静止軌道上で敵巨大兵器を撃破せよ!
「アリステイデス。カタパルト準備完了」
レールカタパルトの仰角は浅い。
地平線に向かって撃つようなものだ。
「発進!」
アリステイデスを射出させるための大電力がレールカタパルトに集中し、巨大な船体が射出させる。
「数分で接敵だ。頼んだぞ、みんな」
クルーたちも画面に集中している。
ロバートは司令席に座り込み、画面を食い入るように見ている。
敵が見えた。不気味な複眼状のセンサーがはっきりとこちらを見据えているのがわかる。
「敵影確認! エリスです! 速度はマッハ2弱と思われます!」
「こちらと同程度か。主砲用意!」
アリステイデスの側面から二門のレールガンがせり出す。
「撃て!」
時間はない。敵が遠距離攻撃を持っていないことは確認済み。
大口径のレールガンは着弾するが、やはり巨大なマーダーの装甲は貫けない。
「敵、至近距離、至近距離まで残り一分です!」
「対空射撃準備。対エリス戦術、想定通り準備を!」
「はい!」
モニターの眼前に、エリスが迫る。一瞬で通り過ぎることになるだろう。
「敵回避行動! 右舷に回り込みました! 船体に取りつきました!」
エリスはその巨体と速度を生かし、アリステイデスの右舷に取りつく。
「かかった!」
ロバートは笑った。勝利を確信した笑みだ。
エリスは船体に捕まり、巨大な尾を後ろにいったん下げる。一気に振り下ろし、船底に孔を開けるつもりだ。
「投錨用意! 錨入れ!」
アリステイデスの右舷に備えられたハッチが一斉に錨が射出され、エリスに向けて投射される。
船体に捕まっていたのが運のつきだった。エリスの胴体に一瞬にして絡みついた。為す術もなく動作を封じられる。
暴れようにも、すぐにアリステイデスに引っ張られ、吊り下げられた状態だ。加速しているアリステイデスに対し、停止していたエリスが敵うわけがなかった。
「は! 巨大なハチが
ロバートは予測していたのだ。空中でアリステイデスを狙う場合、どこを狙うか。
それは武装などがある甲板ではあるまい。側面、船底狙いなのは明らかだ。
暴れるエリスは大きな口を開けてレーザー砲を発射準備に入った。
「いまだ! 艦対艦ミサイル発射!」
船底から宇宙戦闘用のミサイルサイロが開き、艦対艦ミサイルが発射され、口を開けた直後のエリスに直撃する。
繊細な光学部分はもちろん、頭部の複眼も破壊された。
アリステイデスに吊り下げられる形になるエリス。
暴れるほど鎖で出来たアンカーロープが胴体に食い込み、絡まる。
「見せてやるぜ。宇宙船の戦い方って奴をな! 自分の船に何があるか一番わかってんだよ! 左舷の錨入れ! 簀巻きにしてやれ!」
「はい!」
ダメ押しとばかり、左舷の錨も投射され、エリスを捉える。錨のアンカーロープはゴム合金の如き柔軟性を持つタンタルのチェーンで作られている。そう簡単には解けない。
「アリステイデス! 船首仰角最大!大気圏脱出モードに移行だ! このまま宇宙まで突っ走るぞ!」
「アンカー発射口耐熱装備、完了にゃ。エリスをぶら下げたままでもいけるよ!」
三毛猫が報告する。
続いてセリアンスロープの少女が報告する。
アリステイデスは船首を真上、大空を示し、飛び続ける。
巨大なロケットブースターが火を噴いた。
「ロケットブースター点火しました! 噴射開始! 第一次加速時間は1500秒! エリスを捉えた状態でも速度マッハ25。第一宇宙速度に入ります!」
「衝撃備え!」
惑星アシアの重力を振り切るべく、アリステイデスは最大加速を行う。戦闘指揮所への衝撃はウィスの重力干渉で緩和されているが、それでも殺しきれるものではない。
軽い振動とともにアリステイデスはエリスをぶらさげ、空を駆け上る。
成層圏、中間圏、熱圏を次々と突破するアリステイデス。
十分も経たないうちに地上100キロを突破。惑星アシアの重力を振り切り宇宙空間へ到達する。
加速するアリステイデスはマッハ35を超える。第二宇宙速度に入った。
遂に星の海、真空の大海原に突入する。
ロバートが初めて見た宇宙は思ったよりも明るく、澄んでいた。
『宇宙空間に到達。クルーは重力調整を行っている戦闘指揮所より出ないでください』
ライブラ2がアナウンスを行う。
「熱圏突破しました! このまま加速します!」
「よし! このまま静止軌道までアーテーを連れていく! ライブラ1。オケアノスに通達。これより宇宙空間、マーダー戦との戦闘に入る。許可されたし、と」
『通達を行いました。戦闘許可を確認。対マーダー戦は問題がありません』
人間同士の宇宙空間戦闘は禁止事項の一つ。
永劫に宇宙を漂うことへの忌避感によって定められた協定だ。
マーダーは完全な無人兵器。この協定には違反しない。
外気圏に到達し、眼下に巨大な惑星アシア。地表から伸びる軌道エレベーターも確認できる。
進行方向の2時方向に人工太陽が見える。人工太陽も静止軌道に置かれているのだ。
垂直方式で宇宙空間に達したアリステイデスは、周回軌道の調整を行わず、まっすぐに静止軌道を目指す。
オペレーターが現在の高度を確認しつつ、報告する、
「俺も初めてだよ。宇宙って奴は」
ロバートが興奮を押し殺しながら呟く。
前代未聞の宇宙空間での戦闘だ。興奮しないほうがおかしい。
『
ライブラ1の通達が艦内に響く。
いまだに暴れているエリス。宇宙空間は動き慣れていないようだ。
「直接静止軌道を目指します。ロケットブースター、再点火。サイドスラスター、アップダウンスラスター起動。調整開始します!」
「了解だ。油断しないようにな!」
惑星アシアの静止軌道上に到達したアリステイデス。
目標の座標に向かって推進し続けている。
じりじりと時間だけが過ぎていく。
地球を離れて二時間経過したところで、ライブラ1から報告が入る。
『高度4万キロ到達。目標静止軌道上に到達しました。戦闘準備に移行します』
地球ならば3万6千キロが静止軌道となるだろう。惑星アシアはスーパーアース。高度4万キロが公転周期となる。
地球の技術ならこの地点に到達するまでに六時間以上はかかるところだ。
速い、とロバートは舌を巻いた。
「目標地点に到達。静止軌道上で敵巨大兵器を撃破せよ!」
ロバートが号令を発する。
「
「いよいよだな。旋回! 強襲揚陸装備、グラウンドアンカー準備!」
「はい!」
アリステイデスはエリスを錨で捕らえたまま、船体を回転させ、船首と向き合い、見下ろす形となった。
「グラウンドアンカー、投錨!」
グラウンドアンカー。これは惑星間航行用アリステイデスに備え付けられた、小惑星や他惑星に強制的に着陸するための装備だ。
この大型アンカーをレールガンで射出し、相手を貫通する武装に改造していたのだ。
砲身が船下部からせり出し、発射される。
発射された錨は、ストックレス・アンカー状ではなく、
身動きが取れないエリスの胸部中央を正確に貫き、背面を貫通する。銛の穂先が展開しアンカー状となり、もう抜くことはできない。
リアクターを貫通され、エリスは動きを停止させた。
「やりました! 接近してAカーバンクルの回収に向かいましょう」
「待て! いや、あれはおかしい。死んだふりだな。虫がよくやるやつだ」
全員がモニターに映るエリスを見る。
宇宙に漂う、鎖に縛られた金属塊にしかみえない。
「原初のマーダーだぞ。予備バッテリーぐらい積んでるだろ」
「そういわれてみれば……」
「ライブラ1。俺が指定した座標へ移動」
『了解いたしました』
アリステイデスはサイドスラスターとアップダウンスラスターを駆使し、指定の座標へ移動する。
微修正しながらアリステイデスは移動し、宇宙空間を漂う。
「射撃用意! ミサイルは宇宙用だな?」
「はい! 酸化剤はばっちりですぜ!」
猫型のファミリアが手をあげて答える。宇宙空間において燃焼させる酸化剤は必死だ。
「オーケー。ではミサイルをありったけあいつにぶつけてやれ。主砲も準備。着弾と同時にアンカーを切断しろ!」
「了解!」
猫たちが一斉に返事をし、それぞれ準備に取りかかる。
「ミサイル発射!」
「アンカーを船体より解除しました!」
アンカーが切断された瞬間、エリスの目が輝きを取り戻し、もがき始める。
やはりリアクターは損傷していても生きていたのだ。
鎖は一瞬にして弾け飛んだが、サイロから発射されたミサイルが次々着弾し、後方、惑星アシアに弾き飛ばされる。
「主砲発射!」
最大電力のレールガンも発射される。だがAカーバンクルから生み出される装甲だ。貫通はできない。
さらに加速をつけ、惑星アシアの方に押し出され、いや落下するといったほうが正しいだろう。
このまま衛星速度で突入しても燃え尽きることはない。むしろ大気圏内に戻れるのだ。
エリスとしても無理してアリステイデスを狙うより、このまま落下してP336要塞エリア襲撃に移ったほうがいい。
そんな考えを見抜いたのか、ロバートが鼻で嗤う。
「アシアに帰れると思ったか? なんでこんな静止軌道まで連れてきたと思う? お前を処分するだけなら、ネメシスの衛星軌道に乗せてやることもできたんだぜ」
エリスの誤算だった。頭部を破壊され、真後ろを確認できるセンサーはつけていない。
「燃え尽きろ」
ロバートがエリスに向かって言い放った。
エリスの背後には、静止軌道上に投入された人工太陽。
中心温度が一億度。表面温度も五千度を超える小型の太陽だ。
もがいたところで、加速がついた状態では遅すぎた。
羽をばたばたさせ、もがきながら人工太陽に飲まれ、エリスは徐々に溶解し、リアクターが制止した瞬間爆発した。
「こちらアリステイデス。メタルアイリスへ告ぐ。エリス、撃破成功」
ロバートの疲れたような、だが達成感に満ちあふれた報告はすぐに地上に送られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます