少女提督の決断

 通信を見た全員が絶句した。


「シルエットベース所属手続き開始――完了。遊軍として秘密裏に行動していた艦隊です。報告遅れてごめんなさい」


 エメはバリーに謝罪した。

 画像が映し出される。


 箱のような巨大な軍艦を中心に、次々と潜水機能を持つ軍艦が浮かび上がる。

 駆逐艦、防空巡洋艦、ミサイル艦などだ。海中には潜水艦もいるだろう。

 紛れもない空母打撃群だ。


「コウ君?」

「本当に知らないんだ、ジェニー。何がどうなっているんだ!」


 ジェニーの緊迫した問いに、コウは狼狽する。青天の霹靂とはこのことだろう。

 何故エメが艦隊を率いているのか不明なのだ。


 確かに最後、地下のアストライアから離れて数時間は経過している。

 それ以来、エメとは連絡を取っていない。


「アキ? ヴォイ?」

「私も本当に知らないんです」

「知ってたら俺も傍にいるに決まっているだろうがよ!」


 アキも呆然としているところをみると知らなかったのは間違いない。ヴォイも同様。にゃん汰は心配そうにエメの画像を見入っている。セリアンスロープ隊の指揮官でずっと離れており、知るわけがないはず。

 誰も知らなかったのだ。


「航空戦闘を準備。バリー司令。こちらの攻撃タイミングは連絡します。合わせて敵航空戦力を分断し、P336要塞エリア上空の制空権確保をお願いします」

「エメちゃん? どういうことだ!」

「見た通りです」


 服も白い士官風の服に着替えている。


「その船は! なんだ、その巨大な軍艦は!」

「旗艦、機動工廠プラットホーム『アストライア』です。現在は空母として運用しています。手続き完了、メタルアイリス所属艦としてオケアノスに登録されました」


 バリーは頭が破裂しそうなぐらい目眩を覚える。

 敵より味方のほうが理解できない。


 惑星間戦争時代の宇宙艦に違いない。キモン級以上の、超高性能艦だろう。


「なんだよ、機動工廠プラットホームってよ!」


 聞いたことがない艦種だ。


『私のオリジナルです、バリー司令。空母機能を持った移動する工廠アーセナルです。キモン級がシルエットベースに搬入されて以来、当艦と該当艦は完全に連動しています』


 混乱に陥っているバリーをサポートするべく、ディケが解説する。


「ディケのオリジナルぅ? ディケはアストライアのコピーてか? 連動って最初からそうなっていたってことか!」

『そうです。問題はありません』

「問題ありまくりだろっ!」


 バリーの混乱が極まる。全て初耳だったが、ジェニーも同様なのだろう。ロバートも呆然としている。


「アストライア。遂に出たわね」


 ブルーが呟いた。エメのことは驚きであり、心配だ。だがアストライア自体には驚きがない。いると思っていた。

 メタルアイリスでは彼女のみ冷静だ。


 今まで、彼らを人知れず導いていた存在。

 名前が出たのは一回のみ。だが、確実にその存在は間近に居た。


 それがディケとライブラ1の名称からして、そうだろう。彼女はさして隠す気はなかったのかもしれない。


「コウ君。アストライアは知ってるよね?」

「ああ」


 アストライアが秘密裏に計画していたのだ。

 コウにも知られずに。エメを巻き込んで。


「あなたの黒幕――シルエットベースの封印区画の向こうにあったもの、ね」

「そうだ」


 もはや秘密にする理由もなくなった。

 実際、アシア救出から今にいたるまで、全てはアストライアのおかげなのだ。


 封印区画から山のように様々な試作、少数量産された兵器が出てくるのだ。

 その先に惑星間兵器開発AIの端末、アストライアがいたなら、当然のこと。


「本当にアストライアがシルエットベースとメタルアイリスに登録されているわね…… これで名実ともにメタルアイリスは惑星最強のアンダーグラウンドフォースの一角になったってことか」


 ジェニーが呟く。

 

「これで私達が負けたら人類終わるレベルの戦力」

「それはいいすぎだろう」

「理解が浅い! そこまでのこと。そしてこの状況。今はエメちゃんが頼りになる…… 私達大人が頼りなさ過ぎるから。こちらが航空戦で勝っていたら、彼女の出撃はなかった」


 ジェニーが自嘲した。コウが彼女を戦場に出したがるわけがない。誰よりも過保護なのだ。


 アストライアにとっても、我が身は奥の手だったろう。敵の航空戦力が予想以上だったがゆえに、幼いエメまで引っ張り出して参戦したのだ。

 完全に無人ならば、戦闘は参加しない。ソピアーが創り出したAIとはそういうものだ。

 こちらがせめて航空優勢であれば、彼女たちは出てこなかったに違いない。


「バリーさん。先に謝っておきます。空母打撃群の戦いを惑星全域に流すの」

「なんだって」

「そうしたら……私のような子供が戦っていると知ったら、味方が増えるかもしれない」

「エメちゃん、そこまで考えて…… そうか俺が責められるってことか。いいさ、それぐらいの悪名、いくらでも背負ってやるよ」


 幼い少女を最前線に出したバリーは、世界から非難される恐れがある。エメはそのことを懸念しているのだ。

 そんなことより必ず生きろ、と言いたかったがぐっと飲み込んだ。その役目を言う奴は、他にいるのだから。


「ありがとう、バリーさん」

「エメちゃん。言いたいことはたくさんあるが、俺よりも言いたいことがたくさんある奴がいるからな。代わろう」

「はい」

 

 バリーはコウと通信を変更する。


「エメ……」

「コウ。お説教はあとで聞く。今は応援して。私頑張るから。もし勝ったら、たくさん褒めて」

「もし、じゃない。必ず勝つんだ。いや、勝たなくてもいい。無事に帰ってきてくれ」

「努力する。これは私がアストライアに無理を言って頼んだこと。アストライアを責めないでね」


 エメの表情ががらりと変わり、細目で貫禄ある表情に変わった。


「コウ。私もついている。全力は尽くすさ」

「師匠。頼んだ」

「おうともさ」


 そういって、エメは目を閉じ、開く。いつものエメに戻った。


「今からね。私の戦闘する光景を全世界に流すの。これも一種の情報戦。やるからには、全ての手を尽くす」

「エメ……」

「そんな辛そうな顔しないで、コウ。帰ったらまたお洋服、買いにつれてって。みんなで美味しいものも食べたい」

「ああ、必ずだ」

『コウ。こたびの出撃、申し訳ありません。ですが言ったはずです。最適解を選ぶと』

「覚えているよ。エメが必要だった。そうだろ?」

『はい。ですがエメは必ず連れて帰ります。今交わした二人の約束を守るために、我が身をなげうってでも』

「そのときは一緒に行くんだよ、アストライア。エメを内緒で連れ回した罰だ。お前も無事、帰ってこい」

「そうだよ、アストライアも一緒」

『わ、私ですか? 私は兵器開発AIでっ――わかりました。ビジョンでお供します』


 普段冷静なアストライアも、このコウの罰と、その先にある思いには動揺したようだった。


「では通信を切るね、コウ。こっちには絶対きちゃだめだよ。サンダーストームなんてすぐ落とされちゃうから」

「わかった。エメ、いつも一緒だぞ」


 エメはにこっと微笑んで通信を切った。

 通信を切ったエメは改めて顔を引き締め、放送に備えた。


「コウ、泣きそうだったね」

「そうだな」


 一人芝居にも見える会話。エメと師匠の会話だ。


「でもね。コウたち転移者は私達の戦いに巻き込まれただけ。本当は私達、ネメシス星系の人間と、生み出された存在が彼らと戦わないといけないの」

「そうとも。だから、今回君の提案したプランを認めた」

「私はわがまま。コウもにゃん汰もアキもヴォイも、メタルアイリスのみんなを守りたい。だから色んな人を巻き込むことになる。でも、それでも守りたい」


 そう。だから彼女は戦うことを決断した。ファミリアに、アストライアに請うて。師匠はその思いに応えたのだ。

 エメは端末の操作を開始した。


「さあ。いこうか。私と君とで。二人で一人の私たちが艦隊を勝利に導こう」

「はい」


 エメの戦いが今、はじまる。決して、独りではないのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「このことか…… アストライア。お前の最悪を想定した布石。完全な遊軍を作るため、か」


 ジェニーの言う通りだ。もし最初の空戦で制空権確保、いや地上部隊を展開できる航空優勢であれば、きっと出なかったに違いない。

 予想以上に最悪の状況で、アストライアが出撃せざるを得なかった。だが人間は必要だ。


 エメは適任だった。彼女は優秀なオペレーターであり、師匠の戦術面での知識も存分に提供される。何より子供一人、戦線を離れても誰も気付かない。

 優秀すぎたのだ。保険は一人で十分。頼りない者ならきっとアキやにゃん太を巻き込んでいたはずだ。


 今回の秘匿性は徹底されていた。ファミリアの他にアストライア内にいるのは、アキの同期のセリアンスロープのみ。情報共有できるはずのヴォイさえも知らないのだ。

 彼らのコウへの忠誠心は異常といえるほど。エメを最後まで守るため、あえてコウに黙って今回の任務についたのだ。彼の大切なものを守るために。


「辛そうね。コウ。戦える?」

「むしろ戦えないのが辛すぎる。最前線で、何も考えずに斬り倒したいよ。何がEX級構築技士だ。無力すぎる。いや、余計なことをしすぎたか」

 

 コウが自嘲する。守りたい者が一番危険な戦場にいるのだ。

 彼らは今、ディケの艦内にいる。サンダーストームに内蔵されているコウの五番機は奇襲部隊だ。


「辛いよね。何も出来ない。駆けつけることさえ許されない。だからね、私達は戦うの。多くの人がその無力感に苛まれながら、死んでいった。死ぬのを見守った。そういう思いを他の人にさせないためにもね」

「ブルー……」

「私もすぐに駆けつけたいよ。辛い。胸が張り裂けそう。きっとにゃん汰やアキ、ヴォイだって同じ。でも、彼女の決意を無駄にしないためにも、やるべきことをしましょう」


 厳しいことを言うブルーだが、駆けつけたい思いは紛れもない本物。


「わかった。やることをやろう」


 コウも覚悟を決めた。

 エメの決断を、踏みにじるわけにはいかないのだ。

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