第27話
「あちゃあ、やっちまったな」
「ちっ、間抜け共が……」
呼ばれて来て、現場を見て悟る。
どうせならもう何人か罠に掛かってしまえば良かったが、それでも罠による犠牲者が出たというのは悪くない。
「どうする。俺が行こうか?」
「いるかよ!」
突如、ギュスタフがアサルトライフルをフルオートでぶっ放す。傍にいたフィオが慌てて耳を塞ぐほどに暴力的なそれは、マガジンが空になるまで数秒間ほど行われた。
「お前らも適当に撃ちまくれ!」
「……は、はい!」
入口から撃ちこまれた弾丸は多くの鉄線を貫き、力技で罠を無力化していく。
シンプルだが、この手の罠には悪くない手だった。無闇に壁を傷つけるため、歴史的な価値を完全に無視すればの話だが。
そこから慎重にライトを照らしてゆっくりと進み、残った罠を解除し、或いは避けながら進んでいく。
ただ、それでもその過程で更に二人が犠牲になった。
「ここは……」
呟いた声がやけに響く。
ライトで照らして尚、奥が見えないほどの広大な地下空間がお出迎えする。
比較的大きな遺跡に分類出来る地上部分でさえ、所詮は極一部に過ぎなかったと知った。
この部屋だけで、地上の神殿がすっぽり入るほどの大きさだ。
恐らく、天然の地下洞窟を利用して作られたのだろう。いざという時には一族郎党引き連れ、本当に千人近い人数が逃げ込む事すら可能だったのではないだろうか。
「おい、テメエ。ここはどういう場所だ?」
この空間に見惚れている間に、いつの間にかギュスタフが傍まできていた。まだ見ぬ罠に対する警戒心が見て取れる。
「恐らくだが、非常時にここへ落ちのびた時の為に、部下や物資を収容するための広間だろうな。まだ奥へ続くだろう。まあ見ての通り、調べ終えるまでに相当な手間がかかりそうだ」
罠のある可能性は低いだろうとは言わないでおく。
もし予想を外した時に面倒な事になるのと同時、隙を作り出すためにはまだ時間が必要だからだ。
緊張する時間を長くすれば、それだけギュスタフやその部下の神経をすり減らす事になる。
「…………チッ! おいお前ら! 手分けして調べる。二十人程別れて探せ!」
「恐らく、壁や柱に等間隔で松明が置いてあるはずだ。そいつに火をつけていってくれ」
命令を行動に移そうとしていたギュスタフの部下達に追加のアドバイスを出す。
本来、俺の指示を聞くかどうかはギュスタフ次第だが、この手のアドバイスは素直に聞くようになった。
よほど、罠による仲間の死が堪えたのだろう。
常に見張りはいて、おかしな真似をすれば射殺されるのは変わらない。それでも少しずつ、頑なだった警戒心が薄れている事を実感出来る。
壁伝いに、左右に分かれた階段に沿って下へと降りて行く。
そうして少しずつ、ぽつりぽつりと奥へ向けて灯りが灯るようになった。
「まったく、ここへ来て驚かされてばかりだな」
「「「…………」」」
この場所からの光景を見る者は言葉を失った。
全ての松明に火が灯り、全容が明らかになったからだ。
一体誰が、あの神殿の地下にこれほど広大な空間が広がっていると想像しただろうか。ここから見た限り、奥行きは百メートル以上あるだろう。
太い石柱が幾本も天井を支え、その威容を知らしめる。
松明のある場所の幾つかには壁に絵が描かれており、高さおおよそ三メートルの絵が全部で四枚ほどある。
しばらくの間はそこで立ち尽くしていたが、やがて気を取り直して階段へ向かう。
「どこへ行く?」
ギュスタフが止める。ご丁寧に、下手な動きをすればすぐに撃てるように銃を構えて。
「見ろよ、松明に照らされたあの壁画。これが遺跡にある場合、その理由はおおよそ二パターンだ。勝者に塗り替えられた歴史を伝えるためか、この先の罠に対する攻略法を伝えているのか。そして、恐らく今回は後者だ。今後を考えれば、蔑ろには出来ねえのさ」
「…………」
別に嘘というわけではないが、そもそもこの発言が嘘かどうかすら分かっていないのだろう。
だが同時に、取り巻く現状は圧倒的不利でありながらも知識面で優位にいるから、よほど下手を打たない限り殺される事はないと確信している。
「いいか、この場における専門家は俺だ。ここまでたどり着いたのも俺だし、ここから先、間違いなく必要になる知識を持っているのも俺一人だ。不審な動きをするつもりはないから、後は好きに動かせてもらう。それが嫌なら、勝手に行って勝手に死ね。迂闊な奴から死ぬのは、戦場も遺跡も変わらねえ」
「…………いいだろう。だが、下手な真似をすれば分かってるな?」
「もちろんさ」
やはり、あの時部下が罠で死んだのが効いている。逆上されるリスクはあったが、今の所全てが上手くいっていた。
少しずつ、天秤は水平に戻りつつある。
相手の気分一つで殺されるリスクは減り、自分自身の価値を認めさせる。綱渡りのような慎重さの中に、命を担保に攻めるギリギリの大胆さを求められる中で上手く渡り歩けている。
調査の過程では一つ一つ慎重に調べる。
今もまだ綱渡りの途中で、一手仕損じただけで死にかねないのだ。それもチップにはフィオの命まで懸かっている。
ああまったく、責任重大だなと独りごちる。指を舐めて湿らせ、それとなく柱の一つを触る。それを幾度か別の場所で繰り返しながら、一通り全体を見回った。
ある程度時間が経って警戒が緩んだのか、監視役の一人が何気なく近くの柱に手を伸ばす。
「下手に触るなよ? ただの壁に見えても、何があるか分からない。そのせいで罠が発動しても、俺は責任をとらねえからな」
「うっ!」
おっかなびっくり、興味本位で手を伸ばそうとした男が慌てて手を引っ込める。
遺跡で迂闊な行動をした者がどうなったかは誰もが知るところとなったのだ。
「慎重になる事だ。中には一発で一網打尽、なんて物騒な罠もあるんだ。発動すれば皆殺しになっちまう」
「…………」
絶句する男だが、何も怖がらせようとしたわけではない。結果としてそうなったが、本当にそんな罠だって存在する。
遺跡という空間は試練によって宝を得るべき人を選ぶ。日常という陽の当たる舞台からは程遠い、どこまでも未知というロマンに溢れ、そして危険に満ちた物騒な場所なのだから——
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