シルエットサイズの散弾はタングステン弾12発分1ハンドレッドウエイトにゃ
「性能差をみせつけてやらないとな」
アラクネ型の隊長機、二本アンテナがついているブラックナイトがにゃん汰に告げる。
「蜘蛛とゴキブリの害虫駆除に一騎打ちも何もないと思うけどにゃ」
言ってはならないことをにゃん汰が告げる。言うほど害虫とは似てはいないのだがアンテナとカラーリングが悪かった。
「誰がゴキブリだ!」
思い当たる節があるパイロットの声に怒りが籠もる。
お互い牽制し合い、間合いを詰める。側面移動にも八脚は有利だ。
小回り、前進速度など全て八脚が上回っているだろう。だが、四脚が優位な点も確実にある。
距離を詰めて進むエポナ。レールガンは装甲で受け止める。電磁装甲で無力化されるからだ。
むしろ怖いのは機動力を生かした近接攻撃である。先ほどの電磁ネットの存在も頭にあった。
跳躍し、回避行動を取るエポナ。確実に90ミリチェーンガンを当てていく。戦車砲弾を用いた機関砲だ。
いくら電磁装甲でもずっと定点攻撃を受けていれば装甲は持たない。そしてにゃん汰とエポナにはそれを行うだけの技術がある。
「く。装甲も厚い。その武器も実に厄介だ!」
隊長機はエポナの運動性と装甲の厚さに舌を巻く。
狙いも正確であり、90ミリ砲弾の連射はきつかった。電磁装甲が反応し、金属水素が急速に減っていく。生成が間に合わないのだ。
ブラックウィドウが距離を詰め、ブラックナイトを切り離した。
飛翔し背中のハルバードを展開。エポナに斬りかかる。
「急に飛んでくるな! ゴキブリ!」
嫌悪感を込めて跳躍し回避するエポナ。
ブラックウィドウが即座に追い打ちを仕掛ける。糸状の物質を投射した。
にゃん汰はその糸を回避するが、チェーンガンが絡め取られた。
「電撃か!」
敵の意図を察し、チェーンガンを手放す。チェーンガンが爆発した。弾頭に込められた水素ガスが爆発したのだ。
「ガスごと誘爆させる使い方か。やってくれる!」
武器をなくしてしまったエポナは即座に背の弾薬を全てパージ。予備の武器ボックスから銃身と機関部を取り出し一瞬で組み立てる。
予備の弾丸だろうか左手に砲弾を持っていたが放り投げる。目的のものではなかったらしい。
「コウ用のおもちゃみたいなもんだけど…… あんたたちも試作兵器の実験ならこっちも同じように試作弾の実験にゃ」
ブラックナイトは再びブラックウィドウと合体し、アラクネ型に戻る。
コウの名前を呟くことで、にゃん汰は落ち着きを取り戻す。
合体したブラックウィドウは再び糸を吐くが、にゃん汰が銃の引き金を引く。
百発を超える散弾が糸を迎撃した。
「ショットガンだと? ネメシス星系で最も役に立たない武器を使うとは。ぽんこつセリアンスロープか」
「言ってろ、ゴキブリ」
にゃん汰はコッキングレバーを中心に銃全体を回転させて、散弾を装填する。スピンコックという装填法だ。
このショットガンはレバーアクションを模した構造をしているのだ。
本当はにゃん汰自身も全自動射撃のほうがいいのだが事情がある。
これはコウのために作った銃だ。以前コウに好きな銃はないのかと尋ねると、なんとレバーアクション式のショットガン。しかもスピンコック装填をしたいと言い出した。
子供の頃にみた映画に影響されて、ショットガンは好きらしい。
にゃん汰は頭を抱えたが、コウに好きな銃があるというだけでも幸いだ。無謀ともいえるシルエット兵装に挑戦したのだ。
「弾は試作弾頭五発…… 残り四発」
にゃん汰はそっと呟く。
シルエットの兵装のなかで一番相性が悪いのが散弾だ。
高次元投射装甲の前に弾速が遅く貫通力がない、小さな粒状の弾では有効射撃になりにくい。電磁装甲の普及がこの傾向をさらに拍車をかけた。
大口径の一粒弾(スラッグ)を使うという手段もあるが、最初から大口径砲を装備した方が早い。
その問題点を解決するために作ったのが、手持ちのショットガンに装填されている試作弾頭だった。
最初は迎撃用のバードショットを装填していた。これは数百発以上の子弾でミサイルや航空機を攻撃するためのものだ。
「シルエットサイズの散弾はタングステン弾12発分1ハンドレッドウエイトにゃ。S12ゲージの恐ろしさを味わって死ねにゃ」
彼女が設定した185ミリ口径のショットガン。
ワイルドキャットである彼女は地球の伝統ある散弾銃に敬意を払いたかった。
そこでS12番ゲージと呼ばれる汎用散弾規格を作ったのだ。
地球の12番ゲージは銃身の口径にあわせた弾頭に鉛弾を12発込めると1ポンドになるように設計されている規格だ。
シルエットサイズの散弾規格は185ミリ。球形のタングステン12個分約50キロ。1ハンドレッドウェイトと基準と定めたのだ。実際にこの重量では運用せず、口径の大きさをいかした砲弾を使い分けることになる。
AK2の90ミリ砲弾でも火力不足が懸念される中、AK2のアンダーバレルショットガンとして装着可能なものを目指し、多彩な砲弾運用として研究中のものだった。
にゃん汰はすかさず二発目をブラックナイトに直撃させる。OOB。9発入りの球形散弾だ。
装甲にかすり傷一つつかなかった。
「無駄ァ!」
嘲笑うアラクネのパイロット。無駄なのはにゃん汰自身が一番わかっている。
すかさず三射目を放つ。ブラックウィドウを頭部に直撃し、鈍い音を立てて糸状兵器の砲塔を破壊する。
「貫通だと?」
「当たり前にゃ。ただの散弾がシルエットに効くなんてこれっぽっちも思ってないにゃ」
にゃん汰が放ったのはフレシェット弾。ダーツ状の形状の散弾だった。貫通力に特化し、シルエットの装甲にも多少有効だ。装甲が薄い部分にしか有効打にならないのは性質上仕方ないところではある。
「そっちも試作機の性能を測っているとみたにゃ。こちらも試作兵装でお相手するにゃ」
「わざとらしい語尾をつけおって! ショットガンで何ができる!」
「ふふん」
四発目を放つ。今度は一粒弾頭。ブラックウィドウが間一髪避けたと思った。
轟音とともに、大爆発が二回起きた。
「な、んだと。さっき落とした散弾と同種の、金属水素榴弾か!」
隊長を任せられるだけあって、すぐに誘爆の正体を察するパイロット。
「ご名答にゃ!」
「トラップのつもりか、くそがぁ!」
絶叫するパイロットに対し、にゃん汰は余裕の笑みを浮かべた。
金属水素を用いた榴弾を二発。先ほど落とした同種の弾頭を誘爆させ、ブラックウィドウを破壊したのだ。
「私は
とはいっても残り一発。使いたくなかった最後の弾頭だ。スピンコックを行い装填する。
近すぎる。
「死ねィ!」
ブラックウィドウを棄て、加速しにゃん汰に斬りかかるブラックナイト。
直撃を受けるが、大口径のショットガンとはいえ耐えられると判断したのだ。
「速いっ!」
迷わず引き金を引く。
一粒弾がブラックナイトの胸部装甲に直撃する。弾速の遅い一粒弾など耐えてみせる自信があったのだ。
その瞬間、エポナは爆風に巻き込まれ吹き飛んだ。
最後の弾頭こそ、電子励起爆薬を使った榴弾運用の一粒弾頭。絶大な威力を誇る爆燃は高次元投射装甲や電磁装甲さえも即座に破壊する威力。
直撃を受けたブラックナイトは爆散していた。
対流雲が発生し、その威力を物語る。アンチフォートレスライフルが90ミリ。185ミリ弾頭ならではの威力だ。
「自分が死にかけるような兵装はやっぱダメにゃ…… 電子励起爆薬製の散弾は封印しないとにゃ……」
エポナがよろよろと立ち上がる。
「私用のショットガンは自動装填にするにゃ。弾の切り替えに並列二銃身も検討しないとにゃ。縦列のほうがいいか?」
自分に言い聞かせるように呟く。
「生きて帰れたら、ね」
満身創痍。武器もない。最後の武器である小太刀型の電弧刀を取り出す。
まだ数十機のアラクネ型がいるのだ。
「待たせたね!間に合った!」
聞いたことがない声がMCS内に流れる。
背後からにゃん汰を囲むように次々と黒を基調に黄金のラインで塗装された戦車が現れる。
「猫女! なかなかやるじゃないか!」
通信がつながった。
見たことがある。二十代後半の、虎型セリアンスロープの女性。王城工業集団公司の傭兵だ。
戦車は
「虎さんに任せていいかにゃー。名前は確か……ユートンさん」
にゃん汰もようやく安堵できた。彼らの強さは知っている。時間稼ぎに成功したのだ。
「おや覚えておいてくれたのかい? はやく戻って。トルーパー部隊があんたの帰りを待ってるよ」
「補給終わったらすぐ戦場に戻るにゃー」
「待ってるよ! それまで持ちこたえてやるさ」
虎型セリアンスロープのユートンはにゃん汰のかわりにその場を受け持つ。
「野郎ども! 気ぃ抜くんじゃないよ!」
「へい!
「はい!」
ファミリアや男性のセリアンスロープが次々と返事をする。
「砲撃開始! 戦車隊はV字隊形でアベレーション・アームズの侵攻を止めよ!」
背後に控えていた多連装ミサイルを牽引していた装輪装甲車たちが砲撃を開始する。
戦車隊はV時隊形を維持し、その側面を傭兵のシルエットが受け持つ。
「威勢のいいことはいっちまったが、あの数はちょっと辛いか。戦車駆逐型機動車両隊、迂回して打撃を与えて。すぐ引くんだよ!」
迫り来るアラクネ型の大軍を睨むユートン。
「何が多脚戦車だよ、ガチの戦車の強さ、思い知らせてやんよ」
舌なめずりする。その顔に悲壮感はなかった。
機甲部隊とアベレーション・アームズの壮絶な攻防戦が始まった。
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