パイロット認証

 TSW-R1-05の胴体にあるスィッチを操作し、コクピットを開く。

 胴体が前方にスライドし、上部から乗り込むのだ。


 コウはコクピットに座り、計器類を確認する。

 レバーはサイドスティック方式だ。


「なるほど、わからん」


 いきなり理解できるわけがない。


「パイロット認証手続きを行わないとな」


 師匠が膝の上に載ってくる。


「コクピットは規格上五種類しか存在しない。多くは一人半だな」

「半ってなんだよ」

「予備座席式なんだよ。規格統一されていてな。普段は一人乗り、緊急時には予備の後部座席に座ることができる」

「へえ」

「驚くのはそこじゃないぞ。ここは君たちの言葉でいう、飲み水、シャワー、トイレ完備だ」

「それは凄い!」

「コクピットの基本設計は数万年前から変わらない。この世界でもロストテクノロジーだな」

「貴重ってことか」

「いや、製造施設は宇宙のあちこちにこれでもか、ってぐらい作られている」

「なんで!」

「この世界での基盤技術そのものだからな。過去の人類が過剰なぐらいにこのコクピットの生産設備を作り続けた」


 師匠に教えられた通り、コクピットを閉じる。


「登録パイロットが限定されている場合とされていない場合がある」

「こいつは?」

「もともとロールアウトした直後に暴走してパイロットがいない上、再初期化されているからな」

「登録は……」

『認証登録完了しました。コウ・モズヤ』


 男性の声がした。


「え?」


 師匠が声を上げた。


「何を考えている五番機…… 様々な手順を飛ばしすぎだ」


 猫は機体に抗議した。

 待っていたとばかり、TSW-R1がパイロット登録をしてしまっていたのだ。


『コウはTSW-R1ナンバー5のパイロットとして登録されました』


 事実として返答する、OSの合成音声。


「俺はこいつを動かせるの?」

「間違いなく。五番機は君の情報をコクピット内からスキャンし、登録を済ませてある」


『ATEをスタートいたします。パイロット初搭乗のため音声サポートを開始。

 オペレーションシステムグリーン

ジェネレーター出力グリーン

駆動システム、グリーン

制御システム グリーン

姿勢制御システム グリーン

パワーセンサー グリーン

モニタ クリーン 頭部破損現状影響なし。

兵装システム グリーン 武装の設定を行ってください

通信システム グリーン 接続先無し

レーダー機能クリーン


 ………


 システムオールグリーン                    』


 各システムアビオニクスの点検が終了する。


 画面は英語が表示され、日本語に改変されていく。


『パイロットの生存領域及び年代特定完了。フェンネルOSの言語変換及び最適化を完了いたしました』


「どういうこと?」

「君の脳内情報をスキャンした。君が21世紀の日本人で、この機体のOSはその時代の人間が扱うように組み替えられたってことさ」

「凄すぎない? 人間いらなくない?」

「いるんだよ。そういうふうにできている」

「フェンネルって?」


 似た響きの言葉ならロボットアニメの影響で知っている。ばーんと無人で飛んでいくあれだ。


「植物の名前さ。ハーブだよ」


 違ったらしい。


「そうか。由来はまたいつか聞くとして……操作方法だな」

「では私はいったん退出しよう。がんばってくれたまえ」

「え? なんで?」

「現在この五番機は君の情報を収集中だ。私がいると効率が落ちるのだよ。この機体は君の生体情報を元に操作を最適化させる。また後ほど一緒に乗るさ」

「わかったよ。あとで」


 コクピットを開いて師匠を外に出す。

 師匠は器用に飛び降りて、地面から彼を見上げた。


「五番機、だったか。頼む。戦い方を教えてくれ」


 コウは五番機に話しかけた。


『パイロット訓練モードを立ち上げます』

 感情のない声が返ってきた。


 コウの訓練が始まった。


 しばらくしてコウが降り立った。


「どうだった?」

「脳から直接情報抜き取っているわりに操作多いな」

「視界情報、判断、意思決定、行動決定の四種の行程をスムーズにするための操作システムだ。人間は思考してボタンを押す場合より、無意識に体が最適化されて動いている場合が多いからな。人間の動きをトレースするより車の運転のほうが1000分の1秒の世界では適しているということだ」

「車の運転か…… 意識はさほどせず手足が動くもんな。フォークリフトにゲームを合わせた感じのような操作だった」

「完全なマンマシーンインターフェイスは早々に否定されたよ。意識して体を動かすというのは逆に不自然なんだ」

「右手を動かすとき、右手を上にあげて銃の引き金を引いて、って思考するのは逆に不自然だな」


 師匠の説明に納得するコウ。


「機体操作つまり作業負荷に対する、内的反応、君の作業負担の最適化だよ。機体の習熟と精神力の強さがシルエットの強さに直結すると言える。フェンネルOSで強化されているからこそ、個人の熟練度が影響される」

「精神力はなんでだ?」

「五感および六感をOSが拡張しているからな。影響はするさ。根性が必要な時があるということだよ」

「わかる気がする」


 師匠の隣に座る。


「意識、認識はとくに重視される。シルエットの手持ち武器は人間の歩兵を模している。本来ならそんなものは必要ない」

「理由がある、ということか」

「パイロットが認識するからだよ。ああ、これはアサルトライフルだ、剣だ、とね。シルエットはその意を汲んで行動する。両者の認識が一致すれば行動もスムーズだろ?」

「ああ、鉄の棒をみて銃といわれてもすぐにわからないものな」

「そういうこと。そして感覚も限界まで拡張される。弾が止まって見える、とまではいかないけどね。対応できる弾速まで認識されるようになる。シルエットの強さの本質はそこにあるかもしれない」

「人間の意識を拡張する、か」


 ジャンクヤードに置いてあるシルエットたちは、改めて見ると戦意さえ感じるような気がしてきた。


「しかし、よく錆もせず残っていたな」


 昨日まで加工業勤務だ。金属加工は防錆剤をぶっかけながらマシニングしていた。外観部品やメッキしたものは防錆NGのものがあるが、そもそもそれらは防錆処理も兼ねている。


「周りをみてごらん。このスクラップ置き場を」

「?」


 コウは辺りを見回した。

 墓標のように、各種のシルエットが駐機してあり、乱雑に錆びたり大破したシルエットが積み重なっている。


「駐機状態のやつは錆びていないのに、大破したり、部品状態の奴は錆びている、か?」

「そういうこと。動力が生きている限りはシルエットは錆びない。それは射撃武器より近接武器のほうが有効な理由にもなっている」

「どんな理屈なんだ」


 さすがに勉強が好きではないコウも気になってきた。

 師匠は大きくあくびをして猫っぽくふるまっている。


「そういえば五番機が変なこといってたぞ」

「ん?」

「俺の趣味は戦闘に適していて近接能力が向上するってさ」

「趣味? 君は何者だね」

「俺にもよくわからないんだが……」


 困ったような表情を浮かべ、コウは師匠にどう説明しようか言葉を選んだ。


「あーうん。趣味で居合いと剣術をやっていたんだが、それを五番機に反映させ、最適化するとかなんとか」

「君は侍かなにかだったのかい?」


 師匠も興味津々だ。


「普通のブルーカラーのリーマンにすぎない。本当に趣味だったんだ」


 両親が早々に他界し、高校卒業後彼はすぐに働きにでていた。

 マシニングオペレーターとして工場勤務だ。


 趣味で居合いと剣術をやっていたのだが、何故だか自分でもわからない。ただ、剣を振っているときは楽しかった。

 趣味つながりで会社の会長や孫と仲が良かったが、それがいらぬ妬みを買ったことだけが想定外だった。


「急所を斬るとかには役立たないけど、使える動きがあるらしい」

「なるほど。ならばそれに賭けるとしようか。ケーレスに勝てる可能性があがるならそれに超したことはない。残された時間は少ないんだ。君も私も」

「俺も?」

「君の体にも負荷はかかっている。じりじりと目に見えない負荷がかかっているんだ。ここは地球より重力がきついぞ」

「違うのか」

「違うとも。太陽系ではあるが、地球ではないからな。救助された人間と違う。適切な処置は早めに受けたほうがいい。体重が10%前後増えていると思え」

「わかった」


 重力や体重のことはよくわからないが、急に体重が10%増えたら確かに負荷にもなるだろう。

 残された時間はそう長くないのかもしれない。


「シルエットに乗っていれば大丈夫だけどね。あれは本来、人間の保護システムも兼ねている」

「もうなんでもありだな」


 シルエットの訓練を受けていて気付いたことはある。

 操作による、機体との一体感だ。


 車でいう、車体の反応を知覚し、それを含めて完全に操作する一体感とでもいうのだろうか。

 そういう類いの操作だ。


「明日には行けるかな」


 コウが呟いた。


「明日はさすがに早くないか」

「座して死を待つよりは?」

「もっと残っている設備がしっかりしていればな」


 師匠がため息をついた。


「まだ使えるものが大量に廃棄されている、ってだけでも急いでこの施設を放棄したのかわかる」

「武器も兵装も使えるものは少しはあるからな」

「武装換装を進めないと。といっても作業機もないから、五番機が自力で使えるものだけになるか」

「他の機体を作業機がわりに乗るという手もあるぞ」

「それはやめとく。シルエット新米パイロットだから、今は五番機を馴染ませないとな」

「では次から私も乗り込むとしよう」


 コウと猫は五番機に乗り込んで思案した。

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