で使えないと言われていた彼女たち。


「半端なヒト未満の人造物が何をいう」

「ヒトでありケモノである私たちこそが乗れる機体よ」

 

 にゃんたは悠然と笑った。クアトロ・シルエットこそ今の彼女たちの誇り。


「四脚が八脚に勝てると思ってるのか? 安定性、移動速度桁違いだ。そんなものはお前でもわかるだろ? そしてこのブラックナイトの性能も非常に高い」

「コウが作ってくれた、私の四脚が八脚に負けるはずがない!」


 エポナはチェーンガンを構える。


「今しがた指令が出た。お前はこの私が一騎打ちで殺してくれる」

「受けてたつよ。さっさと抜きな」


 アラクネ型がハルバードを構え、異様な速度で近付いてくる。全速ではないだろうが二百キロは超えているだろう。


 半人半蜘蛛アラクネ型に対峙する騎兵の女神エポナ

 必ず勝つという決意を秘めて、エポナは駆け出した。

 

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