何もないよ

 アストライア内部で、エメと話していたアシアが急に顔を上げた。


「敵機接近。ファミリアの監視網をくぐり抜けてきている。アキ、警戒を」

『まだこちらでは確認できないです』


 アストライアの声に緊張が走る。


「至急、警戒態勢を整えます。ファミリアとアストライアで確認できない敵機とは……」


 アキが端末を操作し、状況を確認する。


「確認しました。降伏信号と画像と音声をオープンにして接近するシルエットが三機、これですね」


 画面が映し出された。エメが無表情になる。

 大きく映し出された画面にいたは吉川、山岡、新島の三人だった。


『ファミリアの認識しない機能と降伏信号の組み合わせで接近するとは、仕様の穴をついてきましたね』


 アストライアが若干忌々しそうに呟く。

 降伏信号を出している相手には、理由なく攻撃してはならない。

 そしてファミリアたちは吉川たちを認識しない。ヴォイのように、殺意を抱いている相手以外は。


「ファミリアは手も足もでない。認識できない相手だし。降伏信号が出ている以上、私たちもね」


 アシアは若干悔しげだ。


「敵機、ですね。要求が出ています。エメ提督への直接謝罪と、身の安全の保証を求めています。なんて図々しい」

「むしろ罠の可能性もある」


 エメが冷静にいった。エメは恨みも憎しみもない。


「私が出ます」

「俺が出る。俺なら私闘で済む。降伏信号なんて関係ない」


 コウが割っては入った。


「エメ。お願い。ブルーとにゃん汰にも通信を。ここで連絡しておかないと怒られてしまいます」

「わかった」


 アキの依頼にエメがブルーとにゃん汰へ通信をリンクさせる手続きを開始した。

 

 五番機の足下に、作業を終えたフラックが呼びかける。


「コウ兄ちゃん! いつでも出撃は可能だよ!」

「わかった、ありがとうフラック、マール」


 すぐに乗り込む。

 決着をつける時がきたのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ついてねえっ!」


 まさか鷹羽兵衛に見つかるとは思わなかった吉川は必死に逃げた。

 幸い、公式回線で自分の素顔を晒すとファミリアは反応しない。悪夢のような処置が幸いした格好だ。


 以前TAKABAから機体を強奪した彼らはストーンズ勢力の傭兵になることにした。

 バルドと名乗る男から、この機体の素性を聞かれたときはひやひやしたが、盗んだと正直に話した。

 一ヶ月ほど取り上げられたが、その後無事に返却されバルド率いるデモスタスの一員となった。機体を取り上げられている帰還を含め待遇も悪くかった。


 地の理は吉川たちにある。追ってくる鷹羽を振り切った吉川たちは、起死回生の行動にでた。

 直接メタルアイリスの軍艦アストライアに逃げ込み、可能であればエメを誘拐する。もしくは降伏したフリをして安全な場所で逃げ出すつもりなのだ。


 眼前には海岸近い場所で停泊しているアストライアが見える。飛んで乗り込めばすぐだ。


「頼む! エメ提督にこの前の無礼を謝罪したい。アストライアへの乗艦を希望する」


 吉川がオープンされた共通回線でアストライアに呼びかける。

 エメが画面に現れた。


「拒否します。吉川殿。このまま立ち去り、他の艦に移動しなさい。そうすればこちらからは攻撃しません。警告します。これ以上近付かないでください」


 そういって通信が切れた。


「え? 拒否? 嘘だろ!」


 子供相手だ。押せばなんとかなると思っていた。


「どうするんですか! 警告されてるぜ!」


 先頭に立たされている山岡が悲鳴をあげた。


「山岡。降伏信号が出ている以上安全だ。安心して前進しろ」


 降伏信号を出している者は、基本的には攻撃されない。少なくともテレマAIやそれに類するAIは攻撃してこない。

 山岡が戦闘、吉川が真ん中。背後には新島だ。


「なんかロックオンされているんだけど!」

「ブラフだ。耐えろ」

 

 そういった瞬間だった。

 山岡のファルコが爆散した。


「なっ!」

「主砲を撃ちましたよ! 吉川さん!」


 いくら高次元投射装甲でも、アストライアに搭載している大口径レールガンの主砲には耐えられない。


「ヨクモオメオメトスガタヲアラワシタナ。コノクソヤロウ」


 発砲主の合成音。ポン子だった。

 彼女はファミリアではない。降伏信号など知ったことではない。

 エメの敵は排除する。それだけだ。


「警告します。立ち去りなさい。本当に降伏するつもりなら、武装解除ぐらいしなさい」


 今度はアキが彼らに告げ通信を切る。


「私も出ます。私なら彼らを攻撃できる」


 セリアンスロープも降伏している相手には攻撃はできないが、アキなら出来る。

 寄り添う者がコウ、そしてエメなら当然だ。優先して護るための攻撃にリミッターはかからない。


 一方、攻撃を受けた吉川と新島は慌てた。山岡の死を悼む余裕などない。 


「あれはあの時のセリアンスロープ! 攻撃されましたよ?!」

「乗り込め!」


 吉川のアクシピターと新島のファルコがアストライアの甲板に飛び移る。降伏信号を出している以上、対空砲は機能しない。


 甲板に飛び移った二機。そこにエレベーターからシルエットが昇ってくる。

 コウのラニウスC、五番機だった。

 刀の柄に手を添えて、いつでも抜刀できる状態だ。


「降伏しろとは言わない。決着を付ける」


 コウは迷わず殺す気でいた。

 自分の因縁で、二度とエメを危険な目に遭わせたりはしない。


「コ、コウ! お前のような奴がなんで高級なラニウスに…… ちきしょう! てめえなんかが幹部クラスかよ!」


 飛行ユニットを装備しているラニウスは珍しい。こんな状況で、的外れな絶叫をする吉川。嫉妬心で怒りが恐怖を殺す。

 だが、戦闘は冷静だ。じりじりと距離を取るため、後ずさる。

 剣を盾代わりにして構える。斬撃がくると予想する。コウの居合い趣味は知っていた。会社では変人だと笑いものにしたものだ。

 そして剣術は、シルエット戦では脅威になることも。


 ラニウスは無声で襲いかかる。防御しようとするアクシピターの両腕を斬り飛ばした。


「ま、まじかー!」


 その様子をみていた新島のファルコは銃を取り出し構えた。背後から射撃すれば、ラニウスといえど大ダメージを受けるはずだ。

 ファルコを巨大な影が覆う。

 昇降中のエレベーターから、何かが跳躍したのだった。


「え?」


 気付いた時には巨大な拳によって甲板へ叩き付けられていた。

 アキのエポナが、巨大な戦闘用クロウで殴りつけたのだ。


「邪魔はさせない」

 

 巨大な爪がファルコの背面を貫き、リアクターとパワーユニットを破壊して、MCSまで爪が貫通する。


「ひ、ひぃ!」


 背後座席まで貫通した巨大な爪に、絶句する新島。 


「私が殺すまでもない」


 エポナが後ろ足でファルコを蹴り飛ばした。遠く海に放り出されるファルコ。

 もうウィスが働かないMCSでは、強い衝撃を受ける。


「た、助かったのか。……ん?」

 

 足下に水。背後をみた。

 貫通した背後から海水が漏れている。


「あ…… アァ……」


 慌てて後部座席に移り、孔を手で押さえる。

 そんなことで止まる海水ではなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「や、やばい」


 一瞬で両腕を弾き飛ばされたアクシピターは身を翻し、沖のほうへ逃げ出した。

 ラニウスは短距離型。長時間の飛行はできないはずだ。


 五番機は追いかける。コウにエメから通信が入った。


「コウ。聞こえるかね」

「師匠!」


 思わぬ声に、驚愕するコウ。

 ふっとエメとは思えない顔で笑う師匠。


「海域を示す。この地点で決着をつけたまえ。君ならうまく誘導できるだろう」


 軌道エレベーター周辺の沖合周辺の海図が表示される。

 真っ赤になっている部分が、師匠が言う座標だろう。


「ここに何があるんだ」

「何もないよ。だから、ここで決着をつけるんだ」

「何もないのか……」

「何もない場所だ。殺す必要すらない。今の彼にそんな価値があるかね? 君が飛ばされた最初の日と同じ条件にしてやる。それでいいじゃないか」


 師匠こそ自身が千年以上守っていたエメを傷付けられそうになり、コウへの重なる非道に激怒していた人物だ。

 

 あの事件のあと、にゃん汰が必死に宥める必要があるほど激昂していたのだ。

 それが今や別人のように穏やかだ。エメが必死に宥めたのだろう。


「わかった」


 師匠のいいたいことを理解する。コウは師匠の心遣いに感謝し、気合いをいれてアクシピターを追い回す。

 そのコウの姿を追う、アストライアの観測機。


 アキ、にゃん汰、ブルーの三人は心配そうに見守る。


 アクシピターがグレイシャス・クィーンが開けたシェルターの大穴を抜け、外洋に向かう。ぴったりとラニウスが張り付いてくるからだ。

 減速は出来ない。後退行動や、旋回移動は速度を著しく落とす。


「なんで付いてこれるんだよ! ラニウスが! おかしいだろ、あれは強襲型の短期決戦格闘機じゃねえか!」


 飛行型の存在を知らなかった吉川が絶叫する。

 ラニウスCはアクシピターの結果からフィードバックされた技術を、御統重工業の飛行機のスペシャリスト衣川が協力した飛行ユニットのバックパックを装備している。

 アクシピターにもヒケを取らない飛行能力を誇るのだ。


「いや、長いことは飛べないはずだ。こっちは金属水素生成炉で飛行型だぜ」


 飛行して逃走すること十分。ラニウスはつかず離れず追跡してくる。


「なんで振り切れねえんだよ!」


 焦りは隠せない。もはや周囲は海しかない。


「ここか」


 コウが目標の海域に入ったことを確認した。

  

 勝負は一瞬だった。ラニウスの四肢も含めて全速移動。すっとアクシピターの肩をに手を伸ばして背後から掴んだ。


「ひぃ!」


 そのまま刀身が突き刺さる。正確にリアクターのみを貫いていた。

 ガクンと首を落とし、機体が停止する。予備バッテリーによる電力でMCSの機能のみが生きていた。


「た、頼む! すまなかった! コウ、助けててくれ!」


 命乞いを開始した。無駄だとわかっていながらも言わずにはいられなかった。


「いいよ」

「え?」

「アクシピターを掴んでいる手を離したら、あんたとはこれっきりだ。二度と俺やメタルアイリスの周囲には現れるな」

「あ、ああ! 約束する! 頼む!」


 コウは返事さえもしなかった。もう終わったのだ。

 五番機は手を離した。


 海面にすっと吸い込まれるように消えていくアクシピター。


 吉川が一瞬焦ったが、落ち着いた。海底についたら救難信号を出して歩けばいい。予備バッテリーでもそれぐらいはできる。

 周囲の視界には恐ろしそうなサメが泳いでいた。沈んでいくシルエットから出ていく気にはなれない。蓋をあけた瞬間溺死する可能性が高いだろう。冷静な自分を内心自画自賛していた。

 頭上のラニウスはすぐに見えなくなった。


 海底へ落ちていくアクシピターをコウは無表情に見送った。

 

「それでいい。コウ。悪しき因縁はそれで終わりだ」

「助かるのかな?」

「わからないな。そう、突き飛ばされて廃墟に残された君と同様。私みたいな物好きが偶然いて、万が一移動できる手段があるなら、だ。生死に関しては気にすることはない。すぐ抜け出して泳げるなら助かるだろう」


 すぐ抜け出したとして、周囲には海しかない。数百キロの遠泳が必要だ。


「何もない、か」

「そう。何もないよ。この下はね。あの、君との始まりの廃墟と同じように」

「そうか。――ありがとう、師匠」


 師匠と最初の二人旅を思い出していた。

 アストライアに辿り着くまで、マンティス型やエニュオと戦う中、ずっと傍にいてくれた大切なファミリア。


「なあに。君と同じで悪い結果にはならないかもしれないよ?」

「それならそれでいいさ。次は確実に斬る。猫は執念深いと聞いていたが、師匠は優しいな」

「私は猫じゃなくてファミリアだからね。私も満足だよ」


 師匠は微笑んだあと、エメに戻った。

 彼女もにっこり笑った。コウが要らぬ血を流さなかったことが嬉しかった。


 コウも大きな仕事を終えた気分で一区切りつけ、アストライアに帰還を開始した



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「さすが師匠ね」


 ブルーが感嘆した。

 アシアが送ってくれた海域の解析結果を見ているのだ。


「何もないわ」

「本当に。さすが師匠にゃ。何もないにゃ」


  にゃん汰も師匠とは古い付き合いだ。尊敬すべきファミリアの一人。この結果にもだ。


「ええ。お見事です。本当に何もない]


 戦闘指揮所に戻ったアキが、確認する。


「必殺にもほどがあるわ。救援を求めてもファミリアは彼の声を認識できない。人間やセリアンスロープは潜水艦にはまず乗らない。最寄りの陸まで何百キロあるの?」

「コウには海域の真相を教える必要はないにゃ。要らぬ気を病むこともない、さすがの処置にゃ。真相を知ったところで気にしないかもしれないけどさ」


 ブルーとにゃん汰が、結果を予測し安堵している。

 にんまりと笑ったアキが最後を締めた。


「惑星アシアで最も大きな海溝の一つ。海底まで一万メートル。移動もできず水没していくのみ。海流的にも海溝から逃れられません。逃げ出したとしてオニカマスやヨゴレザメの生息域も付近です。しばらくして水圧でMCSも開かなくなるでしょう。MCSのバッテリーが一ヶ月分として溺死? 圧死? 窒息死かしら? 狂死もあるでしょうね」

「まさに必殺。何もない、か。コウはそんな場所から生き抜いたのね」

「今となってはどうでもいいことですね。因果の相手は何もない場所で、さよならです」 

「師匠は猫の中の猫にゃ」

 

 猫は執念深いのだ。

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