リミッター解除、その果てに。

「お前を必ず殺す。『プロメテウスの火ファイア』発動!」


 マイルズの宣言。

 コルバスの機体が紅く輝く。


――――10秒

 

「火だと!」


 緊張が走る。

 間違いなく、リミッター解除のだ。

 

 ファミリアは命を賭した。目の前のシルエットは何を犠牲にするのか、皆目見当がつかない。


――――9秒


 瞬きすら許されない。


 すでに目の前にコルバスがいる。

 抜刀する間もなく、すでに斬られていた。


――――8秒


「くっ」


 五番機の追加装甲が爆発し、脱着パージする。

 爆発反応させ間一髪、解除したのだ。


 凄まじい斬撃の威力。追加装甲を易々と切り裂き、五番機の胸部装甲に裂け目が入っている。


 不要な装甲はすべてパージした。

 この形態こそ、ラニウスC高機動型。


 だが、高機動もすぐには活かせない。

 剣に衝撃でノックバックを起こし、片膝をついた状態になったのだ。


――――7秒


「いける!」

 

 マイルズは勝利を確信した。まだ五番機の剣は鞘の中。

 追加装甲に阻まれ、一撃で勝負を決することができなかったのは残念だが、もう相手は対応手段はないはずだ。


 プロメテウスの火が発動しているコルバスに反応できなかったのだ。抜刀さえままならない。

 あの程度の速さでは、カウンターで斬り返すなどできないだろう。


――――6秒


「とどめだ!」


 確信とともに、再度剣を振り上げ、間合いを詰める。

 ラニウスは抜刀した。


――――5秒


 コルバスは五番機を頭上から一刀両断するはずだった。

 だが、それさえも阻まれる。


「ぐぅ!」


 五番機の予想外の動きにマイルズが苦悶の声を漏らす。

 

 コウが取った動きこそ居合いの技、流刀――抜刀による受け流しだったからだ。


 柳の枝に雪折れなし。


 刀を単純に握るだけ。斬り手を作らず無造作に抜き放ち、迎え来る斬撃を最短距離で受け流す。

 しなやかな刀を模して作られた電孤刀、孤月だからこそ出来る芸当だ。


――――4秒


 五番機は流れるような動作で両手に持ち替え、頭上に刀を振りかぶり、そのまま真っ向斬りをコルバスに放つ。

 居合いの技、その名は虎乱。


「!」


 コウは信じられない事象に遭遇した。戦慄が走る。

 斬った手応えは明らかにシルエットではない。要塞エリアのシェルターか、アーテーのような硬さだ。

 これでは致命傷を与えることは無理だ。


 内心、動揺が隠せない。


 強化されたコルバス自身も五番機の斬撃を回避できなかった。

 いくらコルバス自身が超性能になったところで、中のマイルズが超人になったわけではないのだ。


 ウィスの強化により致命傷は回避できたが、胸部装甲表面が浅く切り裂かれた。左袈裟斬りに続き受けた真っ向斬りによって、腹部は十字となった裂け目となる。機体もいよいよ限界といえる。

 慌てて、コウの真横をすり抜け、距離を取る。


――――3秒


「頼む! フェンネル!」


 絶叫が迸る。

 距離を取り過ぎたともいえる。限界を超えた機体速度に、マイルズ自身扱いきれないのだ。

 感覚も強化されている。全ての動きが遅すぎ、自らが速すぎるのだ。その感覚に自身もまったく慣れていない。当然と言えた。


 五番機と距離を詰めて最大加速を開始。側面を取ろうとする。


 五番機は抜刀したまま。片膝の状態。立ち上がる暇はないと判断した。


 どうすれば勝てる?


 コウは自問する。見てからのカウンターなど絶対に許されない速さ。そして装甲の厚さだ。

 めぐまるしくコウは思考を開始する。


コルバスが側面から回り込むのは確実。右か、左か?


――――2秒


「あと三秒でいい!」


 マイルズの目が血走った。

 コルバスは五番機の右側面に回り込み、剣を振り下ろそうとしたその瞬間だった。


 立ち上がる動作さえも力に変え、竜巻のような回転斬りがコルバスを襲う。右つま先が軸足、起点として装甲筋肉とアクチュエイターが唸りを上げる。

 右側面にいる敵胴体を横薙ぎに斬り飛ばす――


 コルバスの上半身が宙を舞う。始動から予測した、とっさの勘だ。


「鱗返し」


 呟いた。

 

 右側面の敵の胴体を斬るその技に、コウは全てを賭けた。 

 渾身のひねりを加えた斬撃こそが両断を可能にした。


 予想通りに動いてしまったコルバスは、必殺の間合いに自ら飛び込んでしまった。

 すでに十字の裂傷が入っていたコルバスの装甲を、斬り抜いたのだった。


――――1秒


 コウは斬心を解かず、動かない。五番機はコルバスの上半身を見下ろしていた。


「馬鹿が」


 バルドが吐き捨てた。

勝負ありだ。奥の手まで使い負けた部下にかける言葉はなかった。

 

 声にならない絶叫をマイルズはあげた。

 下半身が眼前に見える。


「頼む!」


 マイルズの表情は恐怖に染まった。


 スラスターは活きている。上半身のみ、飛行して戦えば!


――――0


ノー


 MCSが無慈悲に応答した。


 コルバスの紅いオーラが機体に収束し、上半身の装甲が沸騰した水の表面の如く、泡立ったように膨れ上がる。


 機体は閃光を発し、爆散した。


 コルバスの原形すら留めていなかった。持っていた両手剣も爆発したところをみると、ウィスが通っている部分はくまなく爆発したと思われた。


 残された下半身のみが佇んでいる。


 五番機は哀れむように、その残骸を見下ろしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る