凶鳥再誕

「兵衛さん!」


 コウが通信をみて叫ぶ。


 兵衛は最新鋭機アクシビターに乗っていた。ラニウスの後継機にあたる発展機にあたる機体だ。

 現在は二刀無構えで待機している。これほど独自な構えを行うシルエットなど他にないだろう。


「うちみたいな貧乏所帯は数がださねえからな。トップ自ら二社分二人ってところだ。すまねえな」

「万の援軍を得た思いです」


 コウが呟く。実感だった。

 周囲のパイロットたちも愕然としている。鷹羽兵衛。伝説の傭兵だ。

 あのデスモダスのバルドさえ軽くあしらったと言われているほどの剣士。


 二人とは川影のことだろうか、とコウは思う。

 社長の川影は弓道、アーチュリーなどの造詣に深い武人ともいえる人物で、地球に居た頃の鷹羽を急成長させた実力者だ。


 ネレイスのジェイミーも思わず笑みが浮かぶ。メタルアイリスはつくづく面白い。

 凄腕の裏ボスに伝説の剣鬼まで現れた。その技を間近で見られるとは僥倖だと。


「話はあとだ。真打ち登場だ」

「真打ち?」


 コウが呟く。鷹羽兵衛以上の真打ちなどいるのだろうか。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 もう一機のサンダーストームが機体を投下する。

 滑空するように舞うその機体は悪魔の如き姿であった。


 羽を思わせる大きな飛翔用ブースター。

 身の丈もある大きな両手剣。


 狙いをピロテースに定め、舞い降りるシルエット。

 ピロテースは何かを感じ取ったのか、対空レーザーを乱射するがその機体に触れることを許さない。


 その場に居る者が一瞬我を忘れるほど、優雅で、速かった。


 見覚えのあるその輪郭――

 

 漆黒の凶鳥が舞い降りたのだ。


「フッケバイン!」


 クルト社の社員が思わず叫んだ。


「どうだ、コウ。真打ちだろ?」

「え……ええ?」


 なんと答えたらいいかわからないコウ。

 だが見間違いようがない。間違いなくあの輪郭はフッケバインそのものだ。


 フッケバインから通信が入る。クルト社とコウに向けてだ。


「皆、よく生きていてくれました。生き恥をさらしていますが、私は戦場に帰ってきた」


 MCSの中にいるその男は、力無く笑みをこぼした。

 クルト・ルートヴィッヒその人がそこにいた。


 彼はそのまま舞い降りると、ピロテースの頭部を刎ね飛ばし、そこに立った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「社長!」

「社長、よくぞご無事で!」

「今まで連絡できなくて申し訳なかった。皆。私が生きているとその場所が狙われる。極秘だったのです」


 クルトが社員に謝罪した。社員たちも狙われた身。その事情は痛いほど分かる。


「クルトさん!」

「コウ君。君にはどれほど礼をいうべきか。私の大事な者たちを守ってくれて、心から感謝します」

「とんでもない。本当に良かった」


 コウは当然のことをしたまでだ。むしろ多くを助けてもらったと思っている。


「社長!」


 ペリクレスから通信が入り、泣きそうなハーラルトがいた。


「ハーラルト。苦労をかけました。今から参戦します。話はあとで」

「はい!」


 ハーラルトは泣き顔から泣き笑いに変わった。


 クルトの機体が飛翔し、戦闘態勢に移る。


 本当ならとっくに死んでいる身であるという自覚はある。

 D516要塞エリアが陥落したとき、彼を逃すために補給部隊の作業者たちがフッケバインの腕と脚を換装するふりをして強奪し、自分のシルエットに付け替え囮になったのだ。


 本来の装備でない、旧型のヴュルガーの手脚を装備させられたフッケバインを載せた半装軌装甲車で郊外へ逃亡を試み、逃げ切った。

 

 ファミリアたちがスピリットリンクを発動させて。

 

「生まれ変わったフッケバイン――新しき名はフラフナグズ。今こそ、その力を発揮するときです」


 フッケバインが完成形フラフナグズ。

 オーディンの代称ケニングの一つ、鴉の神という言い回しであるフラフナグズと名付けた。兵衛の力を借りTAKABAで極秘裏に完成させた機体だった。

 凶鳥は、鴉神として再誕したのだ。


「カルラ。ロッティ。あなたたちのおかげで、私は皆と合流できましたよ」


 彼のMCSの後部座席には人形が二つ置いてある。いや、二人に語りかける。

 ぴくりとも動かなくなった犬のファミリアと猫のファミリア。目を見開き、ぴくりともしない。ぬいぐるみのようだ。


 集中砲火のなか、半装軌装甲車のウィスを要塞エリアのシェルター並の出力にして、脱出したのだ。

 代償は彼らの命。交代しながらスピリットリンクを発動してくれたおかげでクルトは生き延びた。

 特別な力など一切ない、半装軌車ハーフトラツクはひたすら走り続けてくれた。 

 彼らの命を糧にした半装軌車はレールガンや大口径レーザーの直撃にすら耐え、戦場を駆け抜けて敵の勢力圏内から脱出した。


 そして彼らが二度と動くことはなかった。


「あなたたちは私がもう一度戦うことを喜びますか? それとも悲しみますか?」

   

 後部座席のもう返事をすることはない友人たちに話しかけるクルト。

 

 彼は多くの社員、ファミリアの友たちの屍の上に立っている自覚はある。

もう死に場所を探すこともない。泥をすすってでも生き残り、全てのマーダーを駆逐するのだ。


 そのために彼は帰ってきた。この戦場へ。


「いくぞ。まずは貴様から地獄に落ちろ」


 新たな両手剣の名は試製両手剣グラム。

 怒りを意味するその剣を持ち、羽ばたいたフラフナグズは、ピロテースの装甲ごとリアクターを貫いた。

 

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