第23話



「……まさか本気で来るとはな」



呆れや侮蔑が多分に混ざっているものの、少なからぬ称賛を込めたギュスタフの呟き。

実際、知り合って間もない少女のために命を懸けるなど……いや、命を捨てに来るなど、愚か以外の言葉がないだろう。

利用されるだけ利用され、用がなくなれば殺される。

誰もが分かっている事だった。



「約束通り来たぜ。フィオは無事なんだろうな?」

「勿論だ。丁重におもてなししてる。おい、連れて来い!」



ギュスタフが背後にいる部下へ怒鳴った。

そこから少しして、あからさまに嫌々連れてこられたと言わんばかりのフィオが半ば抱えられるようにして姿を現す。

遠目からは少し頬が腫れている程度で、他に目立った傷などは負っていない。

隈が出来ているのは、ちゃんと眠れなかったからか。体力的にも精神的にも多少は厳しいかもしれないが、まだ余裕はありそうだ。



「よう、昨日ぶりだな。むさ苦しい野郎に囲まれてちゃ窮屈だっただろ。だけどお兄さんが来たからにはもう安心だ」

「…………むさ苦しい男が増えただけで、何も変わらないです」



元気のない声。

いつも通りの返答。

だけどどこか、無理やり演技しているだけのように思うのは気のせいではないだろう。



「良い女には男が群がるもんさ。実際、中々に良い格好じゃねえか。男でも誘ってんのか?」

「釣れたのが馬鹿一人だけだったのが残念な限りです」



強引に連れてこられたせいか、フィオの服が少しはだけている。それでも強がるフィオだが、目尻に浮かんだ涙がその感情を物語っていた。



「なんで、来たんですか……」



まだ距離がありながら、不思議と、呟くような小声はなぜかはっきりと耳に届いた。



「私の知ってる事は全部、話しました。シドーなら、もう分かっているはずです。もう、私にそんな価値なんて――」

「ここにまだ、最高のお宝があるからさ」



だから言ってやった。



「お宝探すってのは楽しいけどよ。どんなお宝でも、かわいい女の子を犠牲にするほどの価値はねえよ。良い女こそ人類史上最高のお宝さ」

「…………やっぱり馬鹿です」

「そうさ。男ってのは、馬鹿な生き物なんだよ」



それだけの価値があると。

こんな形で死んじゃいけないと。



「随分とカッコつけたようだがその傲慢、高くつくぞ」

「女の子の前でカッコつけられないような、つまんねえ男よりはマシさ」

「……ふん、まあいい。宝はちゃんと手に入るんだろうな?」

「誰に物を言ってるんだ? お前の前に立つ男は一流のトレジャーハンターだ。狙った獲物は逃がさねえよ」

「どうやって、あの秘密に気づいた?」



今まで口を閉じていた男の一人。完全武装を整えている傭兵に混ざって、一人だけ武装していない男がいた。

堂々とギュスタフの横に立っている、細身の男だ。先の発言から察するに、今回の件で雇われたトレジャーハンターだろう。

神経質そうに先ほどから何度もメガネの位置を直している。



「まともな脳みそがありゃ楽勝だと思うぜ?」

「まぐれで引き当てただけのくせに、調子に乗るなよ。私には輝かしい実績があるんだ。キミのような、野良のトレジャーハンターには分からないだろうがね」



この程度の煽りで激しい反応を返す。

随分と、切羽詰まっているかのように。



「たった一度、偶然の発見をしただけの男があまり調子に乗らない事だ。私は今、情報を集めている段階でしかない。もう少しすれば、宝を手に入れるのが私だと証明して見せる」



ぺらぺらと一方的に情報を喋ってくれる。

大した進展がないという事。時間がないということ。

つまり、予想が正しかったということを。



「生憎と、アンタの事は知らねえな。けど、これだけの資金があって結果を出せないって時点で、程度は知れるぜ」

「テメエならやれたのか?」

「楽勝さ」

「なるほどな」



ギュスタフがにやりと笑った。

自然な動作で銃を抜き、その男の頭を吹き飛ばす。

誰も、何も言わなかった。

見馴れた光景とばかりに平然としている部下。そして驚きによって目を見開くフィオ。



「使えないゴミはいらねえ。せいぜい一流の証とやらを見せてくれや」

「……上等だ」

「おいお前ら、さっさとアイツを拘束しろ」



ギュスタフの指示を受けて、二名の部下が駆け寄る。

抵抗の意思がない事を示すため、両手は上げたままだ。



「丁重に扱ってくれよ? 俺は繊細なんだ」

「ああ、たっぷりともてなしてやろう。金糸雀カナリアとして扱き使ってやる」



すぐ後ろ手に拘束され、そのまま体を触られる。



「まずは身体検査だ。大人しくしておけよ」

「へいへい、分かってますって。だから武器は置いて、発掘に必要な道具だけ持って来たんだ。後でちゃんと返してくれよ……っておいおい、いきなり人の帽子を盗るなよな。最近どうにも髪が薄くなってんだから困るだろ」

「つまらん冗談はよせ。殺したくなる」



ギュスタフは心底くだらないと不快そうに吐き捨てる。



「まったく、これだから余裕のない男は困る。大切な物なんだ。調べるのは仕方がないにしても、フィオと同じくらい丁重に扱ってくれよ」



下手な動きをするつもりなどないが、周囲を囲む男達から殺意混じりの視線を受け流すのは苦労する。

随分と恨みを買ったようで、いつ暴発するかも分からない。

これだからモテる男は辛い。



「一緒にいた女はどうした?」

「お前らのせいで振られちまったよ。自殺には付き合えないとさ」

「ハッ! 違いねえな。さて、お前にはまだまだ聞きたい事がたっぷりとあるんだ。付き合ってもらうぞ」

「お手柔らかに頼む。お陰さまでけが人なんでね」



フィオから引き離された後で行われた尋問は、それからしばらく続いた。



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