サイレントボマー

「非常識すぎるぞ、あいつら! そもそも宇宙での戦闘は禁止行為だ。戦闘するにしても地域は指定されるのが常。それを静止軌道での戦闘など……!」


 さしものカストルもでたらめなエリスの撃破に憤慨した。

 

「マーダーは無人兵器。人間の魂を保護するべく決められた条約の対象外だったということでしょう。ですが、宇宙にエリスを連れていくという発想は、我々には不可能ですな」

「そうとも! 我らが宇宙戦艦相手にあんな戦術を取ってみろ。その場で焼き尽くされるか、量子データ化されタルタロス行きだ!」


 宇宙空間の戦闘禁止は惑星間戦争強制終了時に施行された。

 違反者は問答無用で撃破され、悪質な場合は量子データ化されタルタロスに送られるという最悪の罰則が存在する。

 長い間宇宙にいたストーンズだからこそ、宇宙は聖域であり、絶対戦闘禁止区域という認識があった。人類が量子データ化し、眠っている間も彼らは宇宙の片隅にいたのだ。


 宇宙に強引に連れて行くという想定もしていなかったが、まんまと自分たちが用意した人工太陽まで活用されるとは思わなかった。


「ええい! あいつらは何隻の宇宙艦を持っているというのだ!」


 アストライアに加え、大型の空母一隻。そして強襲揚陸艦が二隻ある。

 異常な戦力と言えた。傭兵機構所属の最大手アンダーグラウンドフォースのロクセ・ファランクスでもここまでの戦力は持っていないだろう。


「アシアの提供とみるべきでしょうなあ。彼らはアシアを守護する騎士といえましょう」

「我らが言うのもあれだが、人類勢力のなかでひいきが過ぎないか?」

「当然でしょう。私が惑星アシアにきてからも、傭兵機構は一度もアシア救出作戦を行っていない。アンダーグラウンドフォースでの交戦記録さえも一切ありません。誰がそんな連中に戦力を与えるものですか。私だって同じ立場なら救出してくれたメタルアイリスに賭けますよ」

「極端な傭兵機構の保身主義が、ここにきて裏目に出たか。あやつらの方針は我らの利になっていたのだがな」


 傭兵機構とストーンズはパイプがある。

 それはストーンズもまた傭兵を雇うことがあるからだ。そのパイプを通じて色々画策していたのは認めるところだ。


「保身のために自らの守護神を見捨てるなど、実に唾棄すべき連中だとは思いますがね」


 ヴァーシャの目は実に冷ややか。傭兵機構への印象がうかがい知れる。

 

「そういうな。ヴァーシャ。傭兵機構の保身主義でアシアにいる人類も救われていた面があったのは事実。大規模戦闘は発生せず、あちこちの紛争レベルで収まっていたわけだからな」

「そうですね。それで私はこの戦場に間に合ったわけですから。感謝はしましょう」


 ストーンズがアシア同時制圧と、超AIの解析にこだわなければ、人類はとっくに終わり、ヴァーシャが惑星アシアに来ることはなかっただろう。

 戦乱が長引いたので彼も呼ばれた。


「最後のアーテーです。予想通り、前座で終わりましたがね」

「一機ぐらい辿り着くと思ったのだがな。P336要塞エリアにあと一隻でも同様の宇宙艦があれば終わるだろう。なければ、まだチャンスがあるぐらいか」

「幸い、海岸沿いにいる三隻が飛行したところでアーテーには間に合いません。そして宇宙運搬艦スペース・キヤリアーが出てくるには遅すぎます。まだ可能性はあるかと」

「戦力を集中させ、一点突破に切り替えるか。敗北しても構わんにせよ、敵を調子づかせても仕方あるまい」

「そうですね。アーテーもじきに敵と交戦に入ります。敵も地上戦力は相当なもの。マーダーの量は圧倒していますが質では比べるべくもありません。少しでも損害を与えたいところです」


 ヴァーシャはマーダーに指示をだす。

 残ったアーテーも、なんらかの手段で撃破されるのは想像する。だが、その手段が想像もつかない。

 いまやシルエットだけでも撃破できるほどになったのだ。


 アントワーカー型など、消耗戦の戦力にさえ数えることは難しくなっている。

 少しでもメタルアイリスの戦術を引き出すために、かき集めてぶつけるだけだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 宇宙でアリステイデスがエリスの撃破に成功した頃、地上の各地では戦闘が続き喜ぶ暇もなかった。

 アーテーの他にエニュオやピロテース、そして尖兵である無数のケーレスの進軍に対し、防御陣地の戦車部隊が応戦している。


 だが、数が圧倒的に違う。

 側面打撃を狙うべく、無数のマーダーが迂回経路を使ってくるのだ。


 森林地帯を進むアントワーカーやスパイだー型が不気味だ。


「迂回経路なんて全部潰しているに決まっているじゃないですか」


 フユキはMCS内で悠然と微笑んだ。今はカレドニアクロウという工作機に乗っている。ラニウスBベースで運動性も高い高性能機だ。


 マーダーが侵入した森林に対して仕掛は全て完了している。

 カレドニアクロウはステルスはもちろん、静音性にも非常に優れている。


 音もなく、爆弾を仕掛け、敵の迂回侵攻ルートに罠を張ったフユキだった。地雷屋の異名を持つ男である。


「地雷は残すわけにはいきませんからね。一斉に、と」


 爆導索型の地上爆弾を発火させる。

 各部署に連結された大型爆弾は、高次元投射装甲を持つケーレスには一切効かないが、アントワーカーやアントソルジャー、スパイダー型には十分な威力だ。


 横のラインが爆発を起こしたと思ったら、縦のラインで爆発する。

 コウが見たら昔遊んだゲームを思い出すと言い出すだろう。


「もっとも私はサイレントボマーですが」


 音もなく爆弾を仕掛け、敵を爆殺する。これがフユキの、工兵の戦い方だ。静かなる爆弾魔は次々とマーダーを破壊する。


 逃げた先に巻き込まれたマーダーまでいる。

 横縦の爆発を自在に操るフユキだった。


 指向性を持たせているため、無駄な被害も少ない。


 逃げ惑うアントワーカー型や、さらなる迂回を試みるアントコマンダー型には強烈な地雷が襲う。

 地面から飛び出した粘着地雷の一種。超高温の指向性をもった炎が下部から焼き尽くすのだ。

 シルエットには有効ではないが、胴体が縦に長いマーダーには有効だ。


 各地で様々な地雷や設置された爆弾が噴煙を上げる。

 罠にかかった場所から進行ルートを炙りだすこともできるのだ。


「バルム君。聞こえますか。予想通り、そちらにいきました」

「ありがとうございます、フユキさん。トルーパー2部隊、迎撃にでます」


 森のなかではセリアンスロープたちが強い。

 障害物も華麗に回避し、敵を影から奇襲する。

 背の高い針葉樹が多い惑星アシアの森特有の地形を存分に生かしている。


 大型マーダーが正面から多数くるのだ。

 引きつけた戦車部隊を側面から狙う部隊が出てくるのは予想の範囲だ。


 小型マーダーを爆弾と地雷で片付けたフユキ。

 決して派手な動きではないが、確実に戦線を支える古兵だ。


「次は最後のアーテー。ここからが本番ですね。いきますか。オペレーション『P』を」


 フユキは遠目に見えるアーテー攻略に、自らの使える手札を確認するのだった。

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