チュートリアル

 コウは機体を起動させる。後ろの後部座席にはちょこんと師匠が座っていた。

 五番機の上に積み重なっている機体たちを強引にどける。

 

 五番機はついに動き出したのだ。


 意外と思ったのは、五番機は彼にアドバイス等を一切くれないことだった。 

 情報のデータベース等は開示されるが、五番機は何も教えてくれない。

 

 ジャンク・ヤード内で有効そうな武器がリストアップされてはいるが、対ケーレス戦闘においては有効なものは少なかった。

 拡張型バックパックがなかった。これがあるとウエポンベイやハードポイントの拡張も可能とのことだ。

 つまり人間で言う、手で持つ武装しか常用できないのだ。


 悩んだ末、五番機が最初から使っていた剣を使うことにした。

 もちろん片手に射撃武器、もう片手にこの武器を持つことは可能だったが、機体のコンセプト的にも剣一本のほうがよいと判断したためだ。

 他のシルエットが射撃武器の装備用ラッチを装備しているのに対し、この五番機はそれすらないのだ。


「あのマーダーはケーレス系に属するマンティス型だ。ケーレスは戦場に現れる悪霊のことだよ。多脚により安定性を高めてある。主武装は中口径レールガン。副兵装に多銃身ガトリング砲を装備してある」

「レールガン。それは知っている」

「最大射程は二百キロあるぞ。威力は三十メガジュール以上、戦車砲の約三倍だな」

「二百……キロゥ? 三倍? 斬る前に死ぬな」

「あくまで最大射程だ。地平線を考えてみたまえ。平地なら十キロ程度だし命中率とは関係ない。拠点攻略にはいいがね。必中距離は砲塔のブレもあるから二キロ圏内。弾速はわかりやすくいうとマッハ七以上だよ」

「うへえ」


 それだけでも絶望的な情報だ。

 師匠は若干気まずそうに、コウの顔を覗き込む。


「正直に言おうか。あのマンティス型。君の世界のゲームでいえば、中ボスってやつだ。レールガン持ちなど、ケーレスでも多くはないよ」

「チュートリアルなしでいきなりボスか」


 強そうとは思っていたが、ボス級とは。

 予想外の師匠の告白に、コウも思わず苦笑した。無理ゲーという奴か、と内心思ったのだ。


「君の時代の戦車、滑腔砲の必中距離が五百メートル。戦車には近付いて歩兵が肉薄攻撃を仕掛けるしかない」

「虫型といっても、実質戦車みたいなもんだな。なんで人型兵器でやりあわないといけないんだ」

「嘆いても仕方無い。レールガンは連射には向かないし、よほど当たり所が悪くない限り一発で沈んだりはしないから安心したまえ。人類側にも戦車や装甲車はあるんだが、ここにはない以上仕方ない」

「どういう理屈かだけ教えてくれ。実際に戦うにしても、斬ったほうが強いと言われてもぴんとこないんだ」

「詳しくは後日な。説明するのは凄く面倒。シルエットも敵の装甲も、高次元投射装甲という、高次元化処理されている装甲を使っているので質量効率が数倍になる。錆びもしない。五番機はさらに構造上防御力が上がる処理をされている」


 師匠はとても面倒そうに告げる。だがコウにとってその言葉だけでお腹いっぱい、理解の範疇外だ。


「全然わからん……」

「そういうものだと覚えておきたまえ。高次元投射された特殊な分子結合をするマテリアルに変質する。パワーユニットから出力されるウィスというエネルギーが重要でな。ウィスは五次元の電磁気力と重力の特性を一つにしたエネルギーで、そのウィスを通すと強靱になる」

「五次元とかよくわからないが、その状態になると、硬くなるってことか」

「ユゴニオ弾性限界を引き上げることもできる」

「なにそれ……」

「装甲が強靱になると覚えておきたまえ。硬い、ではないぞ。正確にいえば三次元では計測できない質量と厚みが増す、という表現が正しいんだけどね。そしてそれだけ硬い物質に対しても有効なのが、レールガンということだな」

「強靱だからっていって油断はできないわけだな。そして敵も同様なんだろ」

「一番てっとり早いのは、同じく高次元投射処理された武器で殴ることだ」

「注意点は?」

「武器を投げても無駄だ。投げるならワイヤーなりをくくりつけて使ったりする必要がある。五次元のエネルギーであるウィスを通さないと意味が無いんだ」

「手に持てと」

「そういうことだな。ワイヤーはシルエットの標準装備みたいなもんだぞ」


 操作してわかったことがある。歩行と移動が別なのだ。通常移動や巡航移動は、足底部によるローラー移動。歩行は戦闘用だ。

 二本足で歩く事が可能なのにローラー移動が何故あるのか。そんな疑問が浮かび口に出すと師匠が答えてくれた。通常歩行時に生身の歩行者が巻き込まれないようにするため、らしい。

 戦闘時に二足歩行に切り替えるのは手動。踏ん張りがきくので安定性が格段にあがるとのことだ。これには納得できた。ローラーダッシュは戦闘にも用いられるが、その時は身を屈めて安定性を増すようにする。これも同じく理解しやすい

。コウの学んでいる居合いは腰を落として地を擦りながら歩く練習から始まる。


 歩行時の機体の揺れによる、上下運動。コックピットのほうで衝撃を吸収するので、まず揺れないらしい。


 ワイヤー操作も作業用の基本操作として組み込まれている。視覚を感知し、その場所へアンカーを打ち込むことになる。応用が効きそうだ。


 動作学習モードに切り替え、剣の振り方を覚えさせる。

 これは簡単だ。イメージを機体が読み取るのだ。


 もちろん人間とシルエット。可動範囲に大きな違いがある。それを考慮してイメージし、覚えさせる。


「敵の残骸もある。そこで試し切りしたらどうだ」

「真剣……っていっていいのか? 持つのは一年ぶりだな」


 コウは一年に一回、剣術の師匠から真剣を借りて、使う訓練をしていた。真剣は値段が高く、銃刀法の関係で所持も面倒だ。


 ケーレスだったであろう残骸もあったので、それで早速試し切りしてみる。

 金属同士がぶつかる耳障りな音とともに、切断された。


「叩き斬る、といった感じか」


 斬った感触はある。金属音は鋼材をプレス剪断した音に似ている。


「高次元投射化されたといっても、元の物質が大事だからね。剣も重金属で出来ている」


 剣の構え、振り方を設定する。日本刀と勝手が違うので要調整だ。

 それでも応用できることはしていかないといけない。


 次々に設定をし、改良を加えていく。

 OSの優秀さも加わり、機体は徐々に納得のいく操作に変わっていく。


 次にローラー移動と歩行の切り替えだ。


 ローラー移動中に衝撃を受けると転倒しやすい。ただ、歩行だと速度に限界がある。

 離脱時はやはり身を屈めてローラー移動のほうがいいのだろう。


 後方移動は速度が低下して安定性も極めて落ちるのだ。


 次は歩行に切り替える。

 驚いたのが左右のステップが機敏なことだ。これによって回避行動を取ることが容易になる。

 また前方へのダッシュも優秀だ。師匠が言うには、この機体はとくに優秀だそうだ。

 後方へ下がるのはローラー移動よりさらに遅い。


 ローラー移動し、歩行に切り替え、素振りする。

 剣での攻撃パターンは三つに絞る。

 本来は一種類ぐらいに集約されるらしいが、他に手持ち武器もなく、剣の振り方の登録が可能のようだ。


 格闘ゲームのように近距離、遠距離で自動的に切り替えてくれてもいいのにな、とコウは内心思ったものだ。

 

 驚いたことに五番機はジャンプもできた。重い割に脚の性能もかなり良いらしい。

 できない機体も多いよ、とは師匠の弁だ。


 ローラーダッシュから歩行、右にサイドステップ。そして前ダッシュからの斬撃。

 これを反復して繰り返す。


「チュートリアルだろ?」

「チュートリアルだな」


 思わず二人で笑った。


「本来ならシルエットは、オペレーターやコントローラーのサポートが入る。美人が多いらしいぞ。私で残念だったな?」

「師匠も可愛いぞ」

「ニャアアア!」


師匠が後ろで激しく抗議した。

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