発動条件

「何が起きた……?」


 目の前で起きた事象を理解できず、剣を構えたまま佇む五番機とコウがいた。


「勝手に死んだぞ……」


 まだ何が起きたか正確に把握できないコウ。

 何か、凄まじい力を引き出したのはわかる。だが、わずか十秒。コウにとっても僅かな時間だ。

 

「馬鹿が。あれほど使うなといったのによ」


 バルドが吐き捨てた。馬鹿な部下への、憐憫しか持ち合わせない。


「なんだぁ、ありゃあ」

「教えてたまるか。と言いたいところだがな。てめえに使われても目覚めが悪い。ありゃ一種のリミッター解除、『プロメテウスの火ファイア』だ」

「リミッター解除したらシルエットが爆発する? そんなふざけた話聞いたことねえぞ」

「あるんだよ。うちの傭兵隊が最初に気付いた。俺ら傭兵は死ぬほど要塞エリア落としに駆り出されたからな。見つけたのは本当にたまたま、だ」

「そんなにわかりにくいのかい?」

「発動条件は、機体が大ダメージを受けていること。その後、倒したい敵兵器のMCSをロックオン。10秒間の間、リアクターの出力はAカーバンクル、装甲は要塞エリアのシェルター並になる」

「まじかよ」


 他の構築技士からも聴いたことがない、新事実だ。


「その代償が10秒だ。10秒以内にロックしたMCSを破壊しないとウィスに耐えきれなくなって機体が爆発する。ロックした相手のMCS、もしくはAスピネルを破壊したら強制停止がかかる。誰が何のためにこんな機能を仕込んだか不明だが…… 是が非でも倒したい相手を倒す。そんな機能だな」

「たった10秒か」

「二人乗せれば20秒だ。しかも二人分、ウィスの出力も上がるぜ。ただし、後ろの奴が発動しちまったらそいつが操縦しなければいけないし、10秒後にぶっ倒れる。一日は意識が戻らん。下手したら死ぬ。そこまでしてようやく20秒だ」

「よく調べたな、そこまで。――何人死んだ?」

「ふん、さすがにわかるか。ストーンズ系の人間含めて三十人は死んだな」

「そうか」


 わずか10秒の検証は容易ではなかっただろう。

 想像がついた。


「鷹羽。貴様は使うなよ。割にあわん機能だ」


 こんな機能で決着をつけたくないのだろう。だからバルドは自分の知る全てを兵衛に教えたのだ。


「そういうお前もな。リ解除しちゃいけないからリミッターなんだがな」


 兵衛が苦笑する。

 限界を超えてはいけないからこそ、取り付けられるのがリミッターなのだ。奥の手や、一時的なパワーアップ装置ではない。

 解除すれば制御不能になり、必ず代償を払う羽目になる。それが機械のリミッターなのだ。


「じゃあ、再開するか」

「ああ」


 二人の間に憎しみはない。

 恐ろしいほどの切り替えの速さだ。端から見れば、話し合えばわかり合えるのでは無いかと錯覚するだろう。


 コウは戦闘態勢を継続はするが、二人の戦いを見守ることにした。

 まだ爆発したシルエットの衝撃が抜けきっていないのもある。


 コウにしてみれば、そんな機能もふざけているが、いきなり突然死されたという思いもあった。

 MCSの機能としてプロメテウスが解放したものだという予想はある。


「なあ、プロメテウス。スピリット・リンクも、このプロメテウスの火も…… どちちも要らないぞ」


 戦慄を覚える贈り物に、コウがぼやいた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 兵衛とバルドが対峙する。


 距離は離れる。

 生身での一対一の対決とは根本的に異なる。

 痛覚がないので手脚頭は致命傷にはならず、機能によって飛行でき三次元行動も可能だ。むろん、レールガンやミサイル、飛び道具まで飛び交う。


 機体性能は無論のこと。

 人型搭乗兵器ならではの経験が生きるのだ。決して一方的に兵衛が有利なわけではない。


 仕掛けたのはバルドだ。


 流体金属剣を長めに伸ばしてはいるが、飛ばしはしない。もう通じないと悟ったのだろう。

 スラスターを全開し、一気に間合いを詰める。


 兵衛は空中に移動する。空中では左右に加え上下も加わる。

 その動きを予測していたかのように、バルドも追うように上昇する。動きの始動だ。まだ加速もついておらず対応しやすい。


 嬉しさのあまり兵衛に笑みがこぼれる。この動きについて行ける相手、ということだ。


 兵衛が駆るアクシピターの左腕をあげ、振り下ろす。

 脇差し型の電磁刀を投げつけたのだ。


「なめるな!」


 避けようともせず、そのまま斬りにいくバルド。ウィスを通していない飛び道具など、一切無効化される。


 その小刀は狙い違わずコルバスの肩部分のジョイントを貫いた。普通の機体なら腕が飛んでいた可能性もある。

 肩を外された状態に近い。装甲筋肉でなんとか繋がっている状態だ。


 よくみると、ワイヤーを柄頭に通している。鍔で隠すように投げつけていた。

 残った左腕でワイヤーを斬り飛ばす。


「小細工を!」


 いったん後退し、着地する。アクシピターも同様に着地していた。


「小細工はお互い様だろ?」


 してやったりと笑う兵衛。


 間髪を入れず、残った左腕を掲げ斬り込むコルバス。片手拝みの斬り下ろしだ。


 残った刀を両手に持ち替えた兵衛はその斬撃に合わせ斬り返す。

 

 コルバスの片手斬りは振り下ろす瞬間、アクシピターの刀がかち合い、先にアクシピターの刃が振り下ろされた――


 コルバスの頭部は一文字に斬り下ろされ、強固な胸部装甲も同様に切り裂かれる。


「ぐぅ! そりゃ、切落きりおとしかよ!」


 バルドもその技を受けたことがあったのだ。


「へえ、知ってるのかい? 良い師を見つけたもんだ」


 へんな所で感心する。相手の太刀の勢いを殺し、自分の刀を活かす、切落は奥義の一つ。


 兵衛は決して二天一流だけを修めているわけではない。

 孫の修司も遣う、一刀流の技だった。


「ちぃ!」


 勝ち目がないと悟ったのか、コルバスのスラスターが爆発するかのような勢いで噴射する。

 天井めがけて飛び上がったと思うとアクシピターを飛び越えて逃走を開始した。


 兵衛は剣を納め、投げつけた刀を拾う。


 追いかける気はなかった。

 プロメテウスの情報料代わりに見逃したともいえるし、バルドもまたそれを見込んで教えたかもしれない。


「あの生き汚さは嫌いじゃねえな」


 生きていればまたやり合う機会もあるだろう。

 構築技士や会長職ではない、生死の駆け引きを味わう兵衛であった。

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