二十億年の孤独

甲板に降り立つ五番機。そのままエレベーターは降下する。

 そのまま最深部、整備格納庫まで降りていく。


「私はここまでね」


 アシアが後部座席から告げる。


「戻るのか?」

「ええ。エメのもとにね。私の居場所はここなの」

「そうか。ならしばらくは一緒だな」

「はい」


 やはりいつもと雰囲気が違う。返事が素直で、女性らしい。

 そんなコウの反応を楽しみつつ、アシアが消えた。


 その中には二人の姉弟、マールとフラックが待ち構えていた。整備用シルエットのウッドペッカーだ。


「コウさんはすぐに降りて休憩を。すぐに整備します!」

「そんなに急ぐ必要はないんじゃないか」

「コウ兄ちゃん、何のんきな。今は戦闘中だよ。兄ちゃんがすぐ出ないといけない羽目になるかもしれない」

「そうだよな。ああ、フラックの言うとおりだよ」


 コウは整備モードに設定し、機体から降りる。


「装甲筋肉確認! 胸部用装甲板とC型用追加装甲準備、準備してる?」

「まーちゃん、そっちは抜かりない!」

「そうよね。あとは異常が少しでもある部分は交換。急いで」


 装甲板を器用に外すマール。

 下にはファミリアたちがアンチフォートレスライフル用弾頭を準備している。特殊装備のためファミリアも特殊な知識を共有した、アストライア直属の者たちだ。

 

「上腕部左右異常なし。ダメージは実質胸部装甲のみ。さすがだ、コウ兄ちゃん」

「本当にね。さあ、二十分以内にC型フライトタイプに戻してみせましょう」

「おっけー、まーちゃん」


 今や二人の姉弟も歴戦の整備兵。

 その意地にかけて、エース機の修理、再出撃状態に戻すための準備時間短縮を目指し、作業を開始した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「エメ!」


 突如呼びかけられたエメがびっくりして声の方向を見ると、いつもより大人のアシアが隣にいた。

 いつものビジョンだが、完全に実体化している。


「ア、アシア?」

「ええ。そうよ。アストライア。先ほどの解析は進めているわ」

『ようこそ、アシア』

『おかえり、私』


 P336要塞エリアのアシアも会話に入ってくる。

 外見がエメの隣に居るアシアと同様に変わっていた。


「あっちのアシアも変わってる!」

『完全同調の結果かな?』


 アシアは大きく伸びをした。


「ようやく動けた! 本当に最初に助けられた私が、コウに肩入れするのもよくわかるわ。よくコウを見つけた私ってところね」

『ふふん、そうだよね』

『コウを見つけたアシアは私なんだけどね!』

 

 シルエットベースのアシアが声を上げる。


『完全同調しているんだから、一人遊びしない。アシア』

『はーい』


 シルエットベースのアシアと、P336要塞エリアのアシアが消える。


「別人格っぽいんだけど」

「さみしいときに覚えた一人漫才みたいなものかな」

『数千万年の一人遊びとは年季が入っていますよね。この惑星の改造からでしょうから二十億年以上でしょうか?』

「そこ、ばらさない。あなただって似たようなもんでしょう!」

『私たちは五千万年前ですよ。ソピアーがこの地を観測した直後、地球疑似環境形成のためアシアとリュピアとエウロパの三人がそれぞれの惑星に打ち込まれたのですよね』


 それは超AIたちが語る歴史の真実。

 この場にいる者で重要性に気付いた者はいない。


 アシアはソピアーがネメシス星系の三惑星を観測したとき、巨大な粒子加速器を装備した超AIを惑星に打ち込んだ。

 彼女たちは疑似地球環境を作り出すため、自転や公転周期を調整し、衛星を呼び寄せ月とし、地球に非常に似た環境を作り出したのだ。


 強い人間原理をもとにしたこの星系でさえ、それほどの大改造が必要だった。

 惑星管理AIアシアの、遠い過去の昔話だ。


「それぞれの惑星間で連絡取ることもなかったしね」

「アシア…… 本当に女神なんだ。そんな長い孤独のなか、この惑星を生命居住環境にしてくれたんだね」

「良い子ね、エメ。でも女神じゃないよーエメ! そんな言い方やめて。距離感感じてしまうから!」


 アシアがエメを抱きしめて頬ずりしながら言う。エメは真っ赤になった。


『女神みたいなものなのはいい加減認めましょう』

「アストライア…… あなたそんなツッコミキャラだったっけ?」

『ディケの影響です』

『いきなり私のせいにしないでください。そこは抗議しますよ』

「あなたたちこそ、漫才しないの!」


 アシアはひとしきりぷりぷり怒った後、エメのほうを向いた。


「ところでエメ、お願いがあるんだけど」

「はい」

「一緒に放送をしてもらえるかな。メタルアイリスとユリシーズに向けて。傍受してたくさんの人間が聞いていると思うけど」

「喜んで」

「大人っぽくなったから、緊張している? エメ。今まで通りでいいからね」

「わかった」


 アキが放送の準備を行い、サインを送る。


 手が空いている者は放送を聞くことにした。

 戦闘中のものも、音声だけでも繋ぐ者が続出した。


『私はアシア。聞こえますか、メタルアイリスとユリシーズの皆さん』


 全世界へ向けて、放映している。

 エメが提督席で、隣に立っているアシアがいる。


 だが、あえてメタルアイリスとユリシーズに声をかけ、彼女は彼らの傍にいると伝えているのだ。


 放送を見ていたバリーはニヤリと笑った。

 大義はこちらにある。惑星アシアは彼らと共にあるようなものだ。


『私はメタルアイリスとビッグボスと鷹羽兵衛によって助け出されました。皆さんの作戦のおかげです。ありがとう。軌道エレベーターの権限も今や私の手にあります』


 あちこちで歓声があがる。

 ビッグボス呼ばわりされたコウはどんよりした表情になっている。


『新たなユリシーズの参加戦力、五行重工業とBAS社には深い謝意を。あなた方がいなければ、ここまでスムーズに奪還作戦はいかなかったでしょう』


 ジョージがアシアに敬礼した。たった一人で惑星アシアを護り続けた女神に、だ。

 その謝意が直接向けられたのだ。光栄なことだった。そしてBAS社の評価はさらに上がることだろう。


 五行重工業の本社でも大歓声が上がっていた。

 彼らは間違いなく、惑星アシアに貢献したのだ。遠い未来の果て、惑星アシアにおいて桜の花を咲かしてみせたのだ。


『ですがストーンズ勢力アルゴナウタイ。いえ、言いましょう。敵はアルゴフォース。ストーンズに与する正式軍。その軍に私たちは打ち勝たねばいけません』


 緊張が走る。

 アルゴフォース。この言葉は人類勢力に初めてもたらされたのだ。


『傭兵機構は現在、機能していません。これを聴いている傭兵の方、もし私に力を貸してくださるならばメタルアイリスへ。そして転移者企業の皆様の助力が必要です』


 彼女は訴える。エメの隣で。


『エメ提督はいいました。本来なら私達、ネメシス星系の人間と、生み出された存在が彼らと戦わないといけない、と。私は女神ではなく、あなたがた転移者を戦地に向かうよう仕向ける死に神なのかもしれません』


 エメは驚いてアシアのほうを向こうとするが、体が動かない。アシアの仕業だろう。

 その言葉はエメが、師匠に語った言葉だ。アシアが知っているとは予想だにしなかった。


 生粋のアシア生まれの者たち、そしてネレイスやファミリア、セリアンスロープも画面をみて頷く。エメの言うとおりなのだ。


 死に神という表現は明らかに間違いだ。転移者は大規模大量殺戮兵器での行方不明者がほとんどだからだ。本来なら死んでいるのだ。

 アシアはあえてこう自分を表現したのだ。救出した人間たちを戦場に向かわせる自分に対して思うところは当然あったのだろう。


『それでも私は転移者の皆様にお願いします。彼らと戦う力を貸してください』


 その言葉で放送は終わった。

 アシアの呼びかけ。これで流れはさらに変わるだろう。傍受して聞いた企業は、ユリシーズに参加する可能性は高くなる。

 バリーは顔を伏せ、ほくそ笑む表情を隠した


 「アシアは……いいのでしょうか。そこまで私たちに肩入れをして」


 エメが思わず聴いてしまった。視聴していた他の勢力の多くもそう思っているだろう。


『封印されていた私を助けてくれたのはコウとあなたたち、メタルアイリスではないですか。私はメタルアイリスとそこに属する大切な人に寄り添っているのです』


 その言葉を聞いてジェニーが微笑む。


 リックは満足げに頷いている。

 最初の救出。あのとき、全滅覚悟でコウに賭けた自分は決して間違っていなかったと改めて確信した。

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