ジャンクヤード

 巨大な人型兵器。思わず師匠に尋ねる。

 兵器とわかるのは、その迫力から。装甲には弾痕が残り、ところどころ欠けている。


「日本人のように何でも漢字に翻案すると搭乗巨兵、と名称をつけてるね。我々は【シルエット】と呼んでいる。遠くからみると、巨大な人型の影にみえるだろ? 人型の乗り物だ」

「確かに。これがいきなり遠くからやってきたら、人間のシルエットとしか言えないな」

「ここにあるような戦闘用は【アサルトシルエット】と呼称されている。強襲巨兵、とでも書くかな。基本構造は民生用のものと大きな差はない」

「戦闘用か。確かにみな甲冑のような、装甲車のような機体だな」

「君はこのどれかに搭乗して、君を襲ったあいつを倒さないといけない。しばらく私と二人きりで暮らしてもいいが、それは嫌だろう?」

「勉強するぐらいの時間は欲しいかなって」


 いまだにまともな説明をしてもらえていない。


「遭難した旅人が、言語を覚えて自分の状況を把握するのにどれぐらいかかると思う? 諦めて戦うんだな。私も長くない」

「え?」

「活動限界を超えて、最後の日を迎えるべくここにいたのさ。私も機械だ。だが、人の気配がしてね。君がいた」

「ありがとう。師匠頼むから死なないでくれ」

「機械は死なない。停止するだけだ」

「機械だって生きているさ」


 それはコウの本音だった。

 彼は昔から、色々な無機物を、意思あるものとして接する癖がある。


「なるほど――彼女が助けた理由、わかった」

「彼女って?」

「こっちの話だ。私はいつ止まるかわからない。最期の役目は君を人類の生存圏まで案内することだな。説明を急ぐぞ」


 師匠に連れられてジャンクの山を歩く。


「この街はかつて人間の居住区域。兵器工場であり、修理工場だった。このシルエットのね。五年前に壊滅した」

「へえ。だから使えるものがあるってこと? ロボット兵器?」

自立行動機械ロボツトとも言えるし、搭乗型人型機械メカともいえるな。人間を遙かに超えるコンピューターが人間をサポートするようにできている」

「無人のほうが強くない?」

「我々も彼らも基幹システムは一緒でね。行動原理が『人間に寄り添うこと』。彼らは進んで乗り物ビークルであることに徹することを望んだ存在だ。基本的には人間が乗らないと動かない」


 師匠は中央で立ち止まった。


「さて。長々と歩いた。基本的にジャンクのシルエットばかりだ。部品取り用にすぎないが、最後の戦闘で廃棄されたものもある。そのまま使えるものもあるだろう」

「俺、操縦なんかできないんだけど」

「シルエットが教えてくれる」

「いきなりロボットにのって戦うとかアニメか、俺」


 一人呟くコウ。


「使えるシルエットはこんなにあるのか」


 ジャンクヤードとはいえ、完動状態のシルエットが多くある。

 いかに緊急でこの施設が放棄されたかを物語っている。


「一番安いランクのシルエットでいえば、平均価格は日本の車ぐらいの価格だよ」

「安すぎない?」

「車だって最高級品は何億とするだろ? 価格が戦闘機並のシルエットに関して言えば、上限は天井知らずになるね」

「本当にピンキリだな」

「それだけ今の時代の人類はシルエットに依存している証拠だ」


 普及すれば価格は下がる。この時代でもそれは変わらないようだ。


「使えそうなものをいくつか説明しよう。自分が乗って戦うなら、どれがいいかよく考えたまえ。話すと非常に長くなるが、シルエットや上の敵含め、射撃よりも近接武器のほうが有効ではある」

「なんでだよ!」


 思わず突っ込んだ。近接武器が射撃武器を越える計算はどう考えても、ない。コウにだってそれはわかる。


「射撃武器が有効ではない、とは言っていないぞ。現在この場にある武器で、一番有効的なものが近接武器なだけだ。近付く分危険は増えるが」

「いかに射程外から相手を攻撃するか、が基本になるんじゃないのか」

「そんなことをいうなら前方投影面積や構造のもろさ、運用上、様々な理由で人型兵器なぞありえないぞ。説明すると長くなるといっただろうが。生き残ってから考えろ」

「わかった。敵のことを先に教えてくれ」

「殺人無人兵器群は一言でいえばマーダーと称される。君が遭遇したのはケーレスと呼ばれる非人間型兵器の一種だな。過去からきた人間、転移者を抹殺するために、この制圧した地域に戻ってきたのだろう」

「ケーレス? どういう意味だろう」

「戦場に現れる悪霊という意味だ。ギリシャ神話だな。今の世界、ギリシャ、ローマ神話から多くの引用がなされて構築されている」

「どうしてギリシャ神話なんだ?」

「初期の元素記号が神話由来が多いように、我々も地球文化の名残を一つでも残したかったのさ」

「そういうことか」


 未来とは思えないが、この機械をみる限り未来なのだろう。


 師匠は一つ一つ機体の特徴を教えてくれる。


「ここにある機体で、一番多いものはSF-S1A1 ベア。装甲が厚いわりに機動力がそこそこの機体だな。量産機体で、入門用といえる」


「ああ、そっちの機体は気にしないでくれたまえ。W-01。初期の初期、作業機を改修した戦闘用シルエットの前身だ」


「これはATー02。愛称はエレファント。重装甲で前線を押し上げる戦車のようなタイプだ。複数運用が基本だね。被弾率が半端ない。」


「そのAF-05は高機動戦闘用だ。三次元行動が得意なエース機でもあるがおすすめはしない。ピーキーな上、推進器の燃料がない。このスクラップ置き場の部品取りだけでは実力は発揮できないだろうな」


 様々な機体があった。

 だいたいどれも7、8メートル程度。日本の3階建てマンションぐらいだろうか。


 12種類ほどの機体がある。

 一つ一つ調べて相性を確認したいが、時間がないという。


 どれか一機――自分の命を賭ける機体を選ぶのだ。


 かしゃん。


 音がした。気になりコウはその音がする方向にいった。

 何もない。積み重なる機体の山々。パーツ取りを待つ半壊した機体たち。


「これは?」


 積み重なる機体のなかに、妙に気になるものが一つあった。

 無塗装であり、全体的に灰色の機体だ。


 あぐらをかくような――そんな状態で鎮座していた。剣を地面に刺し、鎧武者のようだ。多くの機体がその機体に積み重なっているにも関わらず、それはその体勢を整えたまま――

 押し潰れまいとする意思を感じる。

 頭部はバイザー型の鷹のような形状で、カメラアイはゴーグルで保護されている。ただ、右ゴーグルは醜くえぐれ、並列カメラが二つむき出しとなっている。片目の巨人のようだ。


 頭部のアンテナは左右に装備されている。後方から前方に向けて伸びていた。

 

 左右で四眼か。古の武将のようだとコウは思う。

 

「コウ。先ほど例外があるといったな。それはこいつのことだ。こいつは五年前、最先端の量産機だったが、人間を載せずに暴走。撤退時に改修が間に合わずここに廃棄された」

「暴走? 人を襲ったのか?」

「逆だな。人間が逃げる時間を稼いで、ケーレスをはじめとした無人機体群、マーダーに特攻したのだよ。まだ、誰もこいつに乗っていないのにね」

「武器が大型の剣?」

「そう。これ一本で戦っていた」


 気になった。


「機体名は?」

「TSW-R1-05だな。いわくの五番機で通っていた。近接主軸の汎用機で開発されたが、実質近接特化。高機動かつ中装甲の切り込み機、といったところか」

「そうか」


 五番機を見上げる。


「お前はまだ戦いたいのか」


 返事など期待もせず話しかけた。

 やはり返事などあるはずがない。


「戻ろう。基本人間を載せずに戦うなど、例外現象が起きた場合は廃棄、または全面改修される場合が多いんだ」

「人間を守ったのに?」

「原則違反だからな。何をするかわからないだろ? だがこいつは当時では最新鋭機の一つ。コックピット交換後に改修ということで調整されたが、再出撃叶わずこの施設が先に放棄されたんだ。いわく付きだからか、持ち出しの優先順位も低く今はここに置いてある」

 

 師匠のほうに向いた瞬間。


 ギシ。


 振り返った。

 TSW-R1はそのままだ。しかし、頭部が下を向いていた。破壊された右目に見詰められている――そんな気さえする。


「師匠。頷いたよ、こいつ」

「偶然だよ」


 それでも、強烈に惹かれるものがあった。


 コウはいわくの五番機に近付いた。


「師匠。こいつ使っちゃだめかな?」

「ダメということはないが…… 問題ありの機体を選ぶ必要はあるまい」

「性能は?」

「本来のオプションはないが、高性能機ではある。性能だけなら量産機最高峰の一つだ。少なくともジャンク置き場で拾えるレベルではない」

「いわくつきの投棄、なんだよな」

「思い出した。君と縁はあるかもしれないね」

「どういう意味?」

「この機体の愛称はラニウス。ラテン語で鳥のモズだ」


 猫はにやりと笑った。


「ああ。なるほど。縁があるな」

 

 彼はTSW-R1ラニウスの五番機に恐る恐る近付く。


 意思があると思うことは変だろうが、やはり強烈に惹かれるものがあった。


「わかったよ。戦いたいんだよな、やっぱり」


 機体に声をかけた。

 その機体は静かに佇んでいるだけだった。

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