全縦深同時打撃

 深海での戦いが終わった直後、ついに航空戦力同士が衝突した。


 キモン級の戦闘指揮所は暗澹たる空気に包まれている。

 最初の航空戦から、一時間過ぎようとしていた。


「圧倒的だな」

「ええ。圧倒的な戦力差でしたね」


 アキも空戦結果を見て呆然と呟く。


 完敗という結果だ。

 アルゴナウタイの航空戦力が圧倒的だったのだ。


 味方は奮闘したが、五倍以上の戦力差に敗れ去った。


現在味方部隊は交戦中。隙をみて帰還、援軍すべく発進させている状況だ。


「分析結果でました。敵の編隊数と、飛来する編隊の周期パターンから予測。敵の航空戦力は三千から五千程度」

「あそこまでとは、な」

「はい。敵戦闘機解析しました。一種はジョン・アームズ製の単発機戦闘機パックですね。もう一機の双発機は確認できません」

「被害状況は?」

「敵機は八十一機撃破しています。撃墜された機体は二十一機です」

「機体性能はこちらが上。いや、ファミリアが優秀だな」

「双発機のほうがパックより戦闘力は優秀のようです。スターソルジャーと互角と思われます。相手は洗脳された人間、こちらは自我を持つファミリア。自軍のほうが個の戦闘力は上と予想します」

「数の差は埋められない、か」


 圧倒的な戦力差のなか、ファミリアたちはよく戦った。鳥型ファミリアが主なので、脱出しやすいの点が唯一の救いだった。


「戦闘機だけでも五千機で考えるか。こちらは千機前後か」

「はい。増産体制に入ってようやく五百機を確保した程度。クルト社のファルケは百機に、スカンク社のスターソルジャー四百機です。アリステイデスに搭載された百機、キモンの二百二十機は除いた数です」

「初戦は二十四機編隊を五部隊同時展開。向こうは三カ所の要塞エリアを使い六十六機編隊十部隊を波状攻撃か。湧いて出てくるようにでてきやがる。制空権は確保されたな」


 シェルターに守られた要塞エリアでの航空編隊は、同時に展開するには限度がある。

 このままでは地上部隊を展開できず、要塞エリアに籠城を強いられることになる。


「戦闘機だけでこれだけあるのです。爆撃機、攻撃機、輸送機を考えるとどれだけあるか」

「攻撃機は千機から二千機程度で考えるか。ま、軍隊てのはキリのいい数字で考えるから諸々いれて七、八千機程度ってところか。爆撃機は用途が限定されすぎるから少ないとして、攻撃機や攻撃機として換装して使える機体はある程度用意してあるだろう」


 リックから通信が入る。


「リック。どうだ。これはやはりあれか。飽和攻撃ではないな」

「君の予想通りだと思うよ。地上部隊は展開できない。それこそ思うつぼだ」

「全縦深同時打撃を狙っているのか」


 全縦深同時制圧ともいうこの戦術は、二十世紀の旧ソ連冷戦時代に編み出されたものだ。

 戦術や戦略に正解はないが、もっとも正解に近い戦術として名高い。


 防衛網の第一ライン、第二ライン、第三ライン及び補給、後方施設を圧倒的な火力で同時攻撃、制圧する戦術だ。

 いわゆる一点突破などの戦術もすぐに補い、包囲できるほどの戦力を整えることが要だ。一点突破、各個撃破などの弱者戦術も丁寧にすり潰す。


 力押し、物量作戦とも言われがちだが、実行タイミングや事前の準備などが入念な準備がいる、繊細さも要求される戦術だ。

 戦争の目的は領土であり、政治である。だがこの作戦の前提は侵攻先の資産、人や国土を必要とせず、破壊することにある。冷戦時代の旧ソ連のみ可能だった戦術といえるかもしれない。


「要塞エリア外に対空戦力を置くことも許されない状況になるとは思わなかったよ」

「今出て行ったら餌食だな。遠距離攻撃がやたら充実してやがる。敵には砲撃卿がいたな、そういえば」


 無類の大砲好き、巨砲好きで有名なB級構築技士アルベルトが敵にいるのは、映像でも明らかだ。


「次に予想される戦術は無停止進軍と波状攻撃か。マーダーの使い方としては理に叶っている。さらに砲撃卿だろ? どの縦深にも攻撃を加えることが可能だ」

「ランチェスターの法則でいう強者と弱者に別れてしまったな」

「大嫌いだ。空軍力と兵器の数で決めちまう。まだパットンのおっさんのが好きだな」

「ベクトルがまったく違うぞ…… パットンは嫌いではないが」

「弱者戦力しかないな。局地戦、一点集中、奇襲奇策を駆使するしかない。問題はこのシェルターのなかでは取れる戦術が限られるということだ」

「二次法則、クープマン分析でいえば敵兵力を分断できればまだ勝ち目はあるだろうがな」

「俺がでるか」

「やめたまえ。制空権確保されている状態で、単艦で海上へ上がってくるな」


 キモン級は現在、海底にいる。シルエットベースへの守りと、対マーダー戦に備えてだ。

 戦闘機も十分搭載しているが、相手の数が想定以上だ。P336要塞エリアの援軍にしても焼け石に水だろう。

 揚陸、強襲タイミングを図っている。切り札として温存していたが護衛艦も存在しないこの状況で、単艦でのこのこ出て行っても的だろう。完全に封殺されている状態だ。


 アリステイデスはP336要塞エリア内にいる。突撃用、壁、避難。必要に応じて使い分けるためだ。


「どこに援軍が来る要素があるか、って話だな! 地上部隊は待機。今のままだとぎりぎりまで引きつけて、要塞エリアを要塞代わりに使うしかない」

「了解だ、バリー司令。冷静で助かるよ」


 ジェニーに通信を繋ぐ。


「敵は毎回二百近い編隊で制空権を奪取した。こちらが小出しにしても仕方ない。いったん制空権は連中にくれてやる」

「こちらも相応の数で出ないといけないわけね」

「そういうことだ。数の差は出撃回数で補うしかない。防衛側だしな。キモン級が今海上にでたら集中砲火を喰らうだろう。アリステイデスと地上航空隊五百機だが、一度に出せる機体も限度がある。ここは要塞エリアの欠点だ」

「対空車両を出したところでタコ殴り、か。辛いとこね」

「アーテーは外で迎撃したかったんだがな。ここは要塞エリアの防壁を利用して戦うしか無い判断だ」


 アーテーは絶大な破壊力を有する。また数だけは相手のほうが十倍以上あるとみて間違いない。

 地上砲撃手段は彼らのほうが多彩だが、制空権を握っていればこそである。後方部隊も等しく攻撃する全縦深同時打撃を取ってきているのだ。

 戦車などの戦闘力が高い前方部隊が孤立し、包囲されて壊滅する。


「わかった。ぎりぎり引きつけて、制空権を奪取、迎撃といったところかな?」

「そう上手くいけばいいけどな。今のところ、それしか手がない」

「了解。こっちは神経をすり減らされる戦いを強いられるのに、相手は無人殺人兵器と、意思を奪った人間だもんね。不公平」

「公平な状況では戦争なんか起こらないからな」

「いえる。こちらも同時出撃数を増やせるよう考える」


 要塞エリア周辺のデータを見る。


 絶え間なく飛来する大量の戦闘機。

 戦闘機を再出撃させる時間さえ与えてくれないらしい。


 このままだと籠城。そして迫り来る攻城兵器であるアーテー。


「マーダー到着までどれぐらいだ」

「約二日。正確な予想時刻は不明です」

「今日、明日が山か」


 二十一世紀での航空戦による決着も極めて早いというデータもある。艦隊同士の航空戦などは十分で終わるという予測データまで存在している。

 さすがにこの数だ。数時間とはいわないが、今日一日が大きな山場と予想している。

 

 マーダーとの戦いは一週間以上かかるとみているが、それも航空優勢の状態でのこと。

 下手をするともっと早く壊滅するかもしれない。


「惑星アシア全域のマーダーがくるとかはさすがにないよな」

『それはありえません。展開する場所がないのですから。惑星アシア全域のマーダー数は百万を超えます』

「この大陸だけなら?」

『最大でも二十万を超える程度』

「それぐらいを最大値として予想するか」


 惑星全域は我ながら悲観過ぎたと反省する。

 敵戦力も適正に判断しなければならない。


「P336を放棄してシルエットベースでの籠城も検討、か」


 バリーにはわかっていた。

 アーテーに天蓋も破壊され、まさに全縦深同時制圧を受けるとそのまま破壊され尽くされ、ゲリラ戦もできない可能性もある。

 

 焦っていても仕方がない。もし、企業がなんらかの数を――まとまった数の支援部隊を出してくれたら。

 しかし、そんな都合の良い援軍を夢見ても、進軍するマーダーの現実には変わりはしない。


「通信が入りました。……まさか、そんな!」

「どうした、アキ」


 アキが驚愕して、絶句している。


「海上に友軍艦隊現れました。所属はシルエットベースです!」

「なんだと! 艦隊ってどういうことだよ、おい。コウ。何か知っているか!」


 緊急回線でコウを呼び出す。

 五番機のMCS内にいるコウも呆然としていた。


「いや、俺じゃない。俺は知らない…… アキ?」

「私も知りません!」

「どういうこったよ?」

「通信入りました。繋ぎます!」


 アキが通信を繋ぐ。画面を見て悲鳴をあげそうになる。


 そこには、見覚えがある少女が映っていた。


「聞こえますか。バリー司令。こちら臨時提督エメ。ただ今よりシルエットベース所属空母打撃群、作戦行動に参加。合戦を開始します」

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