ネメシス戦域の強襲巨兵
夜切怜
ネメシス星系
明日への扉
自動車部品製造の工場で働いている青年、
勤務先の現場で警報が鳴り響いた。周囲に緊張が走る。
何か事故か? 皆が緊急避難をしようとざわめいたそのとき――意識を失った。
目を覚ますと、大きな広場に突っ立っていた。
何が起きたかわからない。まわりには同じ工場の人間達で埋め尽くされていた。
目の前には大きな飛行機がある。旅客機ではなく、軍用機のようだ。
次々と人が乗り込んでいる。
「皆さん。早く乗り込んでください」
飛行機からアナウンスが流れる。
『五分しかこの場に滞在できません。助かりたいなら早く』
状況が飲み込めない。
周囲をよくみると、瓦礫の山だ。巨大な――人型のシルエット。残骸だろうか。
杲は飛行機に乗るため、行列の最後尾に並んだ。
「すまねえな」
突如、割りこまれた。
相性のよくない、職場の先輩吉川だった。杲は趣味の関係上、会長やその孫と仲がよく、意味もなく妬まれていた。
杲は無言だった。今更言い争っても、あとで何をされるかわからない。
飛行機の側面の扉から大方の人間が乗り込んだ。
行列でも最後のほうだ。扉付近に立っていた。中は満員電車のようだ。
『扉を閉めます。ご注意ください』
アナウンスが流れ、スライド式の扉が閉まるその瞬間――
体に衝撃が走る。
気が付いたら船外に放り出され、尻餅をつく。
扉がゆっくり閉まっていくその瞬間覗かせた悪意――吉川が嗤っていた。突き飛ばされたことにようやく気付く。
気にくわないとはいえ、そこまでするのか。愕然とした。
飛行機が動きだす。巻き込まれないよう上体を低くして離れた。白い作業着と同じ色の帽子が吹き飛ばされる。
飛行機のなかで絶叫したのは吉川だ。
「ああ! 萬代屋が外に! 止まれないのか?」
「なんだって!」
「窓をみろ。外にいる!」
「誰か! 止めてくれ! 萬代屋を助けないと!」
吉川が白々しく叫び続ける。
飛行機は無慈悲に飛び立った。
瓦礫の街に呆然と佇む杲。
辺りを見回すと次々に飛行機が飛び立っていく。
ただそれを見上げていた。
しばらくすると、落ち着きを取り戻す。
状況がまったく見えないが、動かないといけない。
遠くで人の集団が見えた。あの飛行機を怪しみ、乗らなかった人たちだろう。
歩き出そうとしたその瞬間、歩みを止めた。
大型の機械、見慣れない虫型の機械が見えた。カマキリのような輪郭だ。
大型トレーラーよりさらに大きい。
嫌な予感がした。
人影は、その機械に助けを求めるべく、集団で歩いて行く。杲からさらに距離が離れていく。
見慣れぬ機械の背面から、何かせり上がってくる。砲身だ。
体を震わす轟音とともに、人の集団は血に染まり、シミとなった。
恐怖で体が凍てつく。
あんなにあっさり人が死ぬのか。
このまま自分も死んでしまうのか。
助けを呼ぼうにも、もう誰もいないことはわかっている。
どうしようもないのだ。
『逃げて』
どこからだろう。声が聞こえた。
『脚を動かす』
そうだ。まだ死にたくない。
離れなければ。
逃げると決めたその脚は自然と動いた。
声に押されるように反対側に走り出す。
自分でも何がなんだか分からなかった。
瓦礫に駆け込み、さらに走り出す。
少しでも遠く―― あの殺人機械から遠くへ。
そして目の前に信じられないものがいた。
瓦礫からそっと顔をだしたそれは――
「猫?」
杲がこの世界にきて初めて声を出した、第一声だった。
猫はにゃあと鳴いて、彼の前に飛び出した。
狐のような顔立ち。グレーの体毛――彼も知っている。ロシアンブルーだ。
何故こんなところに? という疑問も浮かんだが、猫はついてこい、といっているように少し歩き出して後ろを振り返る。
何もわからないまま、猫についていく。彼がついてくることを確認し、猫はスピードをあげる。
瓦礫のなかにすっと入る。なんとか杲が入れるぐらいの隙間だ。恐る恐る中を覗いて入る。
猫が消えた。
と思ったら穴があるらしい。顔だけ出してまた消える。
杲は穴の側までいく。階段があり、そこから先は下りの螺旋の通路になっていた。
ただ、ここにいれば少なくともあの殺人機械は追ってこれないだろう。
下っていく。複数の扉が並んでいる。猫は迷わず、まっすぐに歩いて行く。
開いている扉が一つあり、猫はその中にいる。
医務室だろうか。簡易ベッドがいくつか。棚には多くの瓶がある。ひどく乱雑な状態だ。
猫は机の上に飛び乗り、瓶を一つぽんぽんと手で叩いていた。
「どうした?」
杲は以前飼っていた猫を思い出す。餌だろうか?
「にゃうん」
瓶の蓋をあけると、大量のカプセルが入っている。
猫の前に広げてやる。
「にゃ」
猫は鳴きながら、一粒だけ手でそっととりわけ、杲のほうへ押しやった。
意味を考えると、一つしかない。
「俺に飲めってこと?」
「にゃあ!」
ひときわ甲高く鳴いて、目を細める。
「飲むのはいいけど、水が欲しいな」
猫をなでながら、カプセルを手に取り、思い切って飲んでみる。
再び気を失った。
ぺしぺしと頬を叩かれる。
鼻を肉球で握りしめてくる。
ようやく彼は目を覚ました。
「な、なんなんだ一体」
「おはよう」
猫が喋った。中性的な声だ。
「私の言葉がわかるか?」
「な、なんで猫が!」
ついに俺は気が狂ったのだろうか。さらに混乱した。
「落ち着きたまえ。君に飲ませた錠剤は、言語中枢に働きかけるナノマシンだ。翻訳機能の最適化のために気を失った」
「猫とも喋れるってこと?」
「私は猫じゃないが、説明には時間がかかる。最初から話してもいいが、この星系の共通言語は英語ベースだ。日本人は英語が苦手だろ?」
にやりと笑った。
「この星系? もうワケわかんないな!」
「追々教えてやるとも。私のことは師匠とでも呼ぶといい。君の名前は?」
「俺はモズヤ・コウ。コウって呼んでくれ」
「ではコウ。お前に必要なことを教えよう」
コウは猫に会釈する。師匠はニャアと一言鳴いた。
師匠は食べ物、飲み物、トイレ、寝床の場所を教えてくれた。食べ物はレーション。一口食べたが甘いこんにゃくゼリーのような味だ。
「何から話そうか。君たちは21世紀存命中、爆弾を投下され死が確定する寸前、この未来の地に飛ばされた」
「爆弾? じゃあ俺たちは死んだことになっているのか。この世界はどこかなーって知りたいんだが。異世界?」
「異世界とはいえないな。先ほどもいったが、英語ベースの異世界などあるものか」
「なんで英語ベースなんだ」
「20世紀末からのインターネット普及により、英語が共通言語の役割を担った部分がある。その流れはいまだ続いているということさ」
「インターネット!」
英語とインターネットの関わりなどしったことではないが、これが現状の突破口になるかもしれない。
「ここにもネットある? スマホは?」
「すぐに使えるものはないね。諦めたまえ」
無慈悲に師匠がいった。すまし顔の猫にしかみえない。
「21世紀からどれぐらい未来なんだ?」
「数十万年から数百万年?」
「え?」
「数えても無駄なぐらいの年月は経っている。それも追々教えてよう。まずお前は生き残らねばならない。ざっと話すだけで数年かかりそうだ」
「それはそうだが…… 上にはあんな化け物がいるしな」
「ついてこい」
師匠について歩き出す。
いくつもの複雑な経路を歩き、大きな扉を開く。
「Junkyard、か。確かに英語だな。廃品置き場かなんかか?」
「君が生き残る鍵だとも」
扉を開ける。
そこは広大な空間だった。
多くの機械が打ち捨てられている。
その多くは――人型だった。
初めて見る大型の人型機械。
片隅には駐機体勢なのだろうか、片膝をついて手を地面につき、俯いた状態で座しているものもある。
大きさは建物三階程度、8メートルもないだろう。胴体に対して腕や足は太い。細身といえる機体は少なかった。
装甲車のような印象を受ける機体が多い。明らかに軍用と思われた。
頭部のデザインは様々だ。日本のロボットアニメで見たことがあるような二つ目やゴーグル型のものから、人間で言う目がないもの、アンテナが異様に大きなもの。
用途によって違うのだろう。共通しているのは当たり前だが鼻や口にあたる部位はない。
ジャンクとはよくいったもので、半壊しているものが多いが、五体満足なものもちらほらと見受けられる。
手足が欠けているものはそれぞれ一カ所に固められている。
五体満足といってもいいか不明だが、手足頭まで完全なものは、駐機状態、もしくは乱雑に積み上げられている。
駐機状態のものが、まだ使えるもの、ということなのだろう。
「これは?」
師匠に尋ねた。
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