第26話 五章
「おら、さっさとしろ!」
「そんなに焦らなくても宝は逃げねえよ」
背中を銃で突つかれながら森の中、先頭をひたすら歩く。
村から陽の沈む方向へ歩き始めて既に二時間以上経っていた。
それでもまだ目的地へは着かない。
倒れて苔むした古木を掻い潜り、川を横切る際は足を滑らさないよう注意しながら歩かなければならないのだ。簡単に進めるわけもない。
だけどそれすら気が急いている男達にとっては苛立つ要因になるようだ。
とは言えここで足を速めるわけにもいかない。
そうすれば鍛えているギュスタフ達はともかく、そうでないフィオへの負担が大きい。
それではいざという時に困るから、余力を残す事を意識して行動しなければならない。
故に淡々と、更に三十分ほど歩いた場所に、それはあった。
開けた場所に姿を現したのが、お目当ての遺跡だ。
「……すげえ」
「「「…………」」」
その光景を真っ先に見た男の呟きが、同じ光景を見ている全ての人間の言葉を代弁していた。
ここへ来るまでは縦列を組んでいたというのに、誰もが前の人間を避けてその全容を見ようとしたせいで隊列が乱れる。
それほどまでに、ここの景色は圧倒的だった。
当時の技術の粋を集めて建てられた芸術性と建築技術の融合は、それだけで訪れた者の心奪うものだ。十メートル近い高さを誇る、遺跡というより神殿に近い景観。魔女のイメージとは正反対の清浄ささえ感じさせる空間だ。
半分近くが苔で覆われただけでなく、蔓や蔦までかかっている。
随分と長い間、人が寄りつかなかった事が見て取れた。
恐らく地下から湧き上がる水がその神殿の頂点まで汲まれているのだろう。そこから水が出ているようで、外壁部の至る所に水路が張り巡らされ、周辺一帯に水が行き渡っている。
神殿のすぐ傍には上から滝のように水が落ち、出来ている池がある。
年代を経た事で痛み、所々が欠けているが、白い通路は今もまだ眩しい。
石柱が道の左右で均等に立ち並び、その先に神殿がある。だが、そこに至るよりも前に、小さな祭壇があった。
周囲を見れば一部は監視がいるものの、思い思いにあちこちを探索する者がほとんどだ。
「…………ここか」
だからこそ、士道もまた不信に思われないよう堂々と、遺跡への道を行く。道中にあった石柱一つ一つを調べながらゆっくりと進み、その祭壇に辿りついた。祭壇に出来ていた小さな窪みにある、僅かな水溜まりに五指を浸してみる。
「おい! 油売ってないでさっさと行け!」
ギュスタフが背後から声をかけた。
「そう急かしなさんなって。どうせ一番乗りなんだ。お宝は逃げねえよ」
「チンタラ進むのが性に合わねえだけだ!」
「俺がいなけりゃ進歩なかったんだろ? 考古学者みたいに発掘に何年も掛けるわけでもないんだ。多少時間を使ったっていいだろうによ……」
「かと言って、ここでもたつくのは
「おいおい、もっとプラス思考でいこうぜ? 俺がいたからここを見つけ、俺がいたからお宝が手に入る。つまり、唯一お宝へ辿りつけるはずの俺がヘマしないようゆっくり、慎重にいかせろよ」
本番は、ここからなのだ。
「遺跡なんて何が起こるか分からない人外魔境なんだぜ? たった一回のミスで全部がおじゃんになるよりは、慎重にやって確実に手に入れる方が合理的だろ? 時間が掛かるったって、どうせ数時間程度の誤差なんだからよ」
「…………チッ。勝手にしろ」
舌打ちで返すが、否定はしなかった。いや、出来ないというべきか。
指揮権こそギュスタフにあるが、この場の主導権は俺が握っている。
ここを発見する事も出来なかったギュスタフと、実際に辿りついた俺では発言の重みが違う。
「おい、お前ら! 何か怪しい物がねえか調べろ!」
だが言い負かされた事が癪だったか、八つ当たり気味に部下へ怒鳴り散らす。
「一応忠告しておくが、迂闊な行動をとって死んでも責任はとらねえぞ」
「そんな間抜けは俺の部下にはいねえ!」
「へいへい」
ギュスタフは激情に駆られ、冷静さを失っていた。いや、部下もだろう。今や俺に対する怒りこそほとんどないものの、やはりどこか浮ついている。それほどまでにこの遺跡に驚かされたのだろうし、だからこそまだ見ぬ宝を得た己を自然と妄想しているのだろう。
これほどの遺跡が手つかずで残っているのだから無理もない。
石柱、祭壇、そして神殿の周り。それらを一通り調べてみるが、特にこれといった仕掛けや、今後の参考になりそうな図や言葉の類はなかった。そして彼らは、調べている間に焦れたのだろう。
一部の者らが神殿正面にあった扉に手を掛け、こじ開ける。
顔を覗かせた下へと続く階段は、入口こそ陽の光が差し込むものの、数歩踏み込むだけですぐに光なき暗闇へと変貌する。そして瞳はまだ、暗い場所に慣れていなかった。
だから、必要な知識を持ち合わせた上で、よほど慎重な者でもない限り、それに気付けるはずもない。人一人が辛うじて通れる狭い階段に張り巡らされたワイヤーは丁寧に黒色で、懐中電灯を使おうと簡単には気付けない。
結果、踏み込んだ男が足を取られ、正面へ倒れ込んだ。
挙げ句、その先にあった別のワイヤーに引っ掛かり、自重で自らの首を刎ね飛ばす羽目に陥る。
ドッと、湿気を帯びた重い物体が倒れる音。
そしてころころと、何かが転がるような音だけが遠ざかりながらいつまでも木霊する。
「……………………」
後続の男は何が起きたか理解出来ず、ただただ無言。
そこから数秒して、少しずつ男の脳に現実が浸透していく。
「……ら、ライリー? 嘘だよな? 性質の悪い冗談だろ? なあおい、いいからしょうもない真似してねえでさっさと起きろよ、なあっ!?」
すぐに駆け寄って、確認したいと思う感情がある。だけど、頭のどこかで現実を認めていた。既に死んでいると。
目の前で首が落ちたのだ。
だからこそ、迂闊に踏み込めるはずもない。
理性は踏み込むなと、強く警告を発していた。
そして男は気が付けば、後ろにいた者達に引き摺られるようにして外へと出ていた。
「はあ、はあ、はあ……っ!」
楽勝だと思っていた。
ここまでくれば殺し合いはもう起こらないとそう思った。それどころか任務達成のボーナスに留まらず、金銀財宝すら手に入るかもしれない。使い道はどうしようか。リゾート地へ行って浴びるように酒を飲み、女を抱き、仲間と共に何日も馬鹿騒ぎするのも悪くない。そう楽観して、この場にいた。
その中には勿論、先程死んだばかりのライリーも含まれていた。
それら全てが一瞬で崩れ去る。
「ライト照らせ! 何かあるぞ!」
そうして慎重に調べて初めて浮かびあがったのは、張り巡らされた鉄線だ。こうして種が分かれば、簡単に対処出来る。だがライトで照らして尚、簡単に見ただけでは分からないほどに細いそれは、やはり油断していれば引っ掛かってしまうだろう。
「チッ、これか……」
腹立たしげに近づいた男が手持ちのナイフで鉄線を切る。
それが、男の最期だった。
「ぐえっ!?」
「「「…………」」」
鉄線を切った事で発動した罠が矢を射出し、男の喉に突き刺さる。
あっという間に二人を失った所で、遂に残された者達は遺跡の恐ろしさを思い知る。
不法な侵入者を拒むために出来た罠は未だ健在だった。それに対処するためには、素人では犠牲ばかりを積み重ねる事になると。
「た、隊長!」
弾かれたように、慌てて一人が引き返す。他の男達はただ呆然と入口からその光景を眺めているだけ。入口からたった十歩程の距離しか進めず、それもこの短時間に二人の犠牲を出す羽目になった。
今や入口は魔物の口にしか見えなかった。欲深き者が自ら飛び込むのを待つかのように、大口を開けて待つ魔物だ。
深淵はどこまでも深く、地の底へ通じているほどに暗かった。
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