ディープ・シー

 深海。

 地球から移転された様々な生物が棲む。光が届かない、闇の世界。


 そのなかで巨大な影が、侵攻していた。


 巨大マーダー、アパテー。欺瞞を司る女神の名を冠したマーダーだ。

 それはタガメを連想させる


 周囲にいる甲虫のような小型のケーレスもいる。ゲンゴロウ型で、キビスター型と呼称される水陸両用マーダーだ。


 いわば一種の潜水艦隊を兼ねた揚陸部隊。

 P336要塞エリア目指しているのだ。

  

 だが、彼らの目的が思いもよらぬ末路を迎えることになる。


 アバテーの動きが鈍る。


 水中内で、爆発が起きる。

 ここは深海700メートル。敵影はない。


 続けざま、キピスター型ケーレスが粉々に砕け散る。

 攻撃を受けたのだ。


 だが、いない。その攻撃した主がいないのだ。


 これより下はさらなる深海――


 アパテーの周囲に次々と爆発が起きる。

 装甲圧のため耐えてはいるが、続けざまはまずい。


 機雷――結界のように機雷が蒔かれているのだ。

 70メートルを超える巨体は触雷し続ける。


 アパテーがスクリュー音を察知した。

 今までなかった音だ。敵機――否。それは巨大な魚雷だった。


 有線で誘導されている魚雷だった。それはつまりウィスによる貫通力を有するということ。

 気付いた時にようやく、その先の機影を捉えることが出来た。


 彼らの遙かなる下。

 さらなる深海に、彼らはいた。


 複数の潜水艦が不気味に漂っていた。光を通さぬ深海で、獲物が来ないかずっと待ち構えていたのだ。


 超伝導推進を採用し、形状からこの潜水艦を捉えることは通常のソナーでは難しい。

 シルエットベース所属潜水艦部隊ディープワン。最新鋭潜水艦サイレントシャークを運用している。


 彼らこそ、制海権を握るための切り札だった。


「今頃僕らに気付いているね」


 ペンギン型のファミリアがにやりと笑う。


「コウさんの作ったこの潜水艦凄いねー」


 ゴマアザラシ型のファミリアが手を叩いて喜んでいる。


「どんどんやっっつけるよー!」

「ノイズメーカーとデコイを散布。敵魚雷は回避していこう」


 アバテーが彼らを撃破するべく、魚雷を発射する。


「対抗魚雷、発射!」


 ペンギン型ファミリアが叫びながら、迎撃用魚雷を発射。小型の魚雷はアバテーの大型魚雷を確実に仕留めていく。

 また別の潜水艦がアバテーを狙い、水中用ロケットを発射する。本体を守るべく、キビスター型が身を挺して防ぎ、破壊されていった。


 その間に別潜水艦から発射された機雷が、彼らの進行方向に散布されている。

 完全に待ち伏せされていたのだ。


 広範囲で、レーダーと機雷で網を張り、引っかかった敵位置を目標に集合する――広域潜水艦隊。飲まず食わずでも活動できるファミリアと高性能潜水艦ならではの連携だ。


 孔の空いた装甲から海水が流入する。

 乗組員などいない。ダメージコントロールなど考えて設計されていないのだ。

 動きが鈍ったところを、さらに追い打ちをかけるように魚雷が命中する。苦悶するように腕や足を振り回すが、そんな場所に潜水艦はいない。


 圧倒的な優位。昏き深海は潜水艦こそが支配する領域。

 生半可な巨大兵器など、獲物に過ぎない。


 四方とさらなる深海から一方的に攻撃を受け、巨大マーダーのアバテーは目的位置にすら達することができず、沈んでいった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ディープ・ワンより報告! 深海の巨大マーダー、撃破に成功しました!」

「よくやった」


 バリーは安堵した。まずは深海からの侵攻だったということか。

 航空戦力ばかり気をとられがちだが、海底は常にコウが気にしていたのだ。


 コウは以前より、潜水艦による警戒を進めていた。マーダーという殺戮機械そのものが海であまり行動しないということもある。

 普通の要塞エリアならば、海からの侵攻というだけでパニックになりかねない。


 ほとんどの要塞エリアやアンダーグラウンドフォースでは対応できないだろう。

 地下水路を使いアリステイデスやキモンを運用している、コウゆえの着眼点だ。


「各地の戦闘はどうだ?」

「はい。惑星アシアの居住区各地で、ストーンズのマーダーによる侵攻が始まっています」


 メインオペレーターはアキ。配下に三人のサブオペレーターを配置している。ネレイスとセリアンスロープ二人だ。


「足止め程度の牽制だろうが、これで各地の要塞エリアや防衛ドームからの救援は期待できないな」


 わかっていたことだが、ストーンズによるマーダーの同時進行が始まった。

 陽動とはわかっていても、いざ自分に危害が及ぶとなると、どの居住区域の自治体も動けなくなる。

 

「バリー司令。転移社企業各A級構築技士五名による回答がありました。承諾とのことです」

「五社? 四社ではないのか」

「五社です。クルト・マシネンバウ社も入っています」

「コウか。クルト社はここにあるからな」


 バリーが打った布石。それはA級転移社企業に救援を求めることだった。

 各居住区の自治体は自分たちで傭兵を雇うのが精一杯。人手が足りずファミリアを動員しているのが実情だ。

 そこで企業に救援を打診したのだ。

 手段は企業に任せることにした。指図できるような身分ではない。


「間に合えばいいが……」


 地上戦では、あのアーテーが来る。

 その前には制空権争いだ。


「山のようなマーダーの群れはどうしている?」

「進軍している模様ですが、到着には時間がかかるようです」

「さすがに数十メートルを超える巨体は隠しようがないからな。まっすぐ進軍か」

「かなりの数です。およそ数万は確認できますが、哨戒機も迂闊に近づけませんからね。まだ詳細は不明です」

「弾道ミサイルは?」

「予想通り効果ありませんでした。アントワーカー型が出力が弱めとはいえレーザー兵器搭載の対空兵装を兼ねていますから」

「万を超えるワーカーが対空してるもんな。働き蟻とはよくいったもんだ」


 シルエット戦では雑魚のアントワーカーも対空兵装としては優秀なのだ。

 それが万単位で進軍してきている。


「まったく一個のアンダーグラウンドフォースがやる作戦じゃないな」


 ぼやきながらも、次の手を考えるバリーだった。


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