閑話 TSW-R1の系譜
「シルエットの扱いになれたようだね」
「ああ。面白い」
コウはなにより、シルエットとの一体感が好きだった。
車よりもバイクよりも充実感を与えてくれる。
このまま戦い続けるのも悪くはないかもしれない。昔の剣豪ぽいか、と自問して否定する。剣豪の時代は戦乱は終わっていた。
少なくとも今は戦乱なのだから。
「食糧は君にとって大変ありがたいな。お、シルエット洗浄対応の服があるぞ。着替えるといい」
「服まで。これはありがたいな」
服を着替えた。メタルアイリスの制服だろう。帽子、ジャケット、カーゴパンツ、下着類の一式だった。白の作業着はお役御免だ。
彼らの提供してくれたレーションはとても美味しかった。師匠によればコウが食べていたのは、本当に長期保存用で、最低限の栄養補給しか考えられてないそうだ。
食事を終えたあと、再度五番機のコンソールから様々な情報を入手していく。
「TSW-R1、か。誰が作ったのか。どうしてこんなに斬撃に向いた機体なのか。それが不思議で仕方ない」
「それは設計者に聞くしかあるまいね。確かに新機構が組み込まれている」
「どのような?」
「関節部分はアクチュエイターとエンコーダだけではないんだよ。簡易的な疑似人工筋肉で覆われているんだ。これはTSW-R1が初採用だ」
「よくわからないが凄そうだな」
「機体の運動性は跳ね上がったね。また人工筋肉は装甲材も兼ねている。しかし欠点も多かった。コストが跳ね上がるし、互換性も減る。互換性が減るということは兵站においても不利だ。高性能機の宿命だね。重量が増えて積載能力が劣る欠点もある」
「剣一本だったのはそれでか。メタルアイリスの反応みたら時代錯誤らしいし」
自分でもそう思う。
古来戦場では弓、槍が主力だ。戦国時代では刀より木刀のほうが杖代わりになるし重宝されていたらしい。
近付いて斬るなど、近代兵器でやる戦法ではない。
いくら高次元投射装甲が高性能とはいえ、距離を保ち相手よりイニシアティブを取る。これは重要なはずだ。
「TSW-R1を設計したのは、転移者企業TAKABAの鷹羽兵衛という人物でね。本人が剣の達人だと言われている」
「た、たかばひょうえだって!」
普段めったに大きな声を出さないコウが大声で叫んだ。
「どうした。珍しい。声を荒げて」
「……俺の地球での勤め先。会長の鷹羽兵衛さんなら、確かに剣の達人。俺と流派は違うけど。一刀流と二天一流だったかな。そのお孫さんの修司さんと俺が仲良くて。話しもよくした人だ」
彼の勤め先は主に自動車のエンジンや船外機、バイクの生産が主な中規模の会社だった。
流派は違えど剣術や居合いをやっている人間は珍しい。鷹羽の祖父と孫の修司とはよく話したり、個人宅の道場で型を見学させてもらったものだ。
要らぬやっかみも増えたが、気にしていなかった。
殺されかけるとは夢にも思わなかったが、逆にいえば五番機の設計思想は鷹羽兵衛の経験に基づく元でそれに助けられている。何があるかわからないものだ。
「そうか。会長、自分の知識ありったけぶっこんだ機体を作ったのか。そして出来たのがTSW-R1と」
五番機と自分は接点があったのだ。
これは偶然と思えなかった。運命があるとしたら、まさしく彼が乗るための機体だった。
「彼は十年前この地に転移してきた。最初はろくに資金もなかったが自ら率先してシルエットに乗り込み、傭兵をやって資金を稼いだと聞く。そして三年でTAKABAを起こし、五年前このTSW-R1を完成したところでエリアが襲撃されたのだ」
「加速重視かつ、重量増やして安定性を増し、重心移動を優先させたというところか。剣に特化しているのもうなずける」
ぶつぶつと呟いている。
TSW-R1には言われて見ればみるほど鷹羽会長の意思が込められているように思えてきた。
「フェンネルOSならではだね。例えば歩行という行動を分解すると常に前方に転倒する動作だ。人間の動きの重心移動など君たちの時代のコンピューターではまだ難しいだろう」
「リアルのロボットのことはよくわからないんだ」
コウに説明されても理解は厳しい。
「TSW-R1はコストがやはりネックになったようでね。低率初期生産で終わってしまい、汎用性を重視した改良型のTSF-R10の生産を始めている」
「試作は終わったけど、本格量産には至らなかったということか」
「それでも五十機は生産しているはずだけどね」
仕事でも試作、初期生産品関連はよくみているコウだった。部品に初物エフがついているのですぐわかるようになっている。
とくに高級バイクや高級車は年の生産数も少ない。
「制式名称の命名規則は社によって異なるが近接のwarrior、汎用のfighter、武装改修のsoldierはどの社も共通かな」
「名称のアルファベットで機体の性質が識別できるようになっているのか。R1の後継機は名称が変わったということは機体の性質が変わったということか」
「近接向けのwarriorから汎用戦闘のfighterに代わっているね」
「Tは鷹羽、Sはシルエットかな」
「そうだね」
コウはより五番機に親近感を感じていた。
勤めていた会社の制作ということもだが、やはり近接戦闘向けに作られていたことが制式名称からも明らかだからだ。
「しかしコウが鷹羽氏の知り合いとは思わなかった。彼の立志伝は有名だよ」
「会長と俺は移転に十年のズレがあるのか。遠い未来で会社を興すとか凄いな」
「彼が
「構築技士ってあれか。便利屋の?」
「便利屋ってレベルじゃないけどね? これから君と行く場所は構築技士でなければ意味が無い。私と出会ったのも運命なのだろう」
「そうか。会社を興すとか面倒そうだし俺はいいかな」
経営者になると言うことは大変なのだろう。
傭兵をやって社員を食わすとは責任感の強い人だ。コウはそう思った。ここではもう会社組織ではないのだから。
自分には到底無理だ。
「君と向かう場所にある施設が相性が良ければ、これから兵器開発が行える。君を支える仲間も出来るはず。力強い拠点となるだろう」
「仲間とか兵器開発とか想像つかないんだけど」
「なあに。
「構築技士って実は凄い資格なんじゃないのか?」
「そうだよ? 一番ランクの低い等級でも引っ張りだこだ。無人施設の使用権限が増えるからね。君は無制限だから、なんでもできそうだ」
「メタルアイリスの人たちも知っていたのかな。俺が構築技士だってことに」
「知らないだろうね。いや、ID登録の時知ったかもしれないな。今頃大騒ぎかもしれない」
「熱心に誘ってくれていたから、最初から俺が構築技士って知っていたのかな、と」
「自己評価が低いぞ! 少なくとも戦闘中に合流した君が構築技士だと知る術はないよ。あれだけの戦果を残したシルエット乗りだ。胸を張りたまえ。彼らは実績で君をチームに誘ったのだ」
「それは嬉しいな」
自分でもよくわからない構築技士という肩書きでスカウトされたなら、悲しい思いをするところだった。
彼女たちはコウという人間の技量をみて誘ってくれたのだ。それなら理解出来るし、報われる思いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます