第2話:はじまり
その日もオレはいそいそとノートパソコンを開くと、動画サイトで武道系の動画を・・・、個別の名称を挙げて言うと、
■黒田鉄山と、
■甲野善紀と、
■天心流兵法と、
■ブルース・リー
の動画を、とっかえひっかえ視聴していた。
忙しい仕事の影響で長く遠去かっていた武道ではあったが、最近ふとしたキッカケから再び目覚め、帰宅後、食事と入浴を済ませた午後十一時からの三〇分程度、居間の鏡の前で簡単な立ち稽古を行い、それから十二時までの三〇分間、武道系の動画を見て知識を深めるというのが、ここ数ヶ月間のオレの日課となっていた。人手不足が深刻な設備点検業界にあって、休みもロクに取れない激務に晒される日々の中、それはささやかだけど掛け替えの無い、大切な息抜きとなっていた。
その日、ふと気付くと十二時三〇分をすでに回っていた。やっちまった、明日は寝不足だ。もう寝ようと思いパソコンの電源を切ろうとして、ちょっと待てよ、と思いながら、
■モウドクフキヤガエル
と入力し、画像検索をかけた。
先週、夜間作業で湘南方面の某駅前のデパートにて設備点検に従事している時、雑貨売り場の一角に、なぜだかカエルのぬいぐるみがいっぱい置いてあるショップがあった。というか、カエルのぬいぐるみしか無い。鮮やかな青色に黒い水玉だったり、黄色に紫色のしましまだったり、非現実的な色彩のカエル達だ。
「こんな派手な色のカエル、本当にいたら怖いですね」
と、夜の売り場を一緒に歩いていた西久保さんに声を掛けた。西久保さんはオレより一回り近く年上の同じく設備点検業者で、この業界にはめずらしく生物をはじめ色々な学問ジャンルに明るく、眠気覚ましの軽い世間話のつもりでそう話し掛けたのだ。
「ああこれ、モウドクフキヤガエルですよ」
西久保さんが言った、意外な答えだった。
「モウドクフキヤガエル?」
こんな派手な色の生き物、ホントにいるんですか?と聞いて見たら、南米に分布する猛毒のカエルで、ホオジロザメと並ぶほどの危険生物だ、という。
画像検索をかけ、2~3秒待つと、色鮮やかなトカゲの画像が、画面いっぱいに無数に表示された。
なるほど、これか。
ごく小さい、しかし毒々しい色彩の生物だ、警戒色なのだろう。
コバルトフキヤガエル、マダラフキヤガエル、イチゴフキヤガエルという赤いヤツも、かなりヤバそうな色だ。
そう、その目が痛くなるほどのカラフルな画像のなか、ひとつだけ、白黒の、地味な画像があったのだ。
それはマンガか何かのようだった。
そこには女の子のイラストと共に、
「モウドクフキヤガエル、R18、おかっぱ多めです」
という、意味不明のメッセージが表示されていた。何だろう?
今は思う、
止せば良かったと。
パソコンの電源を切って、
そのまま寝てしまうべきだったと。
しかしオレは、R18という文字に吸い寄せられるように瞬間、クリックしてしまったのである。
2~3秒後、ウェブサイト画面が開いた。
地獄のフタが、開いたのだ。
その後、オレが目にした複数の、いわゆる同人マンガ作品について、その内容を説明するのはここでは差し控えたい。内容が極めて「不適切」だからだ。
モウドクフキヤガエルというのは、人気のある同人マンガ作家の名前で、繊細でキレイな筆致と、力強く大胆な表現力を併せ持つ、才能のある作家だ。
登場人物の表情と、その眼差しで、刻々と移ろう、嫌悪、怒り、羞恥、苦痛、絶望、或いは愛着、といった感情の、そのディテールを描き切る。読者はその感情の流れのダイナミズムに驚かされ、そして、そのまま心を掴まれてしまうのだ。
しかし、問題なのはそのジャンルで、何と言うか、一番ヤバイ奴だった。
その日、未明だったが、最後に読んだ作品が忘れられなくなってしまった。
本当に忘れられなくなった。
この後、この日から数えてちょうど一週間、オレはこの作品のヒロインである
「かえで」という少女のことを、
片時も、忘れられずに思い続け、考え続けることになる。
確かこういう状態のことを世間では、恋と呼ぶのでは無かったか?
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