凶鳥は羽ばたく

「舐められたものですね、フッケバイン。一泡吹かせましょう」


 目の前に迫る複眼。占拠用の母艦であるピロテースは、大型兵装は装備していても一機のシルエットを捕獲するようには出来ていない。殺すなという指令が出ている以上、他のスパイダー型に指令を下すだけだ。



「――誰が飛べないと言った?」


 共通回線はまだつながっている。アルベルトはその言葉にぞくりとした。


 迫り来る無数のスパイダー型ケーレス。

 フッケバインが唸った。


 フッケバインの背中の装甲が展開し、大きな楕円状のスラスターが姿を表す。

 四肢から姿勢制御用のジェットが吹き出し、背中のブースターと同時に噴煙を吹く。


 内蔵型偏向推力スラスター。コウから提供されたデトネーションエンジン技術は小型化が容易の構造だった。

 クルトはそれをさらに小型化、内蔵型にまでこぎ着けたのだ。現在採用しているシルエットはフッケバインのみだろう。


 フッケバインはビルの屋上から、宙を舞う。まっすぐに、ピロテースの眼前に。

 そのまま巨大な頭部を叩き割った。


 ピロテースの頭を踏み台にし、再び跳躍――否。それは明らかに飛行だった。

 空中で軌道を変え、対空射撃をことごとくかわしながら、地面に滑空する。そのままビルの影に紛れてしまった。


「コウ君には教わりっぱなしですね」


 コウがエニュオを倒した時、頭部を破壊したというエピソードを思い出したのだ。

 頭部を破壊し、センサー類の性能を低下させれば時間稼ぎに最適だ。


「追加ユニットもなしにシルエットが飛んだだと! ふざけるな! そんな技術があったのか? 違うな。それが新技術か!」


 歯軋りするアルベルト。クルトはその声を聞いて、通信回線を切った。


 コウから供与された回転デトネーションエンジンを内蔵。追加装備に頼らない飛行能力を得ることに成功した。

 空中では機動が安定しないため、バックパックで飛行翼を追加装備すれば、飛翔状態も維持できるようになるだろう。


「敵の狙いは私。ならば、私が一人囮になるのが一番効率が良い。――最後は、フッケバインと一緒です」


 一時間時間を稼げばいいのだ。敵の目的は基地の制圧と、それ以上にA級構築技士の捕獲であろう。

 フッケバインは光学迷彩を発動させたり解除させたりしながら、逃げ続けた。

 追っ手は一機ずつ、確実に倒す。


「ええい。捕獲せよ。あの歪なカラス脚だ! あんな足をつけているのは一機しかいない。テルキネスも回せ。捕らえよ! 残りのビートル型と傭兵部隊はコントロールセンターを制圧せよ!」


 アルベルトの号令がストーンズ側の部隊の命令として響き渡る。

 スパイダー型は次々とフッケバインただ一機を狙うため、追跡に入る。

 人型のテルキネスも同じく追跡に入った。


 D517要塞エリアを放棄することは決まったのだ。人間は総員退避。捕まった者は抵抗せずに投降すれば命は助かるだろう。

 防衛部隊のファミリアも時間稼ぎと退避支援だ。


 敵はなかなかクルトに追いつけなかった。緩急の差が激しすぎるのだ。

 数百メートル走っていたと思ったら、ビルの谷間をブースターで駆け巡る。

 正確に位置を捉えているはずなのに、追いつけない。


 しかし、多勢に無勢。包囲網は徐々に狭まる。

 

「十分時間は稼いだはず…… あと少しか」


 大量のスパイダー型とテルキネス三機に囲まれる。ビートル型では捕獲に向かないということだろう。


 ここにきて思う。

 時間は稼いだ。本来なら、退避するべきなのだ。自分にしかできないことが、ある。


 だが――

 少しだけ疲れたのだ。

 

 数年前も要塞エリアを落とされ、拠点を喪った。

 構築技士はどこも引く手数多。すぐに新しい拠点、このD516要塞エリアに迎えられた。

 齢も六十を超える。また、新しい施設で、新しい環境で一から起業をを考えると、先が見えない徒労感を感じるのだ。

 幸い後継者ともいえるコウがいる。良い剣士だ。今の自分の持てるすべてを伝えてある。


 それならば剣士として、フッケバインと共に散るほうが良いだろう。


「いよいよ、か」


 呟いてツヴァイハンダーを構える。


 突如、号砲が鳴り響く。

 周囲から連続で。


 スパイダー型は物陰から現れた半装軌装甲車たちに砲撃を受けていた。


 さらに奥から三機のヴュルガーが現れる。


「クルトさん、間に合ったようですね!」

「お前たち、逃げろと!」


 冷静なクルトがこのときばかりは青筋を立てて怒鳴った。


「俺たち、会社辞めることにしたんですよ。横暴な社長に辟易してねえ。あんたに命令される指図はないね!」

「辞表はあとで書きますんで!」


 中年の髭面が鷹揚に笑いながら告げ、飄々とした細面の中年が鼻歌交じりに答えた。


「ヴュルガーをかっぱらった責任も取らないと。懲戒免職扱いになるな」


 別の初老の男性が告げる。クルトと同じ大剣でテルキネスを斬りつけている。


「安心してください。クルトさん。会社の若い連中や女性社員は連れてきちゃいませんよ。住民の避難は終了しました。Aカーバンクルの解除作業もすぐに終わります。やることをやってから駆けつけましたので」


 重機関砲を乱射しながら、柴犬型のファミリアがスパイダー型を粉みじんにしている。大型の半装軌装甲車に乗っていた。


「そうそう。死ぬのはじじぃとおっさんとファミリアからってな!」


 そう嘯きながら、社員たちはクルトの援護に入った。


「クルトさん自爆するつもりだったでしょ。そんなの絶対許さない!」


 真っ白なウサギ型ファミリアが怒っている。彼女とは長い付き合いだ。


「私達ファミリアとずっと一緒だったじゃない。ほら、私の怒りに呼応してフェンネルOSも異常きたしてる!」

「こっちもですね。クルトさんが乗っているフッケバインと連動しているみたいになっている」


 二人が乗っている車両は、フッケバインの衛星のように自在に動いていた。


「脱出ポットたるMCSを積んだシルエットに自爆はありません。あなたがたは逃げなさい!」

「またまたー。フッケバインは金属水素生成型。貯蔵型は安全装置で水素が金属状態を維持できなくて自爆できませんが、生成型は金属水素を意図的に誘爆できますよね。仕様書で確認しましたよ」


 柴犬型ファミリアがクルトの逃げ道を塞ぐ。


「敵の勝利条件を阻止するって戦術は賛成だぜ、社長。あんたが囮になるってのもな。だがな、あんたが死ぬと人類の勝利条件が不利になるんだ。そこのところ、わきまえてくださいよ!」


 社員が戦闘しながら叫ぶ。さほどシルエットの操縦は巧くはないが、機体性能に助けられている。


「この数相手だ。今から脱出しても助かるかわかりませんがね。せめて修理は受けてください。ほら、近くのガレージに整備士も置いてます。あなたを狙っているんです。はやく!」

「く。わかりました。この場は任せます」


 苦々しげにクルトは呟き、指定されたポイントに移動した。


「よし、計画通り」

「あとはあいつらに任せるか」

「そろそろAカーバンクルも外れます。そうなったら一気に制圧されちゃいますからね」


 人間とファミリアが協力し、ケーレスたちと激しく撃ち合う。ここが彼らに防衛ラインだ。


「あ、あなたち。これはどういうことです。やめなさい!」


 クルトの悲鳴が聞こえる。


「フッケバインには新しい手足が必要なんですよ。勘弁してください。クルトさん」


 苦笑しながらクルトをなだめる整備担当のシルエット。


「じゃあガレージ組、出撃いってきますわ。多少の時間は稼げますわ。フッケバイン、出撃する気満々みたいなんで」

「ガレージにいる残りの人員はファミリア隊の車両で脱出してもらう」

「ほんと、すみません。僕らがシルエットに乗れたらいいんですけどね。最後の任務は必ず成し遂げます」

「気にするなよー。任せた!」


 ガレージ組の会話が聞こえてくる。


「おお、援軍きてくれ。こっちはもう持ちそうにない」


 ファミリアの乗った装甲車はレールガンによって蜂の巣にされ、シルエットは群がる無数のケーレスに蹂躙されていた。


「地面や建物への高次元投射がなくなった。作戦成功」

「建物が紙になったか。あとは派手に暴れるか」


 ガレージから装軌装甲車と、大剣を持った特徴的なカラス脚のシルエットが飛び出した。

 ケーレスたちはそれをめざとく見つけ、一斉に追いかける。大剣を振り回しながら、駆け抜けていく。

 装軌装甲車は援護するため、重機関砲でケーレスたちを牽制しながら随伴して疾走した。


 数分後、大型の半装軌車二両がガレージから飛び出し、まっすぐに撤退ラインに向かって疾走していく。

 一両には不格好なシルエットが頭から突っ込まれて搭載されている。この逃走車両に放り込まれたようだ。


 残ったクルト・マシネンバウ社社員のシルエットは、大量のケーレスたち相手に武器を構え突撃していった。


 二時間後、クルト・マシネンバウ社を擁するD516要塞エリアは陥落。

 クルト・ルートヴィッヒは戦闘中行方不明。多くの社員も死亡した。

 同社の完成したばかりの試作機フッケバインが鹵獲されたという噂もあるが、定かではない。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 後の公式記録にはこう記されてある。

 D516要塞エリア所属企業はクルト・マシネンバウ社の社員が戦闘に参加することにより、速やかな撤退に成功した。

 クルト・マシネンバウ社の社員、ファミリアを含め合計二十四名、戦死。十人がストーンズの捕虜となった。

 最後まで防衛ラインを死守。多くは勤続二十年以上の古参社員と伝えられている。

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