ドッペルゲンガーは、しかし何も語らなかった。

刈田狼藉

第1話:序文

 もうダメだ、と思った。

 こんな筈じゃなかった、と頭を抱えた。

 変態じゃないか、変態になっちまったオレは、そう考え、焦り、そして歯軋りした。

 視界が暗くなった。

 変態、ああこの言葉を使いたく無かった。

 しかしこの一週間の間にオレを襲った鳥肌が立つほどの自己嫌悪と、

 すぐそこまで迫った破滅の予感の、

 その凄まじさを伝えるのに他に適当な言葉が見つからない。


 俺は四十歳の設備点検業者だ。

 何か特別な才能がある訳じゃないし、人を惹きつける魅力や人望がある訳でもない。

 しかし切れ目無く押し寄せる仕事に追いまくられ、工期や社会的責任に背中を焼き焦がされ、全力疾走で、何かから逃れるように命からがら走り続けてきて、ふと気付くと今ようやく、一個の独立した業者として業界の一角に小さくとも地歩を得た・・・、

 そんな何処にでもいる、

 普通の、

 そう、ごく普通の、

 四十歳のオッサンである、・・・ハズだった!


 血を吐く思いで、

 ゼェゼェ息を切らせながら、

 色んなモノを投げ捨てて、

 全力で、全力で走ってきて、

 その挙句の果てがこれか?


 アイデンティティ崩壊寸前の、極度に不安定な精神状態で、

 俺は鏡の前に立ってみる。

 そこには坊主頭で、なおかつ前頭部のハゲた、四十絡みの男の顔がある。

 言っておく、ハゲてることを恥じたことなど無い。

 さらに言っておく、むしろハゲてる方がいい、と断言できる。

 いや笑わないでもらいたい!笑うな!

 これはこの歳になるまで世の中の荒波に悪戦力闘してきた俺の、処世訓とも言うべきものだ。

 若く見えるとその分ナメられる。

 これは多くの社会人が、知りながら何故か語らない、ごく当然の真理だ。

 この歳になって急に仕事が、特に取引先や監督官庁担当者との人間関係が、スムーズに行くようになったは、外見が老けてきたことと密接な関係があるように感じる。

 いや実力が付いたから、

 いや知識や経験が深くなったから、

 勿論それも一理あるだろう。

 しかしそれだけだと思うのは勘違いだ、自分を高く買いすぎだ。

 頭はハゲてたほうがいい。

 白髪はあったほうがいい。

 腹は出てたほうがいい。

 話はオッサンくさいほうがいい。

 俺は戦国時代物の歴史小説ばかりをヒマを見つけては漁って読むが、

 戦国時代物の歴史小説なんて、本当は大嫌いだ!

 世の中に蟠踞する強者どもに非力な俺が伍して行くために、歳相応のオッサンになりたくて読んでいるんだ、当たり前じゃないか。


 それがどうしてこんな、

 情けないことになってしまったのか?

 順を追って話したい。

 恥は承知の上だ。










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