凶鳥、出撃

 クルトのMCSに緊急回線が入る。

 通信先は、コントロールセンターから。この要塞エリアのエリア長だ。 


「クルトさん、防衛線が崩壊しそうです」

「わかりました。ではD516は放棄しましょう」

「放棄ですか! ですがクルトさんの会社の施設が!」

「諦めましょう。敵の目的はむしろ施設でしょう。無傷で手に入れたいに違いありません。彼らに勝つことはできませんが、負けることもありません」

「……わかりました。ですが、Aカーバンクルを解除するにも、あと最低一時間はかかります。そこまで持つかどうか」

「持たせましょう。ファミリアたちが時間を稼いでくれていますが、住人の避難を優先させてください」

「わかりました」


 クルトがMCS内で戦況を分析していると、今度は個人回線から連絡がある。

 回線を開いた。


「あー、クルト君。アルベルトだ。命の保証はする。投降してくれたまえ。同郷のよしみだ。私も君に死んで欲しくはない」

「アルベルトさん。命の保証だけですよね。心は? 魂は? 私は私でいられるのですか?」

「それは…… 適合者がいなければ大丈夫だ」

「そんな賭けには乗れませんね。ストーンズの候補者が何人いると思っているのです」


 アルベルトが口ごもる。


「最後まで戦いますよ。では、さようなら。あなたがいるなら、無駄な殺戮はないと信じます」


 通信を切る。

 最後の一言は相手の良心に向けた、いわば保険。本当のところは欠片も思っていない。アルベルトは利己的な男だ。クルトの確保は優先順位が高いに違いない。


「まずいことになりましたね。私個人に直接投降の呼びかけ。そして襲撃されているエリアはこことA051。つまり――構築技士の捕獲も兼ねているのか」


 端末を走らす。

 構築技士の権限を持って、工場内の生産ラインを初期化。

 施設の破壊ができない以上、これが一番効率的だ。


 データを復元するにしても、構築技士権限Aが必要な部品は、構築技士Aを連れてくるしかない。アルベルトでは不可能なはずだった。


 次に彼は社員宛に共通回線を開く。


「クルト・マシネンバウ社の者に告ぐ。D516の放棄が決定。全員脱出せよ。ファミリアも、セリアンスロープも、です。私は防衛戦に参加し、その後離脱します。これは絶対命令です。、反対は許しません。では」


 そういって一方的に回線を切る。

 彼について残りそうな者が出るとも限らない。命令として、脱出を命じる。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コントロールセンターに向けてマーダーたちが進軍する。

 ケーレスたちは邪魔する装甲車両の排除だった。邪魔するのはファミリアのみ。セリアンスロープも避難の対象だ。

 

 犬型や猫型を中心に、総動員されている。彼らに投降は認められない。破壊されるのみ。それならば、最後まで戦い抜くのみだ。


 一両の装甲車が、スパイダー型のケーレスに囲まれている。

 砲撃で対抗しているが、レーザー照射であちこち孔だらけになっている。


 突如、スパイダー型が爆発する。


 空間が歪んだ――その先に浮かぶ、漆黒のシルエット。フッケバインだった。

 フッケバインは装甲型人工筋肉。外部装甲はすべてナノセラミック製。ならば、と光学迷彩仕様にしたのだ。特殊な処理はツヴァイハンダーのみで済む。


 瞬く間に、ツヴァイハンダーでスパイダー型を斬り倒す。

 猫型のファミリアは唖然とした。これほどの運動性を持つシルエットは見たことがない。


「ありがとう!」

「君は早く補給に向かいなさい」

「はい!」


 礼をいう猫型ファミリアに告げるクルト。心が痛む。本当は逃げろと言いたいのだ。せめて、この場から離れさせることが先決だ。


 スパイダー型をいくつか倒したところで、新型のビークル型と対峙する。

 見るからに重装甲。一本角と鋏型がいる。


「ライノセラスとスタージ、か」


 レーザー砲を二門装備した、スタージ型に突進する。小回りが利かないようだ。すぐにフッケバインを見失う。

 易々と装甲を切り裂いた。


「思った通り、こちらはバッテリー駆動タイプの随伴機か。ならば本命は数が少ないこちらか!」


 レールガンを装備しているライノセラス型と対峙する。 

 

 レールガンを数発直撃を受けるが、あちこち軽く発光するだけだ。これは装甲筋肉内のジュール熱で、浸透体が破壊されているのだ。

 動作は鈍い。そのまま走り寄り、その角みたいな砲身を切り上げる。

 ライノセラス型はそのまま体当たりをはかるが、軽くいなして終わる。

 

「フッケバインなら余裕ですが…… 通常のシルエットなら太刀打ちできないかもしれません。小型戦車そのもの」


 完成したばかりのフッケバインの圧倒的な運動性能で捌いてはいるが、かなりの強敵だ。

 装甲の厚さが尋常ではない。


 通常の装甲車では、ダメージを与えることなどできないだろう。前線を押し上げるための敵が生み出した戦車だと判断した。


「さて、そろそろ行きますか」


 彼は砲撃を避けつつ、ビルの合間を駆け巡る。

 脚力だけで駆け上がる、ありえない機動性だ。

 通りすがりの敵は斬り倒しつつ、段差を利用して駆け上り、遂にピロテースの前に現れた。


「アルベルトさん。聞こえますか」

「クルト君! 君がその機体に乗っているのか。攻撃止め!」


 慌てたアルベルトが攻撃中止命令を出す。


「気が変わりました。一つだけ条件を出します。それを飲めば投降しましょう」


 共通回線で語りかける。こうすれば敵味方全軍が傍受できるはずだ。


「なんだね。いいたまえ」

「ファミリアの保護、人間と同じ扱いを要求します」

「……アルベルト君。それは、無理だ。彼らは機械であり、道具だ。少なくとも、ストーンズの者たちはそう断じている」

「あなたはそう思っていないでしょう? あなたは構築技士だ。機械への親和性は人一番強いはずだ」

「もちろんだとも。だが、私にそんな権限はないのだ。無茶を言わないでくれたまえ」

「そうですか。残念です。――決してあなたがたと相容れぬことがわかりました。では、交渉決裂です」

「待て。くそ! 殺すな! 捕まえろ! 奴はA級構築技士だ! 奴のことだ。近接特化のシルエットだ。地を這うことしかできない哀れな鳥だ。飛んで逃げたりはしない。確実に捕らえろ! 最優先だ!」


 確かにフッケバインは、飛行用のバックパックは装備していない。


 スパイダー型がわらわらと集まって、クルトを捕獲するために。


「さあ、鬼ごっこのはじまりです。その前に――」


 普段穏やかな老紳士は不敵な笑みを浮かべ、ツヴァイハンダーを構えた。

 

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