大戦の予兆

新しい転移社企業の創設と鉄道網の整備が進み、P336要塞エリアは解放から一ヶ月程度しか経過していないにもかかわらず周囲が驚愕する程の重工業地帯に急成長した。

 傭兵の雇用も進み、P336要塞エリアは人も増えてきた。とくにセリアンスロープが増えたのは、クアトロ・シルエットのおかげだろう。


 セリアンスロープが増えると同時に、ネレイスの移住者も増える。アシアがいることを知らないにも関わらずだ。

 ファミリア、セリアンスロープ、ネレイスが等しく集まる要塞エリアとしてP336要塞エリアは注目を集めていた。


 人間のなかではまだ関心が低く、商社から情報を聞きつけた者が移住する程度。いわゆるアンテナの感度が低いせいもあるのだろう。


 アシアの戦線自体も小康状態と言える。

 いくつかの防衛ドームがさらにストーンズ側に寝返ったが、大規模戦闘は起きていない。

 

 コウたちも動いていない。さすがにあれだけ派手な二面作戦を行えば警戒レベルも急上昇している。すぐに対応されるだろう。


「順調のようね」


 アストライア内でアシアに呼び出され、皆集まった。

 隣にアストライアまでいる。


「地下工廠、シルエットベース、P336要塞エリアのラインができたからね。ジャリンとクルト社の工場も完成。マティーの会社はもう軌道に乗っているよ」

「よかった」


 そういいつつ、アシアの表情は晴れない。


「どうした、アシア」

「うん…… 今日はちょっと良くない話かな」

「聞こう」


 アシアは少し伏し目がち。


「コウを見つけたとき、私が構築技士にしたよね」

「覚えているよ。今あるのもアシアのおかげだ」

「私が直接任命して、コウはEXの構築技士になった。他の構築技士は違うの。ファミリアや機械整備中に、その親和性から選ばれる、というか判明するといったほうが正しいのかな」

「ある日突然判明するってこと?」

「そう。誰がそうなのか私も分からないの。とくにA級は目覚めたら私の声が聞こえるから、交流できるんだけどね。だから……」


 言いにくそうなアシア。


「らしくないな。俺は怒ったりしない」

「コウはそうだよね。うん。わかった。――新たに目覚めたA級構築技士が自らの意思でストーンズ側についた。その話をするね」


 確かに重大で深刻な話だ。皆が身構え、アシアの言葉に耳を傾けることにした。


「A級構築技士の資格を持つ男が、自らストーンズ側にか」

「真意を質すべく、直接会って話をした。ただ私は人に寄り添うものでありAI。彼の決断を歪めることはできない」


 アシアがいった。

人類にとっては相当な痛手であろう。そもそも、転移者たちは、未来技術を応用する力さえも失われた人類を補完するために喚ばれているのだ。


「何を考えているのだろう」

「最適な兵器開発環境を与えられたため。そして――人類に万が一のときの保険になるため、とは本人が言っていたわ」

「どういうことだ?」

「誰か一人、ストーンズ勢力のなかで戦果をあげ人類の価値を示すことで、人類が負けたとき保護を訴える立場につかなければならないと。私にはよくわからないけど、アストライアなら理解できるのかな」

「理解できます」

「説明してくれ、アストライア」


 人類が負けてしまったら、保護も何もないではないか。

 アストライアは少し考え、説明を始めた。


「勢力の生存戦略としては妥当です。とくに政治では。一方に偏らせないために、例えば保守政権にも革新的な思想の持ち主を入れる。その逆も然り。大局を見てあえて反対勢力に入る人間はいるのです」

「思い当たることはあるかな。俺の国ではどうみても野党的な発言をする人が与党にいたんだ。その逆も確かにいた」

「まさしくそれです。政権交代が起きたとき、極端なことを新たな与党が行う場合、そういう人が意外とブレーキ役になったりしたでしょう。過去の二大政党制を採用している国のなかで、それぞれ違う価値観の政治家がいてどちらの勢力にもいてバランスを取ろうとする。該当のA級構築技士も人類の生存戦略としてストーンズ側についた、と思われます」


 コウも、その意味を考える。


「説得は不可能ってことでいいかな、アシア」

「むしろ倒すべき相手だと思う。彼はストーンズ並に、人を人と思わない節もある。割り切りが過ぎるというか。機械への技術と理論を信奉している求道者よ。コウがいなければ彼がウーティスだったかもしれない」

「本来ウーティスになるはずだった男、か……だが、ファミリアはどうなんだ」

「興味ない、が正しいかな。彼の親和性は主に自分が創造した機械にのみ向けられる。限定されているからこそ、その愛情も強烈なのかもしれない」

「機械への親和性にも色々あるってことか」

「そういうことね。私はあなたでよかったと思っている」

「そういってもらえると嬉しいかな。話題の人物はA級構築技士になるほどの機械への愛情、親和性を持つと。ネメシス星系の今の環境は天国だろうな」


 自分も確かに五番機を整備したり、ファミリアたちといるほうが居心地はいいと思っている。

 だが、話題の男はそういうものとは無縁のようだ。


「ソピアーが選択した人類なら彼はこの星系には来ることはなかったでしょうけどね」

「価値観や思想とか様々な要因で別たれた、だっけ」

「そう」

「名前は教えてもらえるのかな」

「ヴァーシャと呼ばれているわ。ヴァシーリー・イーゴレヴナ・ヤークシェフ。父姓があるからスラヴ系の流れを組む人だね」

「ヴァーシャで覚えておく」


 スラヴ系といわれてもさっぱりわからず、とくに他国の名前の特徴など理解できないコウだった。


「彼はもうストーンズの幹部となっている。ある意味ストーンズより厄介かもしれない」

「わかった。よく覚えておくとする。備えもしないとな」


 アシアは本来ならこんな情報を教えるようなことはしないだろう。

 それだけ切迫している事態ということだ。


「うん。これ以上は私は言えないから。ごめんね」

「十分だ」


 コウはしばらく考え込んだあと、覚悟を決めて語り出す。


「俺も皆に伝えたいことがあったんだ」

「どうしたの?」

「コウ。あなたも何か思い詰めたような顔をしていますよ」


 アシアとアキが心配そうにしている。


「地上のシルエットベースと要塞エリアも、軌道に乗ってきた。目標は俺がいなくても運営できる状態だ」

「いきなりなんてこというんですか」


 アキが怒った。コウがいなければ何も始まらなかったのだ。


「前提なんだ。怒らないでくれ。そこで相談なんだ。俺の考えは正しいかどうか分からないが、この先やりたいこと、やるべきこと」

「私達に気兼ねしなくていいのよ? あなたはよくやってるわ」


 コウが推進したシルエットベースと要塞エリアの工業化。

 彼女の力がなくては為しえなかったとはいえ、その構想は人類勢力の独り立ちを支えるのは間違いない。

 コウがいなくなったとしても、だ。


「しかしストーンズはますます力を付けている。リュピアから運ばれる大型マーダーも増えているんだろ?」

「ええ。それはね。だけど、大型マーダーに対処できる戦力を人類勢力は身につけたわ」

「俺もそう思う。だから俺一人でリュピアに行こうかなと思っている。まだ先になるだろうけどね。可能なら大型マーダー建造施設の破壊。不可能なら、リュピアの救出」


 コウを除く全員が凍り付く。

 とんでもないことをいいだした。無謀すぎる計画だ。


「俺は数に入れとけよ、コウ。ファミリアだからな」

「わかった。ヴォイ。助かる」

「私達も行くにゃ!」

「ついて行くに決まってます。単機の戦力で何ができるというのですか!」

「絶対付いていく」

「俺としてはみんなにはアシアとアストライアを守って欲しいんだけどな」


 口々に力説する女性陣に困った顔をするコウ。 

 危険すぎるのだ。アシアで待っていて欲しいというのが彼の願い。


「メタルアイリスが許すとは思えないですが」


 アストライアまで現実を指摘する。


「うん。まあね」

「宇宙艦はどうするんですか。私を――アストライアを使うんですか?」

「アリステイデス二番艦ペリクレスか、眠っているホーラ級を使う予定。あれならリュピアのデータも回収できるはず」


 眠っているホーラ級とは、地底湖で眠っているアストライアの同型艦のことだ。

 アシアは潤んだ瞳でコウをじっと見つめた。


「ねえ。アストライア。今までアシアのなかで、リュピアを助けようなんて言ってくれた人、いたかしら?」

「助けを願う人ばかりのなかで? いないでしょうね。そんな夢物語」

「私の救出も夢物語だったと思うけど? あなたの助力があったとしてもね」

「それは認めます」

「私はね。コウが言ってくれた。それだけで嬉しいの。でもね、コウ。本当にリュピアは危険なの。人間も今どれだけ残っているか不明で、マーダーが徘徊して、人間を狩り続けているの。そんな場所へ、とは言えないわ。人類もどれだけ生き残っているか」

「アシアは耐えられるのか? このままリュピアから巨大マーダーが送られ続け、アシアでは人間同士が抗争開始しそうな状態だ」

「それはそうだけど……」


 沈黙が降りた。いずれは対処しなければならない問題なのは確か。

 解決するには、人類が貧弱すぎるのだ。


 だが、決してコウ一人で解決できる問題でもない。コウはいささか気負いすぎたと言えるだろう。

 クルトがいなくなり、人類居住区がストーンズ勢力に移っていることに焦っているのかもしれない。


 沈黙を破ったのは、アストライアだった。


「わかりました。では、コウ。あなたにはその前にやるべきことがあります。戦力のさらなる拡充をお願いします」

「アストライア? やるべきことってなんだ」

「敵戦力を分析、予想していたのですよ。最後の足りないピースが揃いました。A級構築技士が敵に。これです。そして敵の勢力分布図と工業力を鑑み、完成したパズルで次の局面が見えました」

「完成したパズルで何が見える?」

「近いうちに大きな戦いがあるでしょう。リュピア探索は、その戦いに生き残ってから考えるべきです」

「大きな戦い? 生き残るとか物騒だな」

「言葉通りこの星全てを巻き込む、大戦です」

 

 アストライアはさらりというが、大戦とはただ事ではない。


「今は膠着状態です。我らが拠点を強化しているように、敵もまた生産に集中していると思われます。その狙いは、P336要塞エリアと、可能ならシルエットベースを狙うでしょう。敵ならば、人類勢力すべてよりもここを叩き潰すと判断するはずです」

「どうしてそうなる!」

「A級構築技士への技術供与ですよ。ジョン・アームズが保有している技術は全て敵に渡ったと思われます。最大企業二社を襲ったのは、彼らが技術を手にするタイミングを待っていたと予想するべきです。現在はここぞとばかり生産していると判断します」

「なんだと……」

「相手側にいくつ重工業地帯を持つ要塞エリアがあると思っていますか? そしてマーダーの多くは時代遅れ。次世代技術を応用したシルエットには太刀打ちできません。同様の兵器を作り、人間に乗せるはずです」

「本当に人間同士の戦いになる、か」

「敵が戦力を整え次第、総力戦に入ると予想されます。もちろん、P336要塞エリアを放棄するという手もありますが、敵の思うつぼでしょう。そのまま集めた勢力でこの地域全体を制圧するはずです。そうなればここも包囲されます」


 良かれと思った技術供与が仇となる。

 このシルエットベースでの生産は限界がある。人類の戦力底上げのために供与した。だが、それが――


 かつて話にもでた、コウがもたらす技術が争いを生むことになる可能性。それが予想外、予想以上の大惨事をもたらすのだ。

 

「コウ。後悔はなしです。あなたが何もしなければ人類はマーダーに為す術もなく、やられていた。ようやく、彼らに対抗できる技術を得ることができた。それは間違いありません」

「そうだよ! コウ。転移者たちが来る前はものすごい数のファミリアが死んだんだよ。装甲車に乗って。体当たりして。大量にいたファミリアの犠牲で成り立っているの、今の人類は。今、彼らには武器がある。それは転移者たちの偉業であり、あなたはさらにその力を引き出すことができた」


 アシアがコウの瞳を見据えて言う。


「数十年前、アンティーク一体倒すのに、一万近いファミリアが死んだ。それでも私は大量に大量にファミリアを作り続けた。彼らにも意思はあるのにね。彼らは私の意を汲んで、人類とともに寄り添って、最後まで戦ってくれた」


 アシアの瞳は揺るがない。自ら生み出した者を、死地に追いやった辛さは、誰にもわかるまい。


「それともまた私に大量生産させて、ファミリアに死なせたい? 違うよね、コウなら」

「そんなことはもうさせない」


 覚悟を決めた。もっと多くのファミリアが、人類が、セリアンスロープやネレイスが死ぬことになる。

 そのためにも、やらないといけないことがある。


「わかった。アストライア。大戦に備えよう。手伝ってくれ」

「了解しました。最善は尽くします。生産体制を戦時体制へ移行いたします」

「戦術面でのサポートも頼む」

「それは危険と申し上げます。私はAIです。勝利のために最適解を選ぶことにためらいはありません。それがコウにとって、辛い選択を強いる可能性が高いと警告します」

「それでも、だ。勝利できなかったら? アシアを失い、皆死ぬことになるんだろ」

「肯定します。ただし、警告はしました。ご了承を。それでは現時刻をもってコウが設計、未試作の兵器群も選択肢にいれ、戦術面を考慮し生産計画を実行します」

「そこまで厳しい選択になるのか。――わかった。覚悟する」


 二人の会話に、アシアも厳しい顔付きで参加する。


「私も手伝う。シルエット・ベースとP336要塞エリアの連結都市。完成したら盤石の守りになるもの。もうとらわれの身はごめんだわ」

「ありがとう、アシア。アストライア、そしてみんな力を貸してくれ。アシアを守る要であり、創り出したファミリアとセリアンスロープの街だ。守りたいんだ」


 全員が頷いた。

 大戦。それはひどく昏く、重い言葉だった。

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