戦闘開始

 外へのハッチを開ける時、手が震えた。

 いよいよ、インセクト型ケーレスとの戦闘だ。師匠いわく中ボス級らしい。


 訓練後、戦術や相手の特性を解析し、対策する。

 初めてこの世界で一夜を過ごしたが、ほとんど五番機の中だ。


 コウはすでにシルエットという機械に夢中だった。 

 工夫は、限られるなかで行った。


 シルエットサイズの発進用スロープを上っていく。最終ハッチを開けたら、スタートだ。


 ハッチを開ける。


 廃墟は閑散としている。

 そしてこれだけ視界の開けた場所だ。お互いをすぐに感知した。

 距離は――2キロ弱。


 インセクト型ケーレス――マンティス型との戦闘が開始された。


今ならわかる、意思無き殺意。

 目標を破壊するためだけに存在する、機械。マーダーという総称は間違いない、とコウは思った。

 虫型なのも理解できる。虫に感情はない。


 マンティス型は背面からレールガンを展開し、五番機に向かい射撃準備を開始する。

 コウは回避行動を取らず、そのまま突っ込んでいく。


 なぜならば――


「すまない」


 そっと呟いた。


 彼は、無人のシルエットを盾にしていたのだ。

 動力が生きている限り、高次元投射処理は有効だ。ならば近付くまでの盾にならないか、思案した。

 そのなかで、腕がない状態のベアを見つけたので、活用させてもらうことにしたのだ。


 空気を切り裂く轟音とともにレールガンが発射される。これだけでも、初速の早さがうかがい知れる。

 2000m/秒。時速にして7000キロのレールガンを、射軸をずらすことはできても回避は不可能だ。


 撃ったと思ったら着弾している。ベアが大きく揺れた。

 

 拡張された五感が訴える。想定していたより、速くはないと感じるのだ。

 レールガンの弾速でさえ、コウの認識に処理できるレベルにまで落とし込まれている。

 いける。コウは確かな手応えを感じた。



 一発、二発目、次々に着弾する。

 想定以上にベアは硬かった。


 ベアの残っていた左腕が弾け飛ぶ。脚も破壊されそうだ。

 十二発撃ったあたりだろうか、マンティス型の射撃が止んだ。この間、わずか1分ほどだ。


「充電中だ。レールガンは連射に向かない」


 師匠が後ろから説明してくれた。


 絶望的な距離と思われたマンティスタイプとの距離はかなり詰められた。


 まだ油断はできない。

 

 マンティス型は距離を取りながら、機関砲を取り出す。コウが初めて見た、惑星アシアでの殺人現場の武器だ。

 機関砲は銃身を回転させながら次々と弾丸を発射する。


 ベアを手放し、五番機がローラーダッシュで走り出す。


「この程度ではすぐに装甲は抜かれない。だが、直撃を受け続けてはさすがにダメージも蓄積する。レールガンまでのつなぎだ。それに備えて蛇行を」

「わかった!」


 五番機をスラローム走行させる。

 弾丸は回避できない。しかし射線はずらせるのだ。相手の火器管制システムが未来位置をどう予測し、それを上回るか――


 多少被弾しながらも五番機にはダメージがない。

 再びレールガンが連続して射撃される。


 全弾回避は無理だ。サイドステップを併用しながら回避行動をするが、数発もらう。


 鈍い音とともに、左肩部分や左胸の装甲が砕け散る。

 レールガンの弾頭は貫通しない。発射される速度が音速を超えると目標物に当たった時点で高温高圧になり、目標を破壊するのだ。

 シルエットの装甲で防いでいることが出来るのがあり得ない現象なのだ。


 それでも威力は絶大だ。機体が悲鳴をあげ、バランスを崩し転倒する。

 足底部のローラーで移動中だったため、バランスが不安定だったのだ。これは彼の失態だ。


 十二発。マンティス型は全て撃ちきった。

 

「くっ」


 コクピットの緩衝機能は極めて優秀だ。転倒によるパイロットへのダメージもほとんどない。

 

 そこに――思わぬものが目にはいった。


 赤黒く広がった染みに浮かぶ砕けた頭蓋。肉片がこびりついている。

 コウがこの基地にきた当日、殺された人間たちのものだろう。装甲車を破壊するための大型機関砲の掃射は、直撃を受けなくても人を殺すにたる十分な威力を持つ。


 恨めしそうな、泣いているかのような頭蓋。無念を感じた。

 彼らは戦うことも、選択肢もなく殺された。


 ぞっとした。


 そして――思い出す。自分の稽古の日々を。

 ベランダの窓ガラスを鏡代わりにし、無心に刀を振っていた日々。

 人を殺す技術ではあるが、誰かを殺すために振っていたわけではない。

 自分の業の無駄を省くため。敵は自分なのだ。


 しかし、今敵は目の前にいる。

 彼には戦う手段がある。


「わかった」

 

 どこの誰かもわからないむくろに語りかける。

 多分、同郷だろう、としかわからない人間。しかし仇は取る。それが言葉として、出た。


 思考は一瞬――リカバーのための行動は早かった。


 起き上がろうとする五番機に対し、マンティス型の死の鎌が振り下ろされる。


 マンティス型の恐ろしさは、その両鎌だった。

 格闘できる多脚戦車というわけだ。


 この悪魔が嫌らしいところは対シルエット戦を見据えての近接武器――両腕があるのだ。

 中ボスとはよくいったもの。

 対シルエット戦を見据えて作られた殺人兵器なのだ。


 五番機はすぐに立ち上がり、間一髪振り下ろされた鎌を避ける。


「位置取りだ、コウ。いかなる戦闘でも、位置取りが重要だ」

「そいつを取らせてくれなくってな!」


 コウの頭の奥が冷えていく感覚がわかる。感覚の補助機能というものだろう。

 

「何かある筈……あれだ」

 

 練習もほとんどしたことがない、とある型を思い出した。

 剣術でいう脇構え。左肩をせり出し、腰を落とす。そして刀剣を後方に構えるのだ。


 この構えは甲冑を着た人間を想定している。可動部が少ない甲冑状態で、足払いなどを警戒しつつ相手との距離を詰めることができる。もともとカウンターに適した構えだ。


 装甲に身をまとったシルエットには、最適の構えといえる。コウは限界のなかで閃いたのだ。


 再び迫る、反対側の鎌。

 振り下ろされた腕に対して、すかさずタイミングを合わせて斬りあげ.、後ろに引き切るように半歩下がる。

 自らの攻撃の早さが仇となる。マンティス型の右腕は見事に切断された。


 追撃は緩めない。そのまま頭部を真っ二つにし、二度、三度剣を振るう。重い音とともに、破壊されていく。

 左腕の攻撃がくるがもう遅い。

 コウはすでに懐のなかだ。


 今度はマンティス型の体当たりだ。


 高次元投射処理で判明したのは、射撃武器より体当たりや、シルエットのパンチやキックのほうが有効打になりやすいということもある。

 安定性と重量があるマンティス型の体当たりは要警戒だ。すかさず半歩退いて躱した。


 コウはそのまま残された左の鎌をかいくぐり、左側面に回り込む。こうなるともうマンティス型の動きは封じられる。


 生身の戦いではこうはいかない。

 機動戦闘のコツは位置取りだ。コウはこの戦いの中で感じ取っていた。

 ここからつかずはなれず、斬撃を幾度ともなく加える。


「これで!」


 胴体が裂けそうだ。

 再度、タイミングを合わせ、最後の一撃を見舞う。


 マンティス型は両断された。

 動力が途切れたのか、上半身は動かなくなる。

 爆発はしなかった。


「よくやったな! コウ」

「ありがとう、師匠!」

「改めておめでとう。ようこそネメシス戦域へ。君が生還できたことを心より歓迎する」


 猫が福音のように告げる。

 コウは泣きそうになった。

 

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