複線軌道走行式列車砲
フユキとヴォイに呼ばれたユウマは、P336要塞エリア内にある列車用車両基地に入った。
「すまねえが、頼みたいことがあるんだ。ちょっとやることが増えてな」
そこに鎮座する巨大な車両。
装甲列車だった。
巨大な砲身が二つ折りにされている。これが一本の砲身になればどれほど長大であろうか。
「こ、これは?」
「拠点防衛用装甲列車『メインクーン』と、上に載っている巨大な砲は
「あなたたちが頑張って最終ポイントまで軌道を延ばしてくれました。これでアーテーを狙撃できる地点にまで運べます」
フユキが言う。本来なら指定されたポイントへメインクーンを運んで、防衛兵器として運用する予定だった。
だが、ユウマたちが交代作業で路線を最終目標まで引いたおかげで、このメインクーンをアーテー到着前に使う目処がついたのだ。
「シルエットや敷設車があるんです。これ以上ない快適な敷設作業でしたよ」
謙遜するユウマだったが、線路のチェックなどは念入りに行っている。
装甲列車を運用するには十分なほどに。
「これは…… 幅だけで十メートルはありますね。道理で複式線並列同時作業だったわけだ」
物資を運搬するだけなら、単線で十分のはずとは思った。だが自動敷設装甲車両を二列並列させて作業させていた。理由は間違いなくメインクーンの運用のためだろう。
この車両は並列二輌分の横幅がある、超巨大装甲列車だ。
「エネルギーは線路から充填される。Aカーバンクルが生み出す、莫大な電力とウィスがな」
ヴォイが説明する。
「あんた、列車が好きなんだろ?」
「ええ」
「じゃあ、こいつを頼んだ。アーテーを撃破してくれ」
「ええ?!」
無茶振りもいいところだ。もちろん彼とて傭兵だ。戦闘には慣れている。
だが、いきなりアーテー撃破という無茶振りをされても困るのだ。
「MCSってな。好きなものや共感性に敏感なんだよ。好きな奴とそうじゃない奴だと差が出るんだ」
認識力がMCS性能にものをいう。その理屈ではいえば、その兵器が好きな者と、兵器がさして好きじゃないものが搭乗すれば性能に差がでるのは当然だ。
劇的には変わらないとはいえ、技量が同じならば僅かな差が出るのだ。
では自分より列車好きかつ傭兵の力量を備えている人間は? とユウマが自問する。
いるだろうが、この場にはいない。それが答えだ。
「やりましょう」
覚悟を決めた。列車とともに戦えるのに迷う必要などなかった。
「話が早くて助かるぜ。操作はMCSが教えてくれる」
「工兵部隊がサポートします。シルエットが四機必要な砲弾です。二発目からは困難な作業となるでしょう」
ユウマは装甲列車に乗り込んだ。
初めて乗り込んだにもかかわらず、懐かしさすら覚える馴染み様だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
装甲列車メインクーンは長砲身レールガンであるロシアンブルーを乗せて時速二百キロで走り続ける。
作業兵たるバトルペッカーを搭載した車両、大出力対空レーザー砲、予備砲弾、通信車両など各種車両、破壊された非常時に備えての予備のレールを乗せた貨物車両などが連結されており、百メートルを超える。
複線を占有したその長大な装甲列車は、見る者を圧倒させる。
MCS内には、ブルーのラジオが流れている。皆がリクエストした曲が次々と流れていた。
眼を引く車両は、先頭車両。長大な砲塔を備えた、列車砲だ。
口径は千五百ミリ。タングステン合金を用いた超巨大砲弾をレールガンで発射する。これは大型の対艦弾道ミサイルに匹敵する大きさだ。
砲身は五十メートル長。車体も四十五メートルの巨体。砲弾だけで重量は三十トンを超える。一台の戦車を高速でぶつけるようなものだ。
過去の地球での列車砲は、複線方式の専用路線で、約五千人の人員を必要としたが、超長レールガンによる射撃や発射には十機近いシルエットを必要とする。
長大な砲身を守る巨大なシールドも装備だ。
特筆すべきはレールから供給される、Aカーバンクルのウィスと電力だ。装甲は要塞エリアのシェルターより堅牢で、使用できる電力は通常のシルエットの出力とは比較にならない。蓄電量はコンデンサ性能が直結している。
この大電力は、現用の小型リアクター出力では決して再現できないほど。同様の電力を再現しようにもシルエットを百機程連結させないと不可能だ。
ウィスにいたっては、再現不可能。そしてAカーバンクルが生み出すウィスがなければ、列車砲が吹き飛ぶほどの反動が発生し、周囲のものが爆発する。
レールから電力とウィスを引いてくる列車でなければ、宇宙戦艦でも持ってこない限り再現できないほどの威力を持つことを意味する。
ユウマは舌を巻く。当初から複式線はこの列車砲を運用前提にしていた。都市計画の一環だったのだ。
敷設車両が左右同時並列作業が可能だったのも、この規格に合わせるためだったのだ。この装甲列車自体もレール幅の多少の誤差は吸収できるよう、左右の車輪がある程度開くようになっている。
航空優勢状態であり、大量のマーダーは山岳地帯ではなく平地からの侵攻だ。
防御兵装を使うまでもなく、目的地に搭載した。
山脈の中腹。眼下には広大な森林地帯や平野が広がっている。
モニタは200キロ付近にまで迫っていたアーテーを捉えていた。
「皆を救う一手が、まさかの列車とは。死んでも外せないな」
ユウマは自分に言い聞かせる。
「二重レール砲展開用意!」
ユウマは号令を発し、列車砲を変形させる。折りたたまれた巨大砲身を正常に戻し、長大なレール砲が完成する。
「エネルギー充電最大!」
メインクーン車内の大容量コンデンサが悲鳴をあげるほど、蓄電を開始する。供給される電力は要塞エリア全てを賄うことができるAカーバンクルのリアクターから生まれ線路経由で供給される。出力不足はあり得ない。
ターレットがアーテーを補足する。
曲射の砲撃ではない。
大口径といえどレールガンによる射撃。山の中腹から撃ち下ろす形になる。角度調整は繊細さを要求される。
「照準合わせ。発射準備!」
作業をしていたシルエットが貨物車両へ避難する。下手をすると反動の爆風で二十トン以上のシルエットが吹き飛ばされる。それほどの威力を持つのだ。
狙うは、リアクターがある胸部中央。簡易図面が送付されてきたのだ。送り主は不明だ。きっと裏ボスか誰かだろう。
外すわけにはいかない。自然と落ち着いていた。みんなを守るのはこの列車なのだ。
「発射!」
凄まじい反動。発射後から体に響くような振動と轟音。弾頭の初速はマッハ40を超える。
反動は爆風を起こし、メインクーンの周辺は爆風と見紛う噴煙が舞う。
シルエットが近くにいたならそれだけで吹き飛んでいただろう。
狙い違わずアーテーの右側面を穿つ。
衝突した衝撃と爆風だけでも地獄絵図だ。周囲のマーダーは吹き飛ばされ、破壊されている。
マンティス型ですら行動不能になるほどの衝撃だ。
着弾の衝撃だけでもこれだけ甚大な被害が生じるのだ。
「第二射用意! 装填準備!」
ユウマの号令とともに、シルエットが巨大砲弾の装填作業に取りかかる。
リロードタイムは五分ほど。作業機械がシルエットでなければ無理な芸当だ。
アーテーは動けない。大型パワーパックもリアクターも損傷している。
千五百ミリ砲弾は爆発する徹甲榴弾ではない。貫通力特化の徹甲弾。禁止されてはいるが、要塞エリアのシェルターも容易く貫通する威力を持つ。
着弾地点でもマッハ二十を超える速度を維持しているのだ。
次弾の装填作業が終わったようだ。
シルエットたちは走り去り、貨物車両に乗り込む。衝撃から身を守るためだ。
「次弾、発射!」
第二射を発射したとき、ユウマは勝利を確信した。
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