第3話:挿話「境界線上の季節」
※作者註
これから紹介する物語は、実在の同人マンガ作品を基にしています。
著作権等の問題を考慮し、筋書きや設定は替えてありますが、主題は原作のものをそのまま採用しています。
4年前-、
教育実習の最後の日、帰りのホームルームが終わった後の教室は、いつもよりにぎやかだった。一ヶ月に及ぶ実習は、精神的、肉体的、そして何より時間的にハードで、睡眠不足の頭の中に、いっぱいに溢れて残響するその喧騒の中、集まってきた生徒たちの矢継ぎばやの問いかけに、多少辟易しつつも、できるだけ丁寧に答えていた。
「明日からもう来ないの?」
「大学ってどこにあるの?」
「先生になるの?」
「彼女ホントにいないの?」
「今度先生のバイクに乗りたい!」
「黒板の字ヘタだよね?」
小学5年生のクラスだった。みんな屈託のない輝くような笑顔で、明日からもう会えないと思うと、その笑顔はある種の「奇跡」のような、二度とは触れることのできない、かけがえの無いものに思われて、シンイチロウは少し泣きそうになった。
「先生また会える?」
そう言ったのは、顔を赤らめてちょっと涙ぐんだユウタ君だ。
小さい、内気な、おどおどした声。
少し意外だった、嫌われていると思っていたのだ。
「地元だし、きっとまた会えるよ」
そう答えて、あたまを撫でた。
お日様の匂いがしたような気がした。
タイトル:「境界線上の季節」
真夏の日輪が、凄まじい光量でその踏切前の路面を白く灼いていた。
圧倒的な高度で晴れ上がった空は、目が眩むほどの青さで、そしてその深い色調は逆に、見る者に暗黒を思わせた。
シンイチロウはその地方都市の駅前をゆっくりと歩いていた。
松葉杖を突いていた。
単車で事故った。
右ひざ前十字靭帯断裂、及び半月板損傷。
事故から三か月、手術から二か月が経つが、松葉杖無しで歩くには、まだもう少し掛かりそうだった。
もう少し実家にいようとも思ったが、社会復帰へのリハビリを兼ねて、同じく地元にある一人暮らしのアパートに戻ってきていた。
勤務先への復帰は9月1日からの予定で、まだ1か月近くあったが、こんな脚で何かできる訳でもなく、近所をゆっくり散歩したり、スーパーに簡単な買い物に行ったり、あとは部屋で本を読んだりして過ごしていた。
その娘を最初に見たのは、駅のロータリーから少し離れたところにある鉄道の踏み切りだった。踏み切りの脇のガードレールに軽く腰かけるような形で立っていた。
その娘は身体の細い、そして色の白い女の子だった。
夏の風景にそぐわないほどの肌の白さだ。
まだずいぶん若い、16歳くらいだろうか?
アイボリーの、丈のやや長めのノースリーブのTシャツに、
水色のショートパンツ、
そこからちょっと意外なほど長く伸びている白い脚が印象的だ。
ショートパンツと同じ水色のバスケットシューズを履いていて、
そこだけ少し男の子みたいに見える。
柔らかそうな髪は色素の薄めな茶色で、
それが強い日差しを受けて金色に光っている。
肩にかかるくらいのショートヘアから覗く顔は小さく、
対照的に大きな瞳は猫のように見開かれ、
通り過ぎる人々を見ている。
シンイチロウは人混みのなか、車道を挟んだ歩道からその娘を見ていた。
駅前の食料品店で食材を少し買い、アパートに戻る途中だった。
可愛いな、
そう思った、次の瞬間、目が合った。
その娘はシンイチロウと視線を合わせ、少し間をおいて、目を大きく見開いた。
驚いたような表情、小さく口が開いている。
シンイチロウはすぐに視線をそらした。
いけない、ジロジロ見てしまっていたかも知れない。
早く通り過ぎたかったが、それは今は無理だった。
決まりの悪さに耐えながら、松葉杖を漕ぐように、
ゆっくりとその場から何とか逃れた。
少しして落ち着くと、あの時の彼女の、驚いたような瞳の色を思い浮かべた。
思いがけず探し物を見つけ、少し慌てたような、・・・。
昔の知り合い?
とも思ったが、記憶の限りにおいて、あれほどの美少女に、知り合いはいなかった。
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