アレ、凄いですから。ほんとに。

「なにあれ……」


 異様な光景にエメが絶句している。

 砕けた氷塊空母が、見ている傍から復元していくのだ。


「どうやって氷を作っているのかな」

『ブライニクルという現象を応用しています。触れたものを凍らす、死のつららと呼ばれているものです。死のつららを疑似的に作り出し、X状に伸ばすことによって長方形状の氷で出来たメガフロートを形成しています』

「氷で空母なんて作ろうと思うほうが凄いと思う」

『過去の地球で氷山空母が計画されていたと記録にあります。その着想をもとに開発した空母型メガフロートといったところですね。何をどうやったらプライニクル現象を応用して空母を作るという発想になるか理解できないですが』

「あのプロペラの飛行機もその時代の?」

『双発のプロペラ機ですね。レシプロエンジンのかわりに静粛性に優れた電動モーターの二重反転プロペラを採用しています。軽量機体に時速900キロは出ます』

「でも、それだとすぐに撃墜されちゃいそう。ファミリアたち大丈夫かな」

『心配ありませんよ』

「アストライア? なんで目がうつろになってるの?!」

、凄いですから。ほんとに』


 アレと呼ばれた攻撃機ブーン。まだ秘密があった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「敵攻撃機、対空ミサイルで補足できません! レーダーも反応しにくいです。敵はワイヤー誘導の対地ミサイル攻撃に特化している模様です」

「ふざけるな。なんでだよ」


 下士官の報告に上官が疲れた声を出した。

 もう上官の威厳もかなぐり捨てる。


「要塞エリアの管制AIの解析予測でました。あの戦闘機は木製です。人工木材らしいです。解析進めます」

「……ウッド?」

「正確には木と水で出来ています」

「もう聞きたくない」

「聞いてくださいよ。今来ましたよ、正確な解析結果。敵の航空機の材質。植物由来のナノセルロースとほぼ水のアクアマテリアルで出来ているんです」


 何故か嬉しそうに報告する下士官。彼もまたやけくそかもしれない。

 

「そんなもの撃ち落とせ」

「小口径の徹甲弾だと敵の翼が薄すぎて貫いてしまうんですね。その後アクアマテリアルによって、孔が塞がれてしまって。木製の翼を水のスポンジで包んでいるんです」

「……」

「胴体はちゃんと電磁装甲みたいです。木と水の割に、頑丈ですね」

「レーザーは?」

「水で出来たスポンジにレーザー撃つのですか?」

「蒸発して威力は減衰するだけ、か」


 人事のように言っている。深く考えたくないのだろう。


 下士官の言っていることは誤解がある。

 ブーンは撃墜されている。翼を破壊されても、軽さを生かしふらふらと海上まで逃げ、機体を乗り捨てているのだ。

 ミサイルしか装備できないので継戦能力も低い。


 開けた孔がすぐ埋まるという現象が、彼らに過大評価させていた。


「レアメタル素材とか、ナノカーボン素材ってなんだろうな」

「対空ミサイルは敵にジェット噴流もなく赤外線方式では追跡できません。レーダー波も木製樹脂ですり抜けます。金属備品はMCS内部と機関砲ぐらいで、レーダー上では線が飛んでるような感じになります。投下の爆弾もナノセルロース製です。電動モーターで静粛性も確保。画像認識追尾も、フレアとデコイ混ぜられるともうダメですね。おしまいです」


 下士官が早口になった。やはり嬉しそうに報告してくる。

 もはや怒鳴る元気もない。


「おしまいか」

「ちなみに氷塊空母の背後に超弩級の航空戦艦と宇宙空母のアストライア、見慣れぬ空母も一隻います」

「……わかった。その話をそのまま、ヴァーシャ様にお伝えし、助言を仰げ。悲しいかな、私では解決策は思いつかん」

「はい!」


 勝ち誇った下士官が、外に出て行く。

 深いため息をつくのがやっとだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「R001要塞エリアより。氷で出来た空母から木と水で出来たレシプロ機風のプロペラ機の航空爆撃を受けているので対処法を求む、と」


 アルベルトが二人に報告した。

 全員が凍り付いたような表情となっている。


「氷の空母は多少の攻撃ではその場で復元し、木と水で出来たプロペラ機も貫通した孔が塞がれてしまうのだとか」

「アルベルト。わかる言語で説明を求む」

「文章に起こしましょうか」

「……すまなかった。許せ」

 

 カストルは左手で顔を覆った。そんなことは想定していない。想定しろというほうが無理だろう。


「水のアクアマテリアルと植物由来のナノセルロース製の航空機か。健康にはよさそうだ」


 アルベルトが健康食品を揶揄して呟いた。


「植物由来が体にいいなら、タバコでも食っていろ」


 苛立つを抑えきれず、ヴァーシャが吐き捨てる。

 すぐさま失言に気付いて謝罪する。


「……すまない。アルベルト。貴方に他意はない」

「わかっているよ、ヴァーシャ。だが、一服はさせてもらうよ」


 冷静なヴァーシャが苛立つのも痛いほどわかるのだ。

 アルベルトですら、ドリル戦車を超える衝撃に言葉もない。人型兵器のシルエットすら飛ぶ世界でレシプロ機は狂気の沙汰だ。


 現実逃避するように、アルベルトがタバコに火を点ける。

 煙を吐き出し、報告を続けた。


「さらに後方には大きさ1キロ以上の超弩級の航空戦艦とアストライア、その他空母が控えているようです」

「ヴァーシャ。後は頼む。私は地球の古い兵器にはうといのだ。この体もな」

「……はい。アルベルト。航空機は全機、対艦ミサイルに切り替えて氷の空母を落とせ。超弩級戦艦やアストライアまでには攻撃は届かないだろうからな。プロペラ機は対地機関砲用の徹甲榴弾で対処だ」

「わかった」


 アルベルトがR001要塞エリアに対し、無言で指示を出す。言葉にしたくないのだろう。


「ヴァーシャ。何かないか。感想は」

「ありません」


 ヴァーシャもまた、深く考えたくはないようだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「軍用プロペラ機って初めてみた」

『転移者たちも輸送機以外ではみたことがある者は多くないかもしれません。コウがサンダーストームを元にした重攻撃機もプロペラの軽戦闘機は後継機候補に入っています。用途が時代によって変わりつつあったんですね』

「あのプロペラの攻撃機はどう凄いの? 凄いのはわかるんだけど……」

『ゲームでいうメタ勝ちですよ。とにかく要塞エリア内に特化、敵戦闘機も限られるような状況を想定した機体。ステルス、低空、低速の運動性能を重視した結果、史上初の要塞エリア内局地戦特化の航空機を作った構築技士がいるということです』

「メタ勝ち、か。そこまで先を読んでたの?」

『あんなのは要塞エリアの外では使い物になりません。積載も少ないですし。ビルの谷間を蚊のように飛び回り、地表の敵を攻撃することに特化しています。見事なものです』

「一応、褒めるんだ」

『ブリコラージュの本質を体現しています。関係性のないありあわせのものから構築して、まったく新しいものを作る。それが本来のブリコラージュですから。自然現象である死のつららを疑似再現して氷のメガフロートにプロペラ攻撃機をブリコラージュするなんて頭のネジが数本抜けた、天才のみに許される発想。常人では無理です』

「遠回しに頭おかしいっていってない?」


 エメが容赦ない。


『……あのプロペラ機は、ナノセルロースで出来ています。バイオプラスチックですね。鉄の五倍の強度で鉄の五分の一の質量。そしてアクアマテリアルはこんにゃくの五百倍の強度を持ちます。食器代わりにアシアでも使われている素材です。空力加熱上、超音速を出さないレシプロ機にこそ応用される素材です』


 露骨に話題を逸らすアストライアだった。


「木と水で出来ているって凄いよね」

『ナノセルロースは植物繊維や植物細胞をナノ単位で分解し超圧縮したもの。木や稲藁、じゃがいもなど植物でも可能です。アクアマテリアルは特殊な粘土系の物質に水を加えた、構成材の95%が水なのです』

「凄い」

『エメも食べたことがありますよ。溶けないソフトクリームはナノセルロース技術の応用です』


 軍艦にソフトクリーム製造機はつきものだ。


「そっかー。私食べたことあるんだ……」

『ブーンそのものはBAS社の予算が不足していたせいもあるのでしょう。かなり安く生産できます』

「グレイシャス・クィーンにお金をかけすぎたっていってたもんね」


 話をしていると、アベルから通信が入る。


「エメ提督。そろそろモビィ・ディックが落ちそうだ。いったん退避させてもらうよ。さすがに対艦ミサイルの連打はきつかった」


 屈託のない笑顔で報告。撃沈したのにむしろ嬉しそうだ。


「ブーンも大戦果です。素晴らしいファンタスティツク!」


 敵の混乱っぷりをみると、明らかに彼の勝ちだろう。


「氷なのに頑丈ですね」

「海水中にあるごく少量のアルカリ金属を通じてウィスを通しているんです。高次元投射氷塊ですよ」

「そんなことができるんだ……」


 エメが見ている間も集中砲火を受け、モビィ・ディックの氷が割れる。


 そのなかから純白の潜水艦が現れる。

 氷塊空母を生成する装置の正体だ。無数の突き出した棒がプライニクル現象を生じさせ、長方形の船体を象っていたのだ。


 作業中にもかかわらず、アベルは優雅に紅茶を煎れていた。


 潜水艦はすっと水中に消えていく。


「ではいったんこれで」

「お帰りですか?」


 期待を込めてアキが尋ねる。


「とんでもありません! 五行殿が敵航空戦力を掃討し制空権奪取後にまた復帰しますよ。まだまだ私の開発した兵器は活躍していません。ご期待ください」

「はい。期待します」


 その返答とは裏腹に目がうつろになっているアキと、視線の先に同様の表情のアストライアがいた。


「ちょっと待ってください。モビィ・ディックが消えたら、プロペラ機さんたちはどうなるんですか? 母艦が無ければ帰れないと思うんですけど」


 エメがファミリアたちを心配する。ブーンは甲板駐機でやってきているのだ。


「大切な友人フレンド達は回収できますよ。この本体の潜水艦モビィ・ディックが生きていたら、数日あれば氷のメガフロートを再形成できますグレイシャス・クィーンへ甲板駐機も可能です。何より……」


 潜水艦は颯爽と深海へ消えていく。

 さながらスパイ映画のように。


 潜水艦のなかで優雅に紅茶を嗜みながら、余裕の笑みでエメに片目を瞑ってみせる。

 それは歪んだ合理主義者の一言だった。


「私たちの勝利は揺るぎない。ならば急いで帰る必要もないでしょう?」

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