流体金属剣
コウと兵衛は無人の通路を進んで行く。
シルエットサイズに作られた通路は長らく使われていない。
封印区画。
構築技士のみ入ることが出来る区画だった。
通路の先には、巨大な装置がありアシアが囚われている。
コウは今までに二度、彼女を解放してきた。
目的地の手前。
広大な区画がある。
案の定、敵がいた。
敵はフッケバイン――否。鹵獲したフッケバインの手足と廃棄された工場のデータから鹵獲復元された機体。コルバスだ。
コウたちはすぐ敵がフッケバイン系統だと気付いた。
敵もまた、同じく。
共通回線から呼びかけがあった。
コウが応答する。
「よう。ラニウスの兄ちゃん。コウだっけか。久しぶりだな」
「やはりバルドか」
「ひょっとして隣にいるのは、鷹羽か?」
「おうとも。俺さ。久しぶりだね。バルド君。腕を上げたようだな」
「そこの兄ちゃんにも負けたもんでね。あんたとやりたくて生きていたようなもんだ」
バルドのコルバスが剣を構える。
コウの五番機が立ちはだかろうとしようとするが、兵衛が止めた。
「こいつは俺に用があるってんだ。俺が応えてやらなきゃな」
「しかし!」
「君は僕が相手だ」
もう一機のコルバスが立ちはだかる。通信先には青年がいた。
バルドの副官、マイルズだった。
「バルド隊長を倒した男を倒す。なかなかやりがいのある仕事だ」
「簡単に倒されるわけにはいかないな」
一対一。仕方ない。
兵衛もコウも、タイマンは大好きなのだ。
結局彼らも似たもの同士なのかもしれなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「へえ。様になってるじゃねえか、バルド君」
「コウと戦って思い知ったぜ。シルエットの接近戦も剣術ってのが生きるってな」
バルドは中段の構え。
彼の機体であるコルバスは、のこぎりに刀身を無理矢理つけたような、不気味な形状をしている。
対する兵衛は、無構え。自然体の二刀下段である。
「鍛錬する奴は嫌いじゃねえぜ」
兵衛はにやりと笑いながら戦闘状態に入る。歴戦の傭兵が自分に勝つために剣を学ぶ。剣士としてはこれ以上ない誉れだ。
「恐ろしい師匠だったからな。死を何度も覚悟した。実際同期は三人死んだ」
バルドは淡々と告げた。よほど凄腕か、もしくは恐ろしい師匠だったに違いない。
「こいつぁ楽しみだな」
生半可な覚悟で身につけた剣技ではないということ。
シルエットに適用されているとはいえ、体幹操作や認識力の差に極めて敏感なフェンネルOSにおいて、実際の剣術が性能以上のものを発揮することを兵衛はしっている。コウもそうだろう。
「その余裕も今のうちだぜ」
以前、呆気なく。シルエットの性能差も糞もなく、子供のようにあしらわれた。
その屈辱を決して忘れない。
その後、ファルコを手に入れてまで来たる日に備えていたが、コウに破れてしまう。
バルドは二つの力を手に入れた。
一つはコルバス。完全にアルゴナウタイ及びストーンズ勢力を確約することで、信じられないほどの高性能機を手に入れることができた。
もう一つが、この剣術だ。
「は!」
気合いとともに両手剣を振るう。間合いも何もない、アクシピターから遠く離れた場所で、だ。
兵衛の顔が真顔になる。殺気だ。すかさず、機体を半身にして回避行動を取る。
さっきまで彼がいた場所に凄まじい剣圧が通り過ぎる。
――違う。剣圧ではない。
通り過ぎた剣圧の如きソレは、爆発したからだ。
「何だこいつは…… 剣圧を飛ばすなんて昔の漫画じゃねーんだからよ。これはあれか。金属水素か」
「すぐ見抜くとは、嫌になるねえ。種明かしする暇もねえ」
バルドはうんざりしたように呟いた。
「こういう芸当もできる」
剣を血振りの要領で振るう。剣先が伸びた。
「こいつは流体金属剣。ま、さっきのはお遊びだ。こいつが本命だな」
「何がお遊びだ。お遊びで切断されてたまるか」
兵衛は油断しない。先ほどの剣圧の正体がわかった。
それは金属水素の噴流。ホースの水遊びの要領といえばわかりやすいだろうか。金属水素の噴水を飛ばし、一瞬だけ硬化させたのだ。
ウィスを加えさせ、その後爆発させる。
目の前の刀身を長くしたのも、ウィスで調整したものだろう。しかも斬られた瞬間爆発する、恐るべき剣だ。
しかもバルドはそんな小細工を使わなくても、十分強い。
勝つために手段を選ばない。その覚悟が見えた。
「いいねえ。その心意気。大好物だ」
期待を裏切らぬ挑戦者に、兵衛もまた、気を引き締めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、マイルズもまた上段に構えコウと対峙していた。
五番機は中腰に抜刀の構え。刀はまだ鞘の内だ。
マイルズはバルドの変化に苛立っていた。
いわば、剣に魅入られた状態。
鷹羽兵衛に負け、目の前にコウに破れ、剣の師を得た彼は変わってしまった。
マイルズもまた同じように学んだが、マイルズほど熱心ではなかった。
戦争である。
剣など、いわば手段の一つに過ぎない。遠距離からレールガンを撃ち、間合いに入らず勝つほうが至上といえた。
だが、環境が変わってしまった。シルエット全体の機動力、耐弾能力が跳ね上がったにもかかわらず、同じ高次元投射された物質である剣と装甲の関係はそのまま。
電磁装甲がない分、薄くなったともいえる。剣が以前より有用になったことは否めない。
マイルズは徹底した現実主義者だ。
コルバスに乗り換え、近接主体の戦闘に切り替えた。このシルエットの性能は、他の追随を許さない。
だが、剣術を極めようとは思わなかった。
この上段の構え。運動力学的にも、上段に構え、振り下ろす。それが最速だ。
タイミングは勘でなんとかなる。間合いに入って、振る。
それだけで相手は死ぬ。
彼のコルバスが使う武器も通常の大剣だ。ギミック付きの剣など使いにくい。生成した金属水素も消費するし、彼には使い勝手が良い武器とは思えなかったのだ。
目の前のコウを倒し、バルドの目を覚まさせたい。その思いもあった。
剣術は戦争に不要だ。
「いくぞ」
間合いを図り、一気に剣を振り下ろすため距離を徐々に詰める。
「ぐっ」
無作動からのデトネーションエンジンの最大加速。
五番機は一気に間合いを詰めてきた。
金属で出来た床を火花をあげながらだ。しかも身を屈めてなので斬りにくい。
勝負は一瞬でついた。
間合いに入った五番機の居合い抜きは片手の左袈裟。コルバスは右肩から左胴にかけて切り裂かれる。
「馬鹿な……!」
「胴ががら空きだったな。俺に言えた義理じゃないが…… 実力が離れている相手に上段の構えは無礼だぞ」
コウは淡々と告げる。
確かに上段は振り下ろしが早く、剣を振ることに関しては最も効率的だろう。
だが駆け引き上では読まれやすいことも意味する。胴ががら空きになるデメリットをよく考えなければいけない。
「もう戦えない。お前もそこで黙って見てろ」
「まだだ…… まだ終わっていない」
その異変に気付いたバルドが叫ぶ。
「馬鹿! やめろ! マイルズ! そいつを使うんじゃねえ!」
「なんだぁ?」
異常に気付いた兵衛も様子を見ることにした。
「絶対勝ちますので。いくぞ、ラニウス」
まだ戦うのか、とコウは思う。
刀を納め、コルバスを迎え撃つ姿勢を整えた。
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