防衛ラインを飛び越えて

 アルゴナウタイもまた、来たるべきメタルアイリスとの戦闘準備に備え、自軍の再編を進めていた。

 

「戦力比はどうだ?」

「航空戦力は五千:二千。ですが性能差を考えると拮抗しているといいでしょう。地上戦力は一概に比較できません。相手は戦車や装甲車、地上用攻撃機など諸兵化連合運用を取っています。数は我らのほうが圧倒していますが」

「ふむ」

「制海権が完全に相手にあるのが辛いところです。マーダーは現地生産が基本で、運送する必要性が少なかったのですから。そして敵は宇宙運搬艦スペースキヤリアーが四隻もあるのです」

「そこは仕方ないな。その分航空戦力で対応するしかあるまい」


 地図を表示し、地形で説明を行うヴァーシャ。


「我らの拠点はQ019要塞エリアとQ221要塞エリアと軌道スペースエレベーターがあるR001要塞エリアの三カ所。あとは小さな防衛ドーム多数。敵が侵攻するならR001かQ019でしょう」

「一番深層がある拠点はR001か。アシアと軌道エレベーター。だが、攻略難度が最も高い。そこまでリスクを負うかどうかだな」

「はい。でなければ我らの現在地である、海岸沿いのQ019です。制海権を取られていますからね。最前線基地であるQ221は、全拠点を奪うための地政学的な意味でしかない」

「R001には罠は張ってあるんだろ?」

「十分な戦力は置いてあります。デスモダスのバルトとマッドスロース機甲隊もいます」

「念の入りようだな」


 デモスダスとマッドスロースはストーンズ側の傭兵として期間も長く優秀な傭兵隊だ。

 個人傭兵で優秀なものはこのアンダーグラウンドフォースに任せることにしている。


 アルゴフォースは選りすぐりの人間たちが中心だが、やはり実戦経験は浅い。

 傭兵に頼ることも大きい。


「軌道エレベーターがあるR001は守りも行いやすい地形だ。援軍もQ221からすぐに展開できます」


 軌道エレベーター。宇宙エレベーターともいわれる、宇宙とアシアを繋ぐ、惑星開拓時代の名残である。

 全長12万キロ。地球一周がおよそ4万キロと考えるとその長さがわかる。


 一説によると、惑星アシアの月にあたる衛星は、三基ある軌道エレベーターの材料に使われたともある。

 軌道エレベーターはいわゆる単線運用で、貨物しか積み込みされることはない。


 惑星アシアの軌道エレベーターは真空チューブ型のものとなる。チューブと言っても巨大な外壁で覆われているのだ。

 エレベーターとその外壁を守るのは当然ながら、最大出力を誇るAカーバンクル。

 核爆弾の直撃にも耐え、例え惑星アシアが半分に割れても折れることはないという強度を誇るという。


 それだけ重要拠点だ。

 オケアノスの防備も万全であり、不用意に天蓋部分を攻撃すると攻撃軍が衛星砲に殲滅されることとなる。事故を装った突入も、軌道エレベーターがある要塞エリアには許されない。容赦なく衛星砲で溶かされるだろう。

 だが、シェルターの側面に対してはオケアノスの制裁措置はない。側面部が破壊される事態ということは、戦争の場合がほとんどだからだ。オケアノスが戦争に介入することはまれだ。


 地形的にも北から北東にかけて山脈があり、南には巨大な海洋。メタルアイリスの空母打撃軍と戦闘があった大洋とはまた別の場所にあたる。

 軌道エレベーターの性質上、R001は陸地から海上に渡る半径200キロに及ぶ巨大な要塞エリアなのだ。


「P001要塞エリアの戦力は?」

「戦車五千輌、シルエット三万機に航空機五百機ですな。航空戦力は主にQ221に力を入れております。人工太陽が消えればすぐにR001、Q019に部隊展開できます」


 カストルの問いに、アルベルトが回答する。


「だが、軌道エレベーターではなく、いったんQ221やQ019を狙って後に攻略も考えられる。油断はできまい」

「そうですな。人工太陽はあと二日程度。動くとすれば、二日後、三日後。向こうは航空戦とマーダー戦の連戦中です。無理に侵攻はできますまい」

「海洋上の戦闘運搬艦どもが姿を見せないのは気になるがな」

「制海権もなく、人工太陽のせいでこちらのレーダー網も死んでいるのは辛いですね。マーダーの目視がある分、ましでしょうが。それもそろそろ終わりです」


 ヴァーシャもレーダー網が使えないことには危惧を覚えていた。

 マーダーのデータは、彼らの宇宙空母と連動しているとはいえ、恐ろしい勢いで駆逐されていっている。

 P336要塞エリア単独とは思えぬ戦力だ。ユリシーズの援軍であることは容易に想像がついた。


 そこへ緊急アラートが鳴り響く。


「どうした!」

「緊急事態です! R001要塞エリアに敵機接近中。機数四。迎撃できません!」

「四機で何ができる!」


 オペレーターが言いにくそうに報告する。


「全て巨大な宇宙運搬艦なのです!」

「アストライアか! くそ、四機同時投入。方角は?」

「全て別です! R001からみて、2時の方向からアストライア、11時の方向から空母と強襲揚陸艦、10時の方向からも同じく強襲揚陸艦、全て宇宙運搬艦スペースキヤリアーだと思われます。急に湧いてでてきたとしか思えないのです」

「そんなことがあるか。くそ、どうなっている……」


 アルベルトが予想外の侵攻に苛立ちを隠せない。

 巨大な分、地上からの偵察機、レーダーで判明するはずなのだ。


 山岳地帯にあるシルエットベースからレールカタパルトで高速射出したのだが、彼らにはわからないだろう。

 人工太陽でレーダーが封鎖され、確認できる頃には方向を変えて向かってきているのだ。


「人工太陽があろうと、確かに宇宙艦であるアストライアや宇宙用強襲揚陸艦には意味ないな。想定はしていたが、いざやられると辛いものだ」


 ヴァーシャが諦めに似た呟きを漏らす。


「想定外とは言わせん。すぐにバルトに命じ、R001の防衛網を構築せよ!」

「了解です!」


 カストルがオペレーターに命じ、オペレーターがR001要塞エリアに指令を出す。


「敵艦の後方、戦闘機多数接近! 上空1500メートルを移動中の模様」

「ふん、戦闘機を低空で無理矢理運用か。護衛代わりにもならんだろうに」


 カストルはつまらなさそうに呟く。


「敵陸上兵力も確認。小型の防衛ドームを攻略しながら侵攻中とのことです」

「前線に近い防衛ドームはもとより捨ててある。中間地点でラインを形成しているからな。そこで迎え撃て」

「了解です!」


 次々と戦況報告が入り、対処の指示を出すカストルとヴァーシャ。


「宇宙運搬艦は防衛網を突破しました」

「防衛ラインを一気に飛び越えるとは…… だが搭載兵器には限度がある。寄せ集めたとしてもたかが四隻。一万もない。押し返せるさ」


 だが、その二人に予想外の情報がもたらされた。


「R001要塞エリア。5時の方向および7時の方向、海洋より敵艦隊接近中!」

「なんだと? まだ敵は宇宙艦を持っていたというのか!」


 アルベルトが驚愕の声を発する。そこは想定外の事態だ。


 地形はかなり違うが、地球の地形でいえば、ポーランドあたりで戦闘を行っており、大西洋とその周辺が主戦場だ。

 そこにいきなりアラビア海のペルシャ湾に艦隊が現れたようなもの。大陸の反対側からなのだ。


「いや、違うな。さすがにこんな短時間で迂回できまいよ。敵は海上だな?」

「はい」

「どういうことですか?」


 ヴァーシャが尋ねた。カストルは見当がついているようだ。


「ユリシーズ所属の、別大陸からの転移者企業だろうよ。これは我らストーンズの失態だな。全ての軌道エレベーターを抑えてしまった。ならば一番奪還しやすい可能性があるのは、R001だろう」

「そういうことか! 確かに、死に物狂いで取り返しにくるはず。A001はすでに傭兵機構本部が撤退している。ならばユリシーズとメタルアイリスの合流するのが得策と」

「窮鼠猫を噛む、という奴か。人類勢力……ではないな。企業を追い詰めすぎた。宇宙素材が入手不可になったら企業活動も何もないからな」


 カストルが行った作戦ではないが、苦笑しかない。

 これはすぐに報告しなければいけない事態だ。ツケはカストルたちが受け持つのだから。


「想定よりかなり展開は早いな。人工太陽はまだ空にある。どうするヴァーシャ」


 アルベルトが問う。戦闘面ではさっぱりだ。


「展開が早いことは認めよう。だが敵がR001要塞エリアに集結するのはむしろ好都合。罠にかかったのは奴らだ」


 ことなげもなく、ヴァーシャは嘯いた。

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