女王陛下のユリシーズ!
「落ち着いて。アストライア。何を見たの?」
『申し訳ございません。私としたことが。あまりに理解できないものがあったので、思考処理が停止寸前になるほど動揺してしまって』
「なにこれこわい。――アキ。いったん私たちは後退。後方監視を強化すると伝えて」
「了解しました」
艦影が近付いてくる。
純白の超弩級の航空戦艦に、続く純白の空母。艦載機が甲板駐機してある。
同じく純白の空母は高さが300メートル、長さ1キロ。動くメガフロートだ。
その周囲を輪陣形となり、様々な種類の護衛艦が続く。
アストライアに詳細を聞こうとしたところ、グレイシャス・クィーンから通信が入る。
「こちら、ユリシーズ所属グレイシャス・クィーンのジョージ提督だ。エメ提督、お初にお目にかかる」
「はじめましてジョージ提督。
「どういたしまして、話のわかるレディ。貴女の勇気に応えたいと思う。まずは我々に先陣を切らしていただきたい。五行殿とは話も済ませてある」
「了解いたしました。よろしくお願いします」
グレイシャス・クィーンはソウヤが開けた孔にそのまま突っ込んでいく。
豪快な進入にシェルターは瓦礫のように崩れていく。
その後ろを長方形上の純白の空母が通り過ぎる。
「アストライア。あんな形の航空機は初めて見た。十字架型っていうのかな」
『この時代では誰も見たことがないかと思いますよ……』
「? 昔ならあったの?」
『ありました』
AIなのに疲れたようなアストライアの声。
その頃、グレイシャス・クィーンでは提督でブリーフィングが行われる。
「エメ提督も言われた、我ら高貴なる女王陛下のユリシーズ! その名に賭けて負けるわけにはいかん。ジョン・ブル魂を見せつける時だ! 頼んだぞ」
「ええ。アルゴナウタイの度肝を抜いてやりますよ」
名をアベル・シール・ハロウェイ。C級構築技士であり、ジョージの片腕だ。
彼もMCS型のコックピットから空母を操作している。
「エメ提督、エリ艦長。聞こえますか。私はBAS社の構築技士アベルです。こちら空母
「こちらジュンヨウ。了解です。また何かやらかす気ですね、アベルさん」
「やらかすとは失礼な」
どうやらエリは面識があるらしい。アベルは軽く受け流し微笑んだ。
「アストライア、援護に回ります。モビィ・ディックはAカーバンクル搭載ですか?」
敵の攻撃を引きつけるとは、モビィ・ディックの巨体に通常の装甲では厳しいはずだ。
「いえ。通常のシルエットのAスピネル搭載型ですよ」
「大丈夫なんですか?」
「お任せあれ」
アベルはにやりと笑った。自信に満ちた笑顔だ。
「モビィ・ディックに搭載している艦載機は全て攻撃機です。対空能力はありませんので対空戦闘は五行さんに任せます。モビィ・ディックが轟沈のち、各自上陸作戦に移行してください」
「轟沈前提なんですか!」
破天荒にも程がある戦術だ。思わずエメも大きな声を出してしまう。
「轟沈前提です。見て頂ければわかりますよ」
そうして巨大な船体はまっすぐ戦闘に立ち、要塞エリア内を進んで行く。
モビィ・ティックを先頭に、離れた場所にグレイシャス・クィーン。そして左右に護衛艦隊が並んでいる。
その後ろをジュンヨウの艦隊とアストライアが続いていた。
敵の航空機は準備中なのだろう。今は陸地では大規模な地上戦を行っている。
要塞エリア内にはもちろん天井はある。高さはドーム型になっているが、一番高度がある地点で三千メートルだ。高速の戦闘機が飛ぶには適していない。
地上部隊が次々に海岸沿いや港沿いに集結する。地上からの砲撃がメインとなるのだ。
アルゴフォースが手こずっている間に次々とモビィ・ディックから航空機が飛び立つ。
軌道エレベーターがあるR001での要塞エリア内での戦闘が始まろうとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「敵空母から航空機が大量に飛来してきます。その数200機以上です!」
「駐機している航空機だけか。まずは戦闘のあの空母を叩き落とせ!」
対艦攻撃に切り替えたアルゴフォースの戦闘機、パックもようやく数が揃ったようだ。
また、300メートル以上の高さがある高層ビルからシルエットが狙撃体勢に入った。
モビィ・ディックに向かって次々とレールガンや対地ミサイルが放たれる。
しかし、空母は直撃を受け、甲板が砕かれながらもまっすぐに迫ってくる。
アルゴフォースも、さすがに困惑していた。徹甲弾系は吸い込まれ、榴弾系は小さな爆発のあと、延焼もせず消えるのだ。
「ええい! 直撃させているはずだ! なのに孔一つ空かない!」
「隊長。それが……」
下士官が言いにくそうに切り出した。この上官はすぐ怒鳴るから苦手なのだ。
事実を言ったら、怒鳴られるに決まっている。
「どうした。言ってみろ!」
「解析した結果。あの空母、氷なんです」
「は? アイス?」
「
「馬鹿いうな! 仮に氷だとして! 戦闘機や攻撃機はどうなる! ジェット噴流で氷が溶けるだろ!」
「あ、あの確証はないのですが……」
「歯切れが悪いな。お前は。怒鳴らないからはっきりいえ!」
「プロペラ機です。レシプロ機風の。ほら、あのブーンって飛ぶ、レシプロ機。あんな感じの」
「は?」
「プロペラが回転する、プロペラ機です」
「ふざけるな!」
ほら、やっぱり怒鳴ったじゃないか。不満げな下士官だ。
「どこの世界にレーザーやレールガンが飛び交う世界でプロペラ機を作る馬鹿がいる!」
モビィ・ディック内でアベルが聞こえていたかのように、にやりと笑う。
敵が軽く混乱しているようだ。彼の目論み通りだった。
「氷塊空母と、電動の二重反転プロペラ採用の双発攻撃機ブーンだ。
マッドサイエンティストもかくやという、狂気に満ちた笑顔だった。
双発の二重反転プロペラを装備した、攻撃機ブーン。空戦能力はないが胴体部分には電磁装甲も装備してある。
「ともかくだ! あの氷の塊は邪魔だ! はやく破壊しろ!」
「それが……」
「まだあるのか!」
指揮官は驚き疲れていた。
超破壊力のパンジャンドラムのほうが、まだましかもしれない。
「周囲の海水を吸収して製氷しているようで、敵船体が復元していくのです」
「な、な……」
「リアルタイムで瞬時に復元していきます。こっちは弾丸でかき氷でも作ってるようなものですよ」
「どんな原理で瞬時に製氷するというのだ! シルエット用のかき氷でも作る気か、敵はー!」
復元していく氷塊空母に、レシプロの航空機による空襲。
無茶苦茶だった。
沿岸の迎撃部隊は大混乱に陥っていた。
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