プロメテウスの火

 アストライアに帰還したコウはアシアに呼ばれた。


 戦闘指揮所ではない、別の作戦所にコウはやってきた。


「俺だけか。重大なことなんだろう」


 戦闘指揮所ではまずい話なのだろう。


「アストライアと協力して、なんとかプロメテウスの火の解析が終了したの。その報告」


 アシアは実体化して待っていた。


『私だけでは到底無理でした』

「私もだよ。兵器開発AIには専門性は遠く及ばないから」

「二人ともありがとう」

『アシアと相談した結果です。まずはコウの判断を仰ぐことにしました』

「責任重大だな」


 彼女たちがそういうのだ。かなりの問題なのだろう。


「コウが遭遇したプロメテウスの火。あれは、あくまで付随効果のひとつ。本命ではないわ」


 プロメテウスの火。

 古来より禁忌とされる技術に冠されることが多い。人類に繁栄と戦争をもたらした『火』そのものに関する逸話だ。


 シルエットをはじめとする全ての兵器の総合OSであるフェンネルに隠された機能の名。その効果と代償は今やコウも身をもって知っている。


「いきなり核心の話か」

 

 あれが本命の効果ではないとなると、どんな凶悪な効果になるか想像したくもない。


「プロメテウスの火の発動中はあのリミッター解除も使えるにすぎない、ということね。本来の効果はもっと別なの」

「別?」

『ええ。メタルアイリスのシルエットには、すでにその兆候は確認されていたのです。効果がばらばらなので、確認できるはずもないのですが』

「効果がばらばら?」

「シルエットのフェンネルOSもAIだからね。個体差、個性みたいなのは内包しているわ。それが極端に出るのがプロメテウスの火の正体」

「ちょっと待て。バルドがプロメテウスの火はシルエットに機体ダメージが増大した場合のみ発動するといってたぞ」

『その通りです。シルエットが大ダメージを受けると、保護機能が働き、フェンネルOSの性能限界を解除することが許される仕様だったのです』


 アストライアがコウの戦闘パターンを用い解説する。


『シルエットに限らず兵器は当然ですが、初期状態が一番状態が良く、戦闘能力を発揮できる状態です。それは生き物も同じ。疲労していくのですからね』

「それはわかる」

『プロメテウスの火はそれを真っ向から否定するもの。機体ダメージを受けると、シルエットの性能を徐々にあげていくのです』

「なっ」

『プロメテウスの火とは本来の効果は性能限界の上限を無効化。安全係数を考慮せず設計限界までの可動性能を引き出すための用途であり、その状態でのプロメテウスの火を宣言することはリアクターの安全装置を外すことを意味します』


 設計限界は機体構造強度の限界であり、性能限界はそこまでの負荷を許さないための安全性を考慮した上限のことだ。

 

「性能限界によるリミッターがかからないから、リアクターの上限も解除してあんな真似が許される、と」

「そういうこと。そしてプロメテウスの火の効果は機体ごとに違う。だから私たちも気付かなかった」

「機体ごとに違う?」

「個性、癖。パイロットとの相性。それらが組み合わさって、どの方向性によってリミッターが解除されていくか。ようは性能が上がっていくかが全ての機体によって違うの」

『メタルアイリスやユリシーズの戦闘記録、個体データを組み合わせて辿り着いた結論です。あとは仮定しその理論が正しいか解析するまで』

「アストライアのアドバイスがなかったら、私でも厳しかったかな」


 彼女たちはさらりといっているがそれはとても膨大なデータの解析だったであろう。

 だが、解析の価値がある機能であり、仕様だ。


「方向性が違うとは?」

『そうですね。一番多いパターンが運動性能が上がるか、出力が上がるか、ウィスの出力があがり装甲が堅牢になる方向性となるか、ですね』

「性能低下をパイロットが得意な方向で補っていくため、シルエットが機体の構造強度を見極めながら上げていくの。さながら、手負いの獣のようにね」

『機体にダメージを受けている状態ならばパイロットも極限状態ですから、いつもよりよく動ける状態に関しては必死だったとか冷静に分析する暇もないでしょう』


 機体が応えてくれるという実感を持ったことはあるが、そんな機能は確かに初耳だ。


「機体の個体差とは?」

『パイロットの直感ともいうべきものというのでしょうか。自分用にカスタマイズされた機体、ベアにグリズリーの腕を装備するなど汎用性を利用して改造する傭兵は多いのです』

「傭兵内でやってる組み替えアセンブル、というやつか…… ラニウスや可変機では無理だな」


 アセンブルはコウも聞いたことがある。だが本来の機体性能は完成形で設計される。

 様々な異種部品混合機体はイレギュラーな対応策に過ぎない。


 装甲筋肉を利用するラニウスや可変機シルエットは互換性が低いので、そのようなアセンブル運用には向いていない。


『メタルアイリスで正式採用機としてラニウスが採用されたのが幸いしました。解析が捗ったのです』

「艦載機用シルエットはラニウスA1や可変機で最前線運用だしね」

「五番機はどんな効果なんだろうな」


 コウが一番気になる点を聞いた。


 思わずアシアは目を伏せ、アストライアも無言になった。


「ん? 不気味な沈黙だな」

「あのね、コウ。変な話なんだけど…… 今の五番機はプロメテウスの火がないの」

「今とはどういう意味?」

「うん。コウだけじゃなくて、クルトのフラフナグズもない。何故ないかはわからない。そのうちわかるかも。だから、ないとしか言えない」

『私たちが解析できない効果なのかもしれません』

「二人が解析できないって、どういうことだ」

「プロメテウスの火の効果が確認できない、という機体は少なからず存在するわ、一機だけ、特殊効果が確認されたのもあるけど、五番機含めて同一のではないのは断言できる」

「その特殊効果とはなんだろう」

『次元離脱機能です』

「それって前いってた、無敵時間とかいっていたヤツか!」

「ええ。余剰次元に一瞬だけ機体を移動。強制力で元の次元に戻る。ほんの数回しか使えないし効果は一秒にも満たないけれど、使い方によっては絶大な効果を発揮するわ」


 コウも驚きを隠せない。

 以前アシアが話していた機能だ。

 

「パイロットと機体の相性、熟練度もね。長年MCSと相当な修羅場をくぐってないと無理。引き出せない」

「その性能を引き出す使い手も凄いってことだな」

『ええ。ジェニーです』

「!」


 コウも息を飲む予想外――考えるとその効果にふさわしい使い手の名が挙がった。


「ジェニーのタキシネタは、ケリーがジェニーのために作ったんだしな」


 コウの依頼によって、ケリーがジェニーのために作ったシルエット、タキシネタ。

 そのMCSは以前の愛機、フェザントのものを用いている。


「宇宙艦でプロメテウスの火が使えれば、次元離脱機能が使えるということもわかった。そんな状況、限定されすぎるけど」

「相手のMCSかウィスのリアクターをロックする必要があるもんな。宇宙艦だと使う機会はないだろう」

「ええ。そしてシルエットに同様の機能が備わっている、というのも衝撃的だった。かつて、惑星間戦争ですら存在しなかった機能よ」


 新たに開放されたフェンネルOSの機能。間違いなくプロメテウスの仕業だろう。

 アシアとアストライアさえも知らなかった機能なのだ。


『宇宙艦の設計の多くは私の本体での仕事でした。シルエットのフェンネルに同等の機能を仕込んでいるとは、やはりプロメテウスは侮れません』


 若干悔しそうに呟くアストライア。


「傭兵機構に所属するシルエットを調査できるのであればもう少し詳細はわかったかもしれないけどね。私には権限がないから」

「アシアが? どうしてだ」


 コウにとっては惑星維持AIであるアシアがアクセスできないという事態が信じられなかった。


「傭兵機構はオケアノス直轄組織だから。私とは別ラインよ。多少は介入権限はあるけどね」


 コウはしばらく沈黙する。

 早急に結論を出さないよう、思考を重ねる。


 アシアたちは無言で彼を見守った。

 

「プロメテウスの火の詳細はユリシーズに相談しようと思う。これはシルエットとの関わり方にも関係してくる案件だ。リミッター解除以外は任意発動ではないんだろ?」

『ええ。任意で性能限界を超えることはなく、また構造限界まで能力を解放、コントロールする手段はありません』

「わかった。だけど構造限界が厄介だ。構築設計に影響してくるのは間違いないな」


 コウもブリコラージュによる構造強度の重要性は身に染みて知っている。 

 プロメテウスの火を発動させないための設計や発動しても壊れないようにするための設計。様々な方向性が出てくることは間違いない。

 

「もう一つ。アシアにお願いがあるんだ」

「私にできることなら!」


 コウはあまりアシアへ要求は言わない。協力を求めるだけだ。

 そのコウからのお願いなのだ。アシアに出来ることなら、協力するつもりだ。


「傭兵機構の登録データから俺を抹消することは出来るかな?」

「できるよ。傭兵機構への不信が高まった、というところ?」

「そうかもしれない。アシアへ介入を制限したのは傭兵機構の人間と見た。AIは人類をサポートする前提で設計されているんだろ」

「そうね」

「この惑星を管理するAIへ制限を課すような組織なんだ。つまり、必要以上にAIは人類に口を出すなって、サポートだけしてろって連中じゃないか、と思ったんだ」

「否定はしないわ」

「なら決まりだ。抹消を頼む」

「わかった。あなたのIDを抹消します。本当の意味でウーティスになるつもり?」


 基本、アシアの住人は傭兵機構に登録される。傭兵ではなくとも、だ。

 傭兵機構は中立かつ世界的な組織、この惑星アシアを運営する権限を持つ組織でもあるのだ。


 IDを抹消したコウは公共サポートを受けることもできず、傭兵機構を通じては人類居住区への正式な入場申請もできなくなった。

 だが今のコウならアシアによる認可はいくらでも落ちる。傭兵機構所属のメリットはさほどないだろう。


「それもいいかもな」


 この星に来た時もID登録はなかったことを思い出す。


「コウは大丈夫。もうシルエットベースの開発権利だけでも莫大な利益を得ているから」

『食べていくだけなら私やファミリア、セリアンスロープたちがいるので大丈夫ですよ』

「私も忘れずにね!」

「みんなのおかげだよ。でなければこんな決断はできない」


 自分の身のことは些細なことだ。もはや傭兵機構などに興味はなかった。


 今の関心事はプロメテウスの火。

 ある程度の話は兵衛も聞いているしユリシーズで共有されるので広まるのは時間の問題だろう。


 構造設計に関わる話だ。この内容をどのタイミングで公表するか。

 頭を痛めるコウであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る