第24話
「よう、フィオ。二時間ぶり……くらいか?」
「…………少し見ない間に随分と良い男になりましたね。これからはずっとその状態でいたらどうですか?」
「だろ? だけど残念、中々こんな奇抜な美容師はいねえから、今回だけだろうよ」
「残念です。そこまで痛めつけられれば、さすがに大人しくなると思ったのですが」
「そういうお前さんは、随分としおらしいじゃねえの」
身体検査が終わった後、話し合いを終えてフィオと同じ部屋に軟禁される。
フィオの表情はその軽口に似合わず痛ましく、そして弱々しい。
今の俺は鏡を見なくても分かるくらいに、顔は腫れ上がっているのだろう。喋る度に痛みが走る。唾液は鉄の味ばかりがして、それに慣れたせいで既に味覚が麻痺していた。
服の下も痣だらけで、あらゆる場所を蹴られ、殴られ、そして叩かれた。
だけど明日にはここを発つ以上、ある程度手加減はされたようだ。
乱暴ながらも簡単な手当ても受けられたし、動く事に支障が出る程の怪我はない。
それに見張りが立ってはいるが、一定の自由も保障されている。
こうしてフィオと同じ場所に軟禁されているのも要求が通ったからだ。
無事が確認出来たし、なにかあれば庇う事が出来る。
それに、話したい事もあった。どうせ盗聴器の類も置いてあるだろうから、今後の作戦等、フィオに話せない事も出てくる。
それでも、こうして面と向かって話さなければならない事があるのだ。
「……なんで」
ベッドに腰掛けていたフィオの横に同じように座った時、消え入るような声でフィオが呟く。
だけどそれは、我慢して言わないようにしていた事がそれでも零れてしまったから。
一度堰を切れば、あとは一気に溢れだした。
「なんでこんな時にまでへらへらと笑っているんですか! 私にシドーが言ったような価値なんてありません! それにシドーが来なければ私は復讐を果たせましたし、シドーもクレアと宝を手に入れて終わりでした。それが最高の形だったのに、なんで来たんですか!!」
「そんな悲壮な覚悟決めたツラで言われてもなぁ……。最高の形ってのはな、悪い奴皆ぶっ倒して、そんで俺とクレアとフィオ。全員揃って肩並べて、笑い合ってお宝手にしてハッピーエンド! それに尽きるだろ。むしろそれ以外にあるか?」
「そんなのは理想に過ぎません! 頑張れば勝てるだなんて何も知らない子供みたいな事を言ってないで、大人としての対応をするべきだと言ってるんです! なんでこんな事すら分からないんですか!!」
「理想だよ。だから理想を叶えるために頑張るんだろ?」
今がどれだけ絶望的な状況かくらい、考えるまでもなく分かっている。
「馬鹿にしたって限度があるでしょう! 理想と現実は違います! 最善策が不可能になった以上、次善策をとるべきでした! ここでシドーまで死んだら、本当にただの犬死にです!」
「区別ならついてるさ。だから今もこうしてトレジャーハンターをやれてるんだ。これが、最善策だ」
だけど、絶対に譲れない物がある。
「平行線です」
「いいや、交わるさ。必ずな」
俺とフィオの差なんてほんの少しの人生経験程度だ。
議論が平行線に見えるのも、仕方がない。
だけどそれが違うと知っているから、確信を込めて言える事がある。
「頭良いのは知ってるけど、もう少しシンプルに考えてみろよ。ほら、試しに笑ってみろ。人生泣いて生きるより、笑って生きた方が何倍も良いだろ」
「家族を失ってすぐなのに、笑っていいわけがないじゃないですか! 能天気なシドーには分からないでしょうけど、私は独りになったんです! だからもう、私に構わないで……。もう、疲れたんです。独りに、させてください」
「駄目だ」
「なんで――!!」
だけどフィオは、それ以上の言葉を言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
鏡を見るまでもない。
出会った時のフィオと同じ目をしているだろうから。自分と同じ傷を抱えた人間だとフィオが理解した事も伝わった。
「分かるよ。俺も同じだ。二度、親を失った。最初は両親を。そして、そんな俺を拾ってくれた人をな。フィオ、お前さんは
同じ傷を抱え、孤独を知り、それでも生きている。
「だからこそ、俺だけはここでお前さんを見捨てちゃいけねえんだ」
フィオを見捨ててしまえば、自分自身を見捨てる事になる。
そんな真似だけは、死んでも御免だ。
「…………シドー、も……?」
「ああ……」
苦い経験だった。
一度だけでも死んでしまいたくなるような経験を二度もした。
一度目は、あの人がいたから乗り越えられた。
だけど二度目は、あの人の代わりなんていなくて、今も古傷は胸の奥でじくじくと痛む。
忘れられるものでもないし、忘れたいわけじゃない。ただ時折無性に、その届きもしない傷跡を掻きむしりたくなる時がある。
今も胸の一番奥で大切にしまわれているその想いを、どうすればいいのか持て余してしまう時が。
だけど今、その痛みに苛まされながらもこうして生きたいと思えるのは、間違いなくあの人のお陰だった。
「だったらどうして……そんな風に、笑えるんですか……?」
フィオは愕然と、目の前に宇宙人でも現れたかのように尋ねる。
「ああ、解かるさ。理解出来ないんだろ? ぐちゃぐちゃになってどうしようもない心の痛みを、喚いて当たり散らして自分の体をめちゃくちゃに傷つけて少しでも紛らわせたくなるってのに、どうして笑えるのか不思議だろ?」
なんて事はない。
「
あの人に救われた。
ただ、それだけだった。
「破天荒で訳が分からなくて、少しも合理的じゃないのにそのくせ結果だけはもぎ取ってくる男でな。親というよりは悪友って言葉の方がしっくりくるような人だったよ。当時の俺は跳ねっ返りだったけど、大人にもなって子供よりも無邪気な笑みで人生を楽しんでる姿を見て、その人と一緒に行動しているうちにいつしか自然と笑えるようになった」
俺自身は、何も出来なかった。
「……どうしようもなく、
ただ我武者羅に、その背中を追い掛けた――
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