紅茶美味しい

『五番機よりデータ収集を開始します。アキ、分析協力を』

「はい」

「私も手伝う」


 アストライアの指示でアキとエメは共同で五番機の戦闘を確認する。


『プロメテウスの火。リミッター解除など、惑星間戦争時代のシルエットにすらなかった機能。これも贈り物だというの? プロメテウス』


 問いかけるアストライア。

 むろん封印されているプロメテウスからの応答はない。


「こちらのデータでも、しっかり10秒。あなたの解析と差はありません、アストライア」

「同じく」

『今の私では解析できない、か』


 悔しそうなアストライア。過去の惑星間全ての兵器開発を行っていた頃の自分ならば可能だっただろう。


『アストライア。悩むのはそこまで。フェンネルは私だって解析できないもの』

『アシア』

『メタルアイリスの全シルエットのデータ収集を開始。分析を開始しているわ。あれはプロメテウスの機能解放なら、何かしら全てのシルエッに影響あるはず』

『もし可能ならユリシーズのアクセス可能なシルエットのデータもお願いします』

『わかった!』


 アシアの表情も真剣だ。

 コウが想定しているより、大変な事態なのだ。


『だけど、もうすぐ。もうすぐ解析できるようになる。コウが助け出そうとしている私は、私のなかでも最大の私。あのアシアが揃えば、解析できる』

『軌道エレベーターを管理制御担当のアシアでしたか』

『誤解があるよ。軌道エレベーターそのものに私は必要ないのだけどね。あそこにいた方が宇宙施設とのやりとりが便利だったから』


 アキとエメは戦いが起きているであろう、軌道エレベーターがある方角へ目を向ける。


「もうすぐかな。無事でいてね」


 エメが祈るように呟いた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ここが、今回の封印、軌道エレベーターの地下管制室か」


 コウが呟く。眼前には、二十歳前後の女性がいる。高次元領域での電子チェーンで囚われている。この場所にいたアシアだ。


「今までにないほど、量子チェーンが強固になっているな。復号するには…… 兵衛さん、切れ目が見えますか?」

「ああ。見えるぜ。俺にも出来ることがあるのか?」

「兵衛さん。この惑星に来てから、アシアと関わったことを思い出してフェンネルに伝えてください。そうすれば、この量子チェーンに干渉できるようになります」

「わかった。ああ、わかったぞ。こりゃ、こういうことか……」


 五番機と兵衛のアクシピターも次々に量子チェーンの切断を解除する。

 これは具象的に干渉しているように見えるが、本体はアシアと五番機、そしてアストライアで復号作業を行っているのだ。


 全ての量子チェーンは切断され、アシアは消えた。


「アシア、消えたか」

「ここにいますよ」


 背後から声がした。慌てて後部座席を見ると、先ほどのアシアがそこにいた。


 ふふ、とにっこり笑うアシアに、コウは場違いにもドキっとする。

 同じアシアのはずなのに、外見年齢が少し違うだけでこうも違うのかと思った。


「五番機に何度も助けられて、ここが落ち着くんです」

「わかる気がする」

「コウ、兵衛。ありがとう。五番機もね」

「おお、嬢ちゃん。無事解放できて良かった」

「本当に。これで三人分は取り戻せたか」

「いいえ、コウ。私はアシアのなかでも最大のアシアのデータ領域を受け持っていたの。これでかなりの力を取り戻すことができた」


 アシアは瞳を閉じる。


「あなたの傍にいたアシアとも完全に同調完了。次はこの要塞エリアの管制制御を奪い返す。――終わったわ。メタルアイリスの希望のタイミングでシェルターの開閉もできる」

「凄いな!」

「あなたたちのおかげ。私もできることはするわ。まずはこの要塞エリアを取り返しましょう」

「ああ」

「ようやく地上で大暴れできるなぁ」


 作戦を遂行した。

 次の市街地戦に参加するべく、地上へ向かった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「全軍に告げます。可変空挺部隊がミッションクリア。この要塞エリアのアシア救出に成功し、要塞エリアの管制権を得ました。繰り返します。可変空挺部隊がミッションクリア、アシアの救出に成功しました」


 エメが全軍に告げた。


『私と完全同調完了。コウ、もう一人の私にドキっとしてる。あの私は一番外見は年上、魅力的だからね……』


 知らないところで密告チクられるコウ。

 もう一人のアシアがコウの後部座席にいる姿が映し出される。完全に実体化しているアシアに、コウがまごついている。


「コウ、好みは今のアシアよりやはり上でしたか。私やにゃん汰とそう変わりませんよね、あのアシア」

「また遠くなった」


 コウのアシアへの反応に何故か自信を取り戻すアキと、落ち込むエメがいた。


『アシア。そんなことより解析を。自分自身に嫉妬は滑稽ですよ』

『わかってるってば!』



 アシアへ解析に戻るよう促すアストライア。


『完全同期していますよね?』

『してるはずだけど。ほら、あなたとディケぐらいの差はあるかも?』

『ディケは別個体ですから』

『あの私、コウの背後で実体化できるぐらいの能力あるし、久しぶりの外で浮かれてるみたい。本当に完全同期できてるか不安になってきた』


 アシアが別の意味で自問自答をしていた。


「アキ。リックと連絡を取って作戦行動を次の展開へ移行」

「了解です」


 アキは通信をバリーと繋げる。


「こちらアストライア。バリー司令。R001要塞エリアの管制権を奪取。こちらは作戦順調です」

「そうか。地上部隊は思ったより数が多くて苦戦中だ。要塞エリアへの進行はどうだ」

「五行重工業及びBAS社の戦力は相当なものです。現在要塞エリア市街地に向け揚陸行動に移りました」

「そうか。彼らがいなかったらかなりの被害になっていたかもな。可変空挺部隊が先に要塞エリアへ侵入する。そのまま頼んだよ、エメ提督」

「わかりました」


 バリーは考え込む。


「数は多い。抵抗もある。奇襲に対応できていない。手応えはあるんだ。陽動とも思えないが…… 奴らの狙いの作戦行動はなんだ? まだ敵の図が見えない」


 一人煩悶する。


「P336要塞エリアは生半可な数じゃ落とせない数の防衛網は敷いてある。人工太陽が消えたとき、その答えがでる、か」


 指揮官として、司令官として。敵の狙いを探るのは彼の役目だ。

 自分の指揮に多くの命がかかっているのだ。


 彼は椅子に座り込み、再び思考を巡らせた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「作戦は成功したようだね。今までの戦闘の推移を聞かせてもらおうか」

 

 リックとアキは通信で互いの状況を確認する。

 リックは現在も地上戦だ。戦車部隊を率いて、前線を張っている。


「え。聞くんですか」

「聞くとも。念のため後方に下がっておこうか」


 リックは後方に下がり、他の戦車がその穴を埋める。


 通信車両付近まで下がったリックは、アキに再度確認を行った。


「状況は良くないとか?」

「いえ。敵アルゴナウタイの軍勢は恐慌に陥り、メタルアイリスが優勢に事を運んでいます」

「恐慌とは穏やかではないな。端的に話してくれたまえ」

「端的にですか。わかりました」


 あまり端的に言いたくはない戦闘推移である。


「珍しい。君がそこまで口ごもるとは」

「五行重工業の巨大ドリルを装備した強襲揚陸艦が要塞エリアのシェルターを破壊。その後、BAS社の超弩級戦艦が突入しました」

「……」


 リックの表情が凍り付いたように固まった。


「同社の氷塊空母から出撃した木製のプロペラ機群がR001要塞エリアを空爆を行いました。そのプロペラ機が収集したデータをものとにBAS社の構築技士が作り出したのが、先ほど共有した要塞エリアの詳細地図です」

「木製? 氷塊? ウッドとアイスブロック?」

「その後二種のパンジャンドラムによって敵補給網を破壊しました。現在揚陸作戦に移行中です」

「……」


 もう何も聞きたくないと、雄弁にその表情が物語っている。


「端的に説明しました。パンジャンドラムの詳細を聞きますか」

「結構だ。BAS社は英国系企業だったか」

「はい」


 悲痛なリックと、沈痛な面持ちで答えるアキ。


「大丈夫ですか? こちらもアストライアが精神的ダメージが尋常ではなく」

「だろうな。わかった、アキ。報告ありがとう。どのみち前線の抵抗は激しく、しばらく要塞エリアとは合流できまい。また連絡するよ」

「わかりました」


 リックは大きなため息をついたあと、おもむろにMCSに備え付けてあるポット機能を使い紅茶を煎れ、一息ついた。


「紅茶美味しい」


 尋常ではないほどの砂糖とミルクを足した紅茶を、味わった。

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