兵器開発施設

遺跡

 山岳地帯。

 大きな原生林がある。


「森があるんだな」

「テラフォーミングはされているよ」


 荒野しか見ていなかったコウにとって、巨大な森林は新鮮だった。

 樹木の高さもシルエットを超えている。


 この地点にくるまでの戦闘は無かった。

 警戒網に引っかかっているはずだが、襲撃の気配はない。


「どうして襲撃がないんだろうな」

「単機のシルエットなど、あえて迎撃に来ないんだろうね。敵の拠点や施設に向かっているわけではないから」

「そういうことか」

「それと、敵の分布的に空白地帯だということも大きいかもしれない。もしも敵の作戦進行に合わせた領域に踏み込んだなら、排除に動いてくるかも」

「宇宙から見張られている可能性が高いとかはないのかな」


 五番機は自動巡航モードで敵地に向かっている。

 索敵範囲は広い機体だが仮眠を取りつつも注意は絶やさないようにしている。

 が、何も起きないほど辛いこともない。


「安心したまえ。宇宙は非戦闘宙域だ。偵察衛星も基本NGだ。宇宙での戦闘は条約で禁じられている。宇宙は君たちの時代よりも重要で、厳格な中立空間なんだ」

「意外だな。宇宙のほうが主戦場かと思っていた」

「ソピアーが作った宇宙の防御機構はいまだ健在だ。惑星内のことであれば、昔ながらの索敵が主流だ」


 コウが子供の頃見たアニメでは、ロボットものの主戦場は、宇宙が多かったように思う。

 宇宙なのに、上下が常に一定に揃えられていたのを不思議に思ったことがある。


「今でも宇宙はソピアーが作った様々な施設があり、それらの自衛能力は当時のまま。資材も手に入らなくなる。地球にいる人類にとっても大切な施設だが、ストーンズにとっても補給線を絶たれるわけにはいかない」

「宇宙では何を作っているのだろう」

「鋼材やナノマテリアル複合材が中心だ。真空での製鉄は分子の並びが特殊になって地球上で作るものと性質が異なる。超高圧素材作成施設がとくに重要でね。シルエットのコクピットシステムはモノコック構造で、あれも成形から完成まで宇宙で作られている」

「ようやく未来に来た感がするな」

「そこに未来を感じるのがコウらしい」


 真空で製鋼というイメージがなかなか湧かないが、彼の仕事内容から言えば、協力会社が棒材を鍛造し出荷、それが納入されて加工や熱処理、メッキ処理に入る工程が、彼の仕事の一部だ。

 

 五番機からシルエットの装甲材の材質情報を入手したが、彼の知っている原子記号も並んでいる。無論見たことがない組み合わせの配列もあった。

 別世界に近い程に遠い未来とは言え、全くの異次元ではないのだ。


 面白いと思ったのが、足と腕の装甲材が違う点だ。足のほうが硬い素材が使われている。やはり二乗三乗の法則の影響もあるのだろうが、足のほうがコストがかかっているように見えた。

 頭や四肢は消耗品といえるが、五番機の規格は特殊なものなので、交換品を用意するのが容易ではなさそうだ。これは簡易人工筋肉構造の短所である。


「偵察機や航空機も見たことがないな。敵も味方も」

「味方はフェンネルOSの制限がかかっている。ストーンズ側はマーダーの航空兵器もあるが、レールガンや軽ガスガンが幅を利かせているからね。落とされやすいから飛ばせない。惑星間戦争でなら、空飛ぶ戦車の如き航空機はあったが」

「人型兵器より空飛ぶ戦車のが強いよな」

「惑星間戦争時代のシルエットは、空飛ぶ戦車をぶった斬ってたよ」

「なんでも人型兵器にさせるのはやめよう」


 なにも、空を飛ぶ兵器まで剣で斬らなくてもいいじゃないか。ロマンではあるのだが。

 師匠によると、惑星間戦争時代のシルエットは、アンティークシルエットと呼ばれているとのこと。現在でもたまに発掘されており、現在生産されているシルエットとは比較にならない性能と戦闘能力を叩き出すそうだ。

 その反面、非常に高価であり、規格もそれぞれ時代によって独自で修理も極めて困難。性能と価値だけを見れば釣り合いがとれてはいるものの、今の時代に実戦投入するのは、何かと難しい機体らしい。


「話を戻そう。宇宙での戦闘はほぼないが、宇宙からの強襲を受けている。陸戦が主流とは言え、宇宙空母の意義は絶大だ」

「そういえば言ってたな。規模の大きいパーソナルフォースの大手は、空母を持っているって」

「各地に眠っている、喪われた空母や兵器を発掘する生業の者たちもいる。傭兵ではなく、探索者サーチヤーだな。シルエット乗りには変わらないが」

「そんなに眠っているものなのかい?」

「眠っているね。多分1割も見つかっていないはずだ。完全な稼働状態ではなく、修理すれば使える状態や部品取りに使える状態の物も含めてだが」

「大もうけできそうだな」

「一攫千金狙いで志望者も多い。だが問題もある。眠っている整備基地や空母にも防御機構があるし、助けが来ない分、傭兵より遙かに危険は高い」

「防衛戦じゃなきゃ、助けなんてまず来ないもんな」

「そして今から私たちが行うことが、その探索・・だ」

「え?」

「今から遺跡に潜入するのだよ。何、心配することはない」

「わかった。師匠を信じよう」


 コウと五番機は迷わない。師匠が導く先を信じているのだ。


 五番機は進んで行く。


 森の中を走行していると自然道から突如通路に切り替わった。


「これは?」

「光学迷彩で隠されている通路だ。今だけ地上に現れた。私の指示でね」

「師匠の?」

「ああ。今から向かう場所から、私はやってきたのさ」


 隠されていた通路は、シルエットが十分に通れる広さだった。ただ、急な下り斜面になっていることに加え、ところどころ急カーブになっている。

 比較的に高い安定性を誇る五番機でも、速度を落とさねばならないほどだ。


「マーダーに見つからず到着できたのは幸いだったな」

「じゃあ、ここが何かそろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「秘密基地、かな」

「それは見ればわかる! どんな目的で、どんな施設だったかが知りたいな」

「遺跡といってもいい、古い代物だよ」

「人類の量子データ化リセット前の、ってことか」

「そういうことだね。あとは現物を見せながら説明しよう」


 五番機は進んで行くが、到着する気配はない。


「かなり深いのか」

「山をくり抜いて作っているが、地下も5キロぐらいはあるな」

「基地自体の規模は?」

「約330ヘクタールほど。東京ドーム換算で70個か」

「わかりやすい例えどうも! 広すぎだ」

「惑星間戦争でも、やはり地下の施設は防御面では優秀だったんだ。地下には様々な施設があった」

「けど?」

「重要な施設は言うほど破壊されなかったんだよ。ただ地下都市は深すぎて、眠りから覚めた人類の多くも気付いていない」

「ジオフロントって奴か。眠りから目覚めた人間は、教えられなかったのか?」

「より重要な施設は宇宙にあったし、また目覚めた人類にとって今から行く場所は不要と判断されたんだ」

「なるほど…。そうか、ここはシルエットサイズの通路なんだな……」


 あまりに広大さに唖然とするコウであったが、シルエット基準だと思うと納得する。

 

「シルエットは惑星開拓時代の作業機の発展系だからな。ウィスによる高次元投射装甲もスペースデブリ対策で標準装備されたものなんだ」

「スペースデブリ?」

「宇宙空間で高速に飛び回る宇宙塵スペースデブリは、秒速約10キロで飛び回る。君の時代の軽ガスガンも、デブリ実験に使われていたよ」

「全然知らない!」

「21世紀のデータが合っているか不安になってきたよ」

「そんなことより何があるか早く知りたいな」


 そう言っている間に五番機は到着したようだ。

 通路の移動時間だけで30分はかかっている。


「壁? いや、扉か?」

「君が侵入者なら、この隔壁から迎撃部隊に襲われていただろうね」

「えー」

「とびっきりの秘密基地だ。入るほうにも覚悟してもらわないと」

「俺は?」

「私がいるから大丈夫」

「わかった」


 外部と隔てる壁が上方にスライドして、コウはその開いた入り口から、広大な地底の空間へと入っていった。

 そこにあったのは、巨大な地底湖に浮かぶ、大きな建物だった。


湖の上に広がる大きな空間。

人工物だ。五番機は停止する。


「工場?」


 コウが呟いた。工場をイメージさせる印象を受けたのだ。

 地底湖は港になっていた。側面には桟橋があり、大きなクレーンがあり、外壁のいたるところに大きな通路がつながっており、そのうち二つは線路らしきものが敷設されてある。


「ご明察。ここは秘密の工廠要塞だ。もちろん、いまだに動く」

「誰もいないんだな」

「休眠して千年以上経過しているからね。さあ、進みたまえ。あの建造物に入るんだ」

「あれは…… コンテナ船? 違うな。空母? でも、艦橋みたいな出っ張りもない」


 目の前にある建築物は地底湖に佇んでいる。

 巨大な鯨型の建物といってもいいのだろうか。武装した金属製の鯨。そんな印象を受けた。

 五番機が望遠モードで全容をわかりやすく見えるようにしてくれている。


「それも良い意見だ。その見識で間違いないよ。空母みたいなもの。眼前にあるものは船尾にあたるよ」

「大きいな。シルエットに乗っていても……いや、シルエットサイズの船だから大きいのか」


 コウの前の前にある巨大な空母型の建築物。

 確かに船のようにみえるが、船と呼ぶには巨大すぎた


「長さって一キロぐらいある?」

「八百メートル以上かな。一キロはない。シルエット基準で考えると中型船といえるか」

「空母みたいなもの、とは? 違うのか?」

「この施設全てが無人の兵器工廠。そして眼の前にある施設は、その出張艦であり、旗艦だね」

「ちょっとまって、兵器工廠って工場だろ? 出張できるのか!」

「和名で名付けるといえば【機動工廠プラットホーム】とでも言えばいいか。武装した移動工廠。空母機能と工作艦、揚陸艦の機能を併せ持った船だよ」

「意味はよくわかんないけど、凄いな。もうちょっと短いネーミングない?」

「えー? じゃあ工廠運搬艦アーセナルキヤリアーと呼ぼうか。この施設を、コウに動かして欲しいんだ」

「俺に?」

「無制限の構築技士ならば可能なはず」

「……ん。わかった。何をやればいいかわからないけれど、教えてくれ」


 コウは意を決して、五番機を進めることにした。

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