これが私の勝利条件
「惑星アシアに住む皆さんへ。私はメタルアイリス所属空母打撃群の提督エメです」
放送が始まった。八歳の少女が、映像を見る者すべてに語りかける言葉だ。
「現在P336要塞エリアはアルゴナウタイの航空戦力に押され、苦境です。私はバリー総司令に内緒で戦力を整え、ファミリアとセリアンスロープを率いて参戦を決意しました」
司令席に座ったエメは堂々としていた。
一人ではない。師匠もファミリアも、そしてセリアンスロープもいるのだ。
「子供のお願いと思って笑ってください。私がいなくなったら、どうか、メタルアイリスの支援をお願いします」
エメに映像が戻ると、エメは画面を通じて世界に呼びかけた。
原稿などない。エメが一人で考え、言葉を紡いでいるのだ。
「私は守りたい。遠い星系、過去の地球、日本からきた大切な人を。私を見守ってくれたセリアンスロープとファミリアとネレイスを。そして私が居る、メタルアイリスを。だから私がいなくなったら私の大事な人たちを助けてください」
悲壮感はない。だが、その事実がより悲壮さを演出していた。
「敵は約数千機程度と予想。空母打撃群航空戦力は二百機です。ですが、負けるつもりはありません。メタルアイリスのみんなが生きていること。これが私の勝利条件だからです。それを今から戦いで証明したいと思います。――私からは以上です」
放送は終わった。
あとはアストライアから見た、上空の映像だけが流れている。
映像を見ていたメタルアイリスの面々の表情が歪む。
にゃん太は耳を伏せ泣きそうだ。きっと画面を睨むアキ。
コウも同じくMCSのなかで耐えるしか無かった。今すぐ駆けつけたい、気持ちを押し殺しながら。
ファミリアたちのなかには泣いている者もいる。ヴォイは目を真っ赤にして泣くことを堪えていた。
「空母打撃軍、戦闘に入ります。航空隊、緊急展開。護衛艦は輪形陣で対空戦闘備え!」
エメの号令が次々飛んでいく。ファミリアたちがその号令に従い動いていた。
アストライアから航空部隊が飛んでいく。特徴的な可変翼を持つ機体だった。
アストライアを中心に護衛艦が輪になるように広がっていく。
「先行させていた観測機の位置はどう?」
「高度二万五千メートル。観測部隊三編隊揃いました」
高高度に大きなレドームを搭載した観測機を飛ばしている。周辺には護衛機が二十機ほどいる。
「カタパルトは使わない。同時に垂直離陸を行って、できるだけタイミングを合わせなさい」
艦載機は垂直に離陸できる性能を持っていた。同時に12機の戦闘機が空に浮かぶ。
「編隊を崩さず! まずはP336要塞エリアに群がる連中を横合いから殴りつけましょう。――そうすればこちらへ殺到する。あとは要撃です」
エメの指示をもとに、ファミリアたちが戦闘指揮所で忙しなく指示を出す。
哨戒機からのデータを受け、最初の戦闘機部隊が遠距離対空ミサイルを発射する。
壮絶な空戦の幕開けとなるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
P36要塞エリアに向かうアルゴナウタイの戦闘機が、次々と撃墜されていく。
思いもよらぬ、まったく違う方角に位置する海原から、急接近するミサイルに落とされたのだ。
チャフ、デコイを蒔く暇もなかった。プラズマバリアを張れる電磁装甲を持つほどの高級機はない。
「どこから攻撃を受けた?!」
「海上からです――対空ミサイル、数百キロ以上の遠距離から、マッハ10で――ぎゃあ!」
通信をしていた戦闘機も落とされた。
攻撃は絶え間なく続く。
その状況をアルゴナウタイの面々は見ていた。
灰色の外套を被った半神半人、ヴァーシャ、そしてアルベルトだ。
彼らも旗艦の戦闘指揮所にいた。司令席は半神半人。その隣にヴァーシャ。アルベルトは補助席だった。
「遠距離空対空ミサイル、か。用意がいいものだ。視程外戦闘は向こうに分がある」
ヴァーシャが呟いた。性能もいい。
視程外戦闘は優秀な観測機が必要だ。やはり空戦は相手に分がある。
だがアルゴナウタイには数がある。臆することはない。
先ほどの放送を彼らも見ていたのだろう。半神半人が呟いた。
「子供による泣き落としプロパガンダと思ったら、なかなかやるな」
「ええ。明確な勝利条件まで設定している。原稿の棒読みでもない。ただの子供と思わないほうが良さそうです」
半神半人が呟きに、ヴァーシャが同意する。
勝利条件。いたずらに目先の戦場を勝つことにこだわるのは三流の指揮官だ、たとえ敗北し、もしくは戦場を落としてでも目的を達成する。
もしその目的が有利な条件を提示できる敗戦だとして、達成できたら勝利なのだ。何をもって勝利とするか明確に判断している指揮官は手強い。
少女はわかりやすい勝利条件を提示した。ファミリアたちはその大目標にむかって一丸となるのだ。恐るべき敵だ。
決意を秘めた少女の目は純真で、強かった。育て上げればよい指揮官になるだろう。
「パック第3航空隊、四割撃墜。帰還します」
「第4航空隊には敵艦隊交戦と伝えろ。全滅しても構わん。とにかく敵艦隊の姿を捉えよ」
「はっ!」
第4航空隊も次々と撃破されていく。
対空ミサイルをくぐり抜けたら艦対空ミサイルが一斉に飛んでくるのだ。護衛のミサイル駆逐艦の仕業だ。
空母打撃群の名に偽りはない。
どうにか一機のみ、敵艦隊に辿り着いたが、すぐに撃墜された。
「あの艦影は…… まさかアストライア? おい、管制コンピューター。すぐに照会しろ。惑星間戦争時代のアストライアとさっきの艦影とだ」
半神半人が宇宙艦に命じる。
見覚えがあった。千年以上前に戦ったことがある艦だ。
『照会終了いたしました。カストル様の予想通りです、惑星間戦争時代に登録されていた機動工廠プラットフォーム、アストライアで間違いありません』
「やはり、あの艦が生きていたのか…… まずいぞ、ヴァーシャ。あれは一つの要塞エリアに匹敵、いやそれ以上の敵だ」
カストルと呼ばれた男は、ヴァーシャに話しかける。半神半人が感情をあらわにすることなどめったにない。
「どのような艦なのです?」
「空母機能を持った工廠艦。そして何より、惑星間戦争時代に各勢力に兵器を提供した、ネメシス星系全般の兵器開発統括AI、アストライアの最大端末。戦場に赴いてはその場で最適な新兵器を作り出した、存在が非常識そのものの軍艦だ」
「ほう」
「マーダーの基幹となるプログラムもアストライアの手によるものよ。AIがいちいち人に寄り添っていては戦闘もできんからな。それを我らが発展させ、今はリュピアに改良させている」
「マーダーの基礎を作った超AIの端末ですか。それは真っ先に破壊しなければいけませんね」
ヴァーシャは口のなかで転がすように反芻した。思うところはあるようだ。
「そうとも。技術制限で戦闘機ぐらいしか作れないだろうがな。それでもP336要塞エリアよりも優先してもいいぐらいだ」
「いえ。優先しましょう。――確かに空母打撃群は脅威だ」
実際に編隊が崩されつつある。
このままでは、側面から徐々に崩されるだろう。少女はともかく、実働部隊のファミリアどもは、寝ずに働けるのだ。
「パック部隊全機、目標、P336要塞エリアへ。コールシゥン部隊は全機、アストライアに。後続部隊は対艦装備だ」
「ほう。コールシゥン部隊を全機か。そこまで脅威とみなすかね?」
アルベルトが尋ねた。
コールシゥンはヴァーシャが設計した双発のデルタ翼機だ。戦闘能力は一回り、単発のパックより上だ。
生産数はパックが約二千機、コールシゥンが約三千機だ。
他人の設計で、性能が上である自分の設計した機体を優先したいのは当然だろう。同じ構築技士であるアルベルトには理解できる。
より高性能で数の多いコールシゥンを全軍、アストライアに向かわせるとはただごとではない。
「それで落とせるか分からない。状況によってはアルラーも投入する」
「あの可変シルエットか!」
「予想するに、あのアストライアはAカーバンクル搭載の動く要塞エリアだ。内部に潜入して、内側から崩すしかないかもしれない」
アルラーこそ、ヴァーシャの切り札とも言える可変型シルエット。
運動性、機動性、耐久性、そして何より量産性を含めて全て両立させている。アルベルトは同じ能力が与えられていたとしてこの機体を作るのは不可能と断じた程だ。
この可変シルエットは金属水素生成炉ではなく、貯蔵炉なのだ。
A級構築技士はここまでやるのか。そう思えた。
ヴァーシャもアルベルトには一目置いている。戦車や砲に偏っているとはいえ、彼には出来ないものを作る能力は確かにあるのだ。
単に他の者とは話が合わなすぎるというのもある。それほど、構築技士であるかどうかの違いは大きい。
「まずは敵の防衛網を打ち破れるかどうかだな。様子見はしない。最初から全力だ」
ヴァーシャもまた、やるべきことをやるだけだ。
端末を通じ、次々と航空部隊に指示を出していった。
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