第十六話 英巡洋艦二隻撃沈

 第二次攻撃の要請をうけた南雲中将は、雷装して待機していた艦攻に爆装への転換を命じるとともに、帰投する攻撃隊の収容を指示した。ところが、索敵に出していた索敵機のうち、利根機が一三〇〇に北緯三度一分、東経七七度五八分に英巡洋艦らしきものを発見した。


「敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ 出発点ヨリノ方位二六八度一五〇浬 針路一六〇度 速力二〇ノット」


 直ちに接触のため、筑摩と利根から水偵を発進させるとともに、爆装に転換中の艦攻に対し再び雷装への転換を命じた。そして、発艦可能時間の回答を求めた南雲中将は、その予想外の時間に唖然としたが、早急に攻撃隊を発進させなければ遁走されてしまうかもしれなかった。艦隊司令部は艦攻隊の装備完了を待たず、艦爆隊のみでの攻撃を命じた。艦攻隊は装備が完了次第発進するよう指示を出した。この経過を見ると、のちのミッドウェー海戦と同じような状況が起こったのである。幸運はまだ日本海軍に在った。悪いことに阿武隈の偵察機は敵艦を発見したが、駆逐艦発見と報告していた。駆逐艦と巡洋艦では大きな違いである。

 これに司令部はさらに混乱した。敵は巡洋艦二隻と駆逐艦二隻の別々のものなのか。単なる見間違いがいなのか。


先任参謀が主張した。

「目標が駆逐艦ならば、これは後回しにして、コロンボで打ち漏らした残りの商船を攻撃すべきです」

 これに対して源田参謀は反論した。

「苟も敵の海上兵力を発見した以上、たとえそれが駆逐艦であろうとも、これを見逃す法はありません」

「しかし、コロンボ港内にはまだ多くの商船が無傷で残っている。これも叩いておかねばなるまい」

「いや、たとえ駆逐艦二隻であっても、こちらを撃沈することが重要です」


 議論が数分続いたが、結局、駆逐艦をやると結論した。駆逐艦であれば、艦爆隊だけでやれるであろうと考えたからだ。しばらくして、二隻は巡洋艦であることが判明した。コロンボ攻撃から帰還してきた艦攻隊も魚雷装備の為の装置転換作業で、格納庫内は修羅場であった。

 司令部はこのまま待ってはいられない。獲物が逃げてしまう恐れがあるからだ。艦爆隊だけでの発艦を決意した。


「一五〇〇発進敵巡洋艦ヲ攻撃セヨ 進撃針路二三五度敵針二〇〇度 速力二四ノット 右ニ間ニ会ハザルモノハ後ヨリ行ケ」


 この二隻の英巡洋艦は「コンウオール」と「ドーセットシャー」でコロンボ港から脱出したものだった。


 二隻の巡洋艦の要目は次のようであった。

コンウオール

 基準排水量 九、八五〇トン

 全長    一九二、〇メートル

 最大速力  三一・五ノット

 兵装    八インチ五〇口径連装砲 四基

       四インチ四五口径連装高角砲 四基

       二ポンド対空砲  四基    

       二一インチ四連装魚雷発射管 二基

       カタパルト 一基 

       水上機   三機

ドーセットシャー

 基準排水量 一〇、〇三五トン 

 全長    一九二・八六メートル

 最大速力  三一・五ノット

 兵装    八インチ五〇口径連装砲 四基

       四インチ四五口径連装高角砲 四基

       二ポンド対空砲  四基    

       二一インチ四連装魚雷発射管 二基

       カタパルト 一基 

       水上機   二機


 一四四九に赤城より阿部大尉率いる一七機、一四五九飛龍より江草少佐率いる十八機、一五〇三蒼龍より小林大尉率いる十八機が飛び立った。攻撃隊の編制である。この攻撃隊を掩護する戦闘機は無で発進している。


総指揮官 江草 少佐

空母 赤城

  九九式艦爆十七機 (二五〇キロ×十七)

  指揮官 阿部善次 大尉

  第一中隊 

   第一小隊 一番機 操縦 阿部善次 大尉

            偵察 斉藤千秋 特務少尉

        二番機 操縦 秋元 保 一飛曹

            偵察 土屋睦邦 一飛曹

        三番機 操縦 菊地五一 三飛曹

            偵察 飯田好弘 二飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 田中義晴 一飛曹

            偵察 大渕珪二 中尉

        二番機 操縦 雨宮伊佐男 三飛曹

            偵察 佐藤直人 二飛曹

        三番機 操縦 芥川武志 一飛

            偵察 佐々木三男 一飛

   第三小隊 一番機 操縦 鈴木 要 一飛曹

            偵察 前川賢次 飛曹長

        二番機 操縦 武居一馬 一飛

            偵察 原田嘉太男 二飛曹

        三番機 操縦 長島善作 一飛

            偵察 西山 弘 三飛曹

  第二中隊 

   第一小隊 一番機 操縦 山田昌平 大尉

            偵察 野坂悦盛 一飛曹

        二番機 操縦 望月伊作 一飛

            偵察 土屋亮六 二飛曹

        三番機 操縦 石井信一 二飛曹

            偵察 山下敏平 二飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 高野秀雄 一飛曹

            偵察 清水竹志 飛曹長

        二番機 操縦 向後 栄 二飛曹

            偵察 山本義一 一飛曹

        三番機 操縦 山川光好 一飛

            偵察 青木豊三郎 二飛曹

   第三小隊 一番機 操縦 古田清人 一飛曹

            偵察 川井 裕 一飛曹

        二番機 操縦 大野 孝 一飛

            偵察 長谷川菊之助 一飛

空母 蒼龍

  九九式艦爆 一八機(二五〇キロ×一八)

  指揮官 江草隆繁 少佐

  第一中隊

   第一小隊 一番機 操縦 江草隆繁 少佐

            偵察 石井 樹 特務少尉

        二番機 操縦 山崎武男 二飛曹

            偵察 遠藤 正 一飛曹

        三番機 操縦 須藤一郎 二飛曹

            偵察 山口 積 二飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 小井出護之 大尉

            偵察 山本 博 飛曹長

        二番機 操縦 朝倉 暢 一飛曹

            偵察 石田重吉 一飛曹

        三番機 操縦 山中正三 二飛曹

            偵察 土屋嘉彦 二飛曹

   第三小隊 一番機 操縦 菅原 隆 飛曹長

            偵察 山口幸男 飛曹長

        二番機 操縦 岡田忠夫 一飛

            偵察 高橋秀吉 二飛曹

        三番機 操縦 渡辺 敏 一飛

            偵察 中竹 悟 二飛曹    

第二中隊

   第一小隊 一番機 操縦 池田正偉 大尉

            偵察 寺井 栄 飛曹長

        二番機 操縦 土屋庚道 一飛曹

            偵察 藤田多吉 一飛曹

        三番機 操縦 藤田辰男 三飛曹

            偵察 金賀五郎 一飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 中川紀雄 一飛曹

            偵察 栗原一彌 中尉

        二番機 操縦 井後茂雄 三飛曹

            偵察 寺元英己 一飛曹

        三番機 操縦 遠藤定雄 一飛

            偵察 水谷廣恵 三飛曹

   第三小隊 一番機 操縦 山田 隆 一飛曹

            偵察 船橋金三 一飛曹

        二番機 操縦 加藤 求 一飛

            偵察 土井安松 二飛曹

        三番機 操縦 小瀬本國雄 一飛

            偵察 高野茂雄 二飛曹

空母 飛龍

  九九式艦爆 一八機(二五〇キロ×一八)

  指揮官 小林道雄 大尉

  第一中隊

   第一小隊 一番機 操縦 小林道雄 大尉

            偵察 小野義範 飛曹長

        二番機 操縦 﨑山 保 一飛曹

            偵察 前田 孝 飛曹長

        三番機 操縦 坂井秀男 一飛

            偵察 福永義暉 一飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 下田一郎 中尉

            偵察 住吉 語 一飛曹

        二番機 操縦 山田喜七郎 一飛曹

            偵察 内ノ村 保 一飛曹

        三番機 操縦 中尾信道 三飛曹        

            偵察 岡村栄光 一飛曹

   第三小隊 一番機 操縦 中川静夫 飛曹長

            偵察 吉川啓次郎 飛曹長

        二番機 操縦 土屋孝美 三飛曹

            偵察 宮里光矢 二飛曹

  第二中隊

   第一小隊 一番機 操縦 西原敏勝 飛曹長

            偵察 山下途二 大尉

        二番機 操縦 大石幸雄 一飛曹

            偵察 田島一男 飛曹長

        三番機 操縦 黒木順一 三飛曹

            偵察 村上親愛 三飛曹

   第二小隊 一番機 操縦 中沢岩雄 飛曹長

            偵察 中山七五三松 特務少尉

        二番機 操縦 瀬尾鉄男 一飛曹

            偵察 安田信恵 一飛曹

        三番機 操縦 近藤澄夫 一飛

            偵察 清水 巧 三飛曹

   第三小隊 一番機 操縦 川畑弘保 一飛曹

            偵察 石井正郎 飛曹長

        二番機 操縦 池田高三 二飛曹

            偵察 板津辰雄 三飛曹

        三番機 操縦 渕上一生 一飛

            偵察 水野泰三 一飛

      

 

この間、利根機より報告が入った。

「敵巡洋艦二隻見ユ 出発点ヨリノ方位二三五度一五八浬 針路二〇〇度速力二六ノット 一四四五」


 この報告に利根艦長は再度艦種の確認を要請した。


「敵巡洋艦ハケント型ナリ 敵巡洋艦付近ニ敵ヲ認メズ 視界二〇浬 一五四五」

 司令部は五航戦に対し、艦攻隊の発進準備を命じた。


 攻撃隊指揮官江草少佐は、敵巡洋艦二隻を発見し攻撃を下令した。


一五五四「敵見ユ」


 江草少佐は爆撃に有利なように、編隊を導いていった。


一六二九「突撃セヨ」


 を打電し、太陽を背にして爆撃を開始した。江草少佐機が一番に降下し、それも艦尾に見事命中させた。普通、一番最初の投弾は、回避されてしまう可能性が高いが、流石にベテランの少佐機は命中させてしまう。艦爆隊は次々と爆弾を命中させていった。約二〇分間の爆撃で二隻の巡洋艦に五十二発中四十六発を命中させて瞬く間に撃沈した。一六五八には海面から両艦は消えていた。四百二十四名の将兵が艦と運命をともにした。

翌日現場海域に到着した巡洋艦、駆逐艦により一、二二二名が救助された。この撃沈劇により各空母の雷装の準備は解除された。

 

 空母飛龍艦爆搭乗員の板津二飛曹の手記をみてみよう。

 (板津辰雄著「真珠湾からインド洋へ」雑誌丸別冊 太平洋戦争証言シリーズ⑧『戦勝の日々』所収 潮書房)


 『攻撃隊の発進一時間四十五分後、指揮官機からの「全軍突撃セヨ」のト連送が傍受された。攻撃隊のほうはそれでいい。ケンダリー基地では猛訓練をやってきたのだから、戦果が期待できるだろう。ところが待機している艦爆隊には、いっこうに索敵機から「空母発見ス」の報告がこない。そのうちコロンボ攻撃隊が帰還しはじめた。時計を見るともう一二時五十分になっている。やれやれ、こちらは待ちぼうけかとガッカリしていたところへ「利根」の索敵機から吉報が飛び込んで来た。

「敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ 出発点ヨリノ方位二百六十八度 百五十マイル 針路百六十度 速力二十ノット」

 場所はセイロン島の南東海面だ。この情報がわれわれ搭乗員には、敵巡洋艦はアフリカに向け逃走中と知らされた。

「やれやれ、アフリカまで逃げるんだとよ、えらいこっちゃな」

 当たるところ敵なしで、母艦隊員はすでに敵を呑んでいた。ところが、その後いっこうに発進命令が出ない。ところが、その後いっこうに発進命令が出ない。ジリジリして待つこと一時間半。ようやく発艦したのは午後二時四十九分だった。別の水偵の報告が「駆逐艦二隻」と伝えてきて、司令部が迷っていたのだ。

 発進して約五十五分後、左前方二十度に単縦陣で南西に向けて航行する二隻の敵艦が見えてきた。速力は約十八ノット。攻撃隊の針路も南西方向の二百度。敵艦を後方から追跡する格好である。

 敵艦との中間に、高度三百メートルから千メートルに密雲があった。それに隠れて接敵し、さらに太陽側から巧みに近づいた。

 午後四時二十九分、「突撃セヨ、爆撃方向五十度、風向二百三十度、風速六メートル」

 艦爆隊指揮官江草少佐の突撃命令だ。爆撃方向五十度というのは、風が南西の二百三十度から吹いているから、風上に回って風を背に爆撃せよということである。突撃下令で、飛龍隊の十八機は、小林大尉機を先頭に単縦陣をつくりながら、敵艦の逃げる鼻先を押さえ込むように大きく左旋回しながら爆撃進路に入った。このとき、敵はようやくわれわれに気づいたらしく、白い航跡が長く伸びだした。速力を上げたのだ。約二十六ノット。死にもの狂いの全速だ。

 小林大尉機が一番艦にねらいを定めて急降下に入った。敵艦からパッ、パッと高角砲を撃ちあげてきた。しかし、たちまち初弾命中、火柱があがった。三本ならんだ煙突の真後ろだ。二弾目もほぼ同じ。対空砲火は数分で沈黙して、あとはつぎつぎと二百五十キロ爆弾が吸い込まれるように直撃していった。

 速力が急に衰えると、しばらくジグザグ航行していたが、やがて左回りに小さく円を描き出し、左に横倒しになって艦首から沈んで行った。初弾命中からわずか十三分だった。

 二番艦も横倒しになり、艦尾から没しようとしていた。爆撃開始から二隻を撃沈するまで二十分間。われながら完璧な攻撃だった。いずれもが英重巡で、一番艦が「ドーセットシャー」、二番艦が「コンウオール」である。』


 インド洋の日没は遅い。一九二〇頃南雲部隊に近づく英ソードフィッシュ二機の姿があったが、上空掩護の零戦は発見できず、友軍艦艇からの発見信号でやっと気づき、飛龍の零戦隊が緊急発進して一機を撃墜したが、一機は遁走に成功した。この日の戦闘は幕を閉じた。ソードフィッシュは英空母「インドミタブル」から発進した索敵機で、一機は撃墜されたが、サージェス中尉機は被弾したものの、かろうじて母艦に帰還したが、日本艦隊発見には至っていなかった。もし、日本艦隊発見の報告を入れていれば、英主力空母対南雲機動部隊の戦闘が珊瑚海海戦以前に、最初の空母戦として記録されたかもしれない。南雲司令部は、艦載機の来襲は英空母が近くに存在することを思わせ、当然、索敵を実施したが、日本側も英艦隊を発見するに至らず、予定通りトリンコマリー攻撃を実施するため

の針路をとった。


 巡洋艦二隻撃沈の報告を受けたチャーチル首相は落胆した。

「日本の海軍航空隊の成功と威力は、真に恐るべきものだった。シャム湾ではわが第一級戦艦二隻が魚雷を積載した飛行機によって、数分間で沈められた。そして、いままた二隻の貴重な巡洋艦が、急降下爆撃という全く異なる手法で沈められた。ドイツとイタリアの空軍と戦った地中海では全期間を通じて、かかることはただの一度も起こっていない」

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