生物系統樹を元にした範囲拡大技術

「人間を部品に、か。んなことが可能なのか?」


 バリーが恐る恐る問うた。


『本来なら不可能です。フェンネルOSは複雑な処理を行う場合はヒト型限定。内臓兵装すら許されないほどに、ヒトの形にこだわる。クアトロ・シルエットはセリアンスロープを思うコウが見つけた裏仕様のようなもの』

「ありえないことが起きているというのか」

『プロメテウスの開発したOSに介入できる存在など限られています。可能にしたのはおそらく――リュピアがストーンズに掌握され、系統樹リネージ・ツリーの元にした範囲拡大技術を提供したとしか』

「リュピアが……」


 考えたくない事態だ。

 惑星一つ管理できる超AIがストーンズに与したとも言える。


『リュピアが堕ちた…… そう思いたくはないけれど』

「間に合わなかったのか」


 コウが思わず片手で顔を覆う。アシアが落ち着いたら救出に行きたかった。


『まだ間に合わなかったとはいえない。リュピアの全力ならこの程度の兵器で済むはずがない』


 アシアが確信を持って断言する。


『リュピアの真意がどこにあるかわからないけど、マーダーの発展を始め様々な兵器開発を命じられた可能性は高いわ』

「では惑星リュピアの人間も絶望的なのか?」


 コウが脳裏によぎった疑問を呟く。


『わからない…… 最悪を想定するとアベレーション・アームズのような材料にされている可能性が高い。よくて、監視下に置かれているのは間違いないわ』

「最悪の事態だな。リュピアを助け出して現状の打破ができるといいんだが」


 やはりリュピアには行かなくてはならないと思う。個人の力でどうにかなるとは思わないが、リュピアを救い出せば状況は好転するかもしれない。

 もっとも今は生き抜かなくてはならない。コウは目の前に状況に注視するよう己に言い聞かせる。


『最悪ついでに警告を行います。多分彼らの兵器開発能力は現在ユリシーズが使える技術より高性能な可能性も高いと思われます。ただ、様々な制限は生きていることはあのアベレーション・アームズからも窺えるのです。主砲は既存技術です』

「追尾する砲弾っていってたな」

『電磁加速砲塔を組み合わせた口径152ミリのラムジェット砲弾。ロケットアシストの若干誘導可能な砲弾ね。ミサイルじゃないから誘導性能自体は低いわ。戦車兼間接射撃を行う機動兵器といったところ』


 補助推進砲弾という分類の砲弾であり、既存技術だ。レールガンの要領で発射し、補助ロケットの用いた砲弾を使う。

 リュピアの技術が完全に解放されているなら、既存兵器を陵駕したものを搭載しているだろう。


「MCSで異形の兵器が操作できるようになるとはな」

『私たち惑星維持AIは得意分野が違う。重工業はエウロパ。私は自然環境。リュピアは生態系管理が得意だったせいもある。応用できる技術差はそこにあるわ。リュピアはヒト型限定なはずのMCSを別生態系に応用することに全力を注いだみたい』


 初めて人類が知る、超AIたちの得意分野。


『リュピアは確かにマーダーの改良は向いている。装甲材も改良されているわ。アベレーション・アームズはクアトロ・シルエットより高性能になる可能性もある』

「今はクアトロ・シルエットのほうが高性能なのか」

『ええ。ヒトの意思がないから』

「人間を部品に使っているといってたな。詳しく教えて欲しい。皆も知りたいだろう」

『その部分の説明は避けて通れないよね。人間の意思を奪って生体活動をフェンネルOSに依存しているの。ようは、フェンネルOSを無理矢理動かすための人質部品。アベレーション・シルエットが異形化するほど、脳髄の除去、手脚など不要部位は切り取られる。もう助からないの』

「不要品って……」

『ストーンズは初期進行状態は、不要な人類は有機肥料のような使い方をしていた。私と彼らが絶対に相容れない理由』

「当然。人類の敵だからね。根絶やしにするしかないわ」


 ジェニーが忌々げに呟く。


『MCSに痕跡が残っていたわ。いわゆる虫全般以外に生物系統樹上の鳥類、爬虫類型の生態を模した痕跡もある。ワニは主竜類。水棲生物におけるピラミッドの頂点よ』

「マーダー以上に厄介じゃないか?」

『ツリーのどこまでか兵器システムに転用されているかは不明だけど、ストーンズ内において人獣混合キメラ系や爬虫類応用兵器は間違いなく発展している』

「次から次へと……」

 

 ロバートもさすがにうんざりしたようだ。皆の思いを代弁している。


『本当にね。これからどんなアベレーション・アームズが出てくるか分からない。敵の数は十分驚異的だけど、質も向上している。思考制限を行っている以上は機体性能を上げてくるはずだから』

「そうだよな。多脚戦車なんてどう戦っていいか。宇宙戦艦に続いてこんな兵器をよくもまあ」


 バリーがため息をついた。

 敵の手札の多さに辟易していた。


 アシアは通信を遮断する。

 今はコウの隣にいるアシアだけだ。不安そうなコウとアストライアが見守っている。


『リュピア…… あなたひょっとして竜弓類ツリーをまるごと兵器にしたんじゃないでしょうね』


 自らの不安が的中しないよう、祈るしかなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「こちらフユキ。P336要塞エリアは緩やかに包囲網が形成されつつあります。包囲網完成まで時間を稼ぐ必要がありますね」


 フユキから連絡が入る。


「現状の報告を頼む」

「P336要塞エリアを中心に説明します。まず9時方向の海岸沿い、浅瀬をワニ型のアベレーション・アームズの部隊が侵攻中です」

「多脚戦車のあれだな」

「制海権は完全に人類にあります。近海浅瀬経由で侵攻とは、死角です。マーダーではこうはいかないでしょうね。陸に上がれば対処もできるのですが」


 フユキは淡々と状況を説明する。この程度で動揺するようでは工兵は務まらない。


「2時から3時方向に敵大型輸送艦が多数確認されています。列車砲対策は施されていますね」


 フユキが図を表示し、バリーに報告する。


「次に4時から6時方向に大量の戦車機甲部隊が進軍中。各地の防衛ドームから出撃した模様。7時から8時の方向にはかの宇宙戦艦が地表に展開中です」

「徐々に包囲網を狭めてくる戦略か」

「はい。10時から0時の方向にも空中空母が確認されています。宇宙艦ではないようですが、防衛ドーム級のAカーバンクルを使った新造艦でしょう。距離を取っているため下手に迎撃できません。戦車部隊とあわせて侵攻と思われます」

「安全な経路は0時から1時の、シルエットベースとの連絡線だけ、か」

「いえ。そこが一番被害の大きい激戦区です」

「なんだと?」


 これはバリーも想定外だ。

 シルエットベースとP336要塞エリアを結ぶ補給ラインである。地下を通る場所がほとんどだが、地上に防衛部隊や防衛施設は配置していたのだ。

 

「敵はこの地域に狙撃部隊を展開。シルエット、クアトロシルエット、偵察ヘリ百機近い被害がでています。援軍がくるまでの時間稼ぎと思われますが、生命線のここが抑えられてしまうと非常に厳しい」

「スナイパーの少数展開か!」


 空中からの侵攻は対処できる。P336の北側は森林地対、そして山脈だからだ。

 だが、狙撃となると話は別だ。森林地対の部隊を無力化するには、少数で十分であろう。


「狙撃部隊はどれぐらいいる?」

「数機ですね。一番堅牢な防衛網を一時的に無力化することが狙いです。あとは地上部隊の到着を待ち、シルエットベースの位置をあぶり出したいというところでしょうか」


 シルエットベースの位置はいまだに秘匿されている。

 経路が海中しか使っていないので当然といえた。


「なんとか持ちこたえられるか、フユキ。キモンもすぐには動けない」

「戦闘は海岸沿いからすでに始まっています。二日は持たせることはできるでしょう。そこから先は読めないですね」

「二日か……」


 バリーが考え込む。


「籠城は援軍が来る前提です。それさえ乗り切れば長期戦に移行できると思いますよ。この包囲網を全て補給など出来やしません。次に彼らが行うのは集中と選択です」


 冷静に分析するフユキにバリーは内心舌を巻く。

 数に圧倒されがちだが、無人兵器のマーダーとは違い敵は通常兵器だ。補給も必要だし休息だっているだろう。


「アリステイデスとペリクレスは最寄りの海域の海中に避難している。やはりアストライアかキモンがないと防衛は厳しいか」

「幸い援軍として名乗りを出ている転移者企業から連絡がありました。うまくいけば遊軍として働いてくれる可能性は大きい。私は諦めてはいません」

「そうか。それは朗報だ。数少ない、な」

「ないよりはいいでしょう? では私は防衛作戦を計画します」

「頼む。お前だけが頼りだ」

「最前線のほうが性にあっているんですけどね。似たようなあなたが司令官をしています。私もそれぐらいやりますよ」


 にやりと笑って、通信が切れる。

 頼もしい味方に、バリーは深々と椅子に座り直した。今はこのキモンを守り抜かないといけない。


 一方、通信を切ったフユキは自軍戦力を確認する。


「打撃を受けた王城工業集団公司の戦車部隊も立て直しが早い。新型戦車『猛虎マンフゥ』は伊達じゃないですね。正面部隊を任せるとして」


 友軍の戦力は実際頼もしい。

 傭兵も多数参戦し、何よりクアトロ・シルエットの配備数は桁違いだ。普通の作業機型でさえ、武装すれば以前のベア以上の性能を誇る。


「攻めるよりは守る作戦のほうが僕向きではあるんですよね。限られたリソースから効果的な配置をするってね」


 フユキは即座に防衛計画を作り、その部隊に割り振る。


「問題は1時方向の狙撃部隊、か、狙撃部隊は最悪、僕が出るか」


 森林地対を逆手に取った狙撃部隊。下手に打って出ることはできないが、制圧されたままだと部隊が展開されてしまう。

 ここが最大の難所だった。

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