第21話



「クレア……」

「ええ……」



互いに向かい合い、それとなく互いの背後を確認する。

まだ、敵は距離を詰めていない。



「囲まれてるわ」

「どうする……?」



クレアの真剣な表情。いつもの余裕は消え去った。



「多勢に無勢でしょうね。包囲の薄い点を突破する。それしかないわ」

「どっちに?」



逃げるしかないのは誰もが分かっている。防衛するには人数も弾薬も、ありとあらゆる物が足りていない。ただ、敵はどこにどれだけ配置しているのか、森に姿を隠しているので分からない。

ここまでしたのだ。クレアの言うとおり取り囲んでいるだろう。ただ、それが均等なのか、偏っているのか。この村へ来るための正規ルートは論外として、包囲の薄い点はどこか。そこを選んだとして選ばされて、罠が張られていたら。

果たしてどのルートなら逃げ切れるのか。

少しでも早く行動しなければいけない。だけど、下手に動けばやられる。

じり貧だ。

これ以上無駄な時間の浪費を避けるため、堂々巡りの思考に見切りをつけ、一か八かで動こうとしたその時だった。



「…………シドー、私を盾にしてください」



フィオが決意に満ちた瞳で見つめてくる。

フィオの発言は多大なリスクがありながら、しかし賭けるだけの価値がある提案だった。

他に案がない今、縋りたくなるほどに。



「駄目だ」



だが、すぐに否定する。

確かに、相手はフィオを生け捕りにしたいだろう。銃撃は止むはずだ。

しかし、元々敵に包囲されているこの状況で逃げ切れる可能性はそう高くない。

前後からの銃撃は問題なくても、横からの狙撃には対応しきれない。まして体力勝負になれば、間違いなく最初に脱落するのはフィオだ。

それに、女子供を盾にするような真似なんてしたくもなかった。



「では他に何か名案がありますか?」



そして、同様にフィオもまたその否定の言葉を否定する。



「…………」



こうしている今も、包囲は少しずつ完成していく。

いずれは万全の体勢で雪崩れこむだろう。



「シドー、時間がありません! それに、この辺りを一番知っているのも私です」

「士道、諦めなさい。納得いかないようなら、多数決でもしてみるかしら?」

「…………分かった。だけどフィオ、絶対に傍を離れるなよ」

「分かってます。でないとシドーがハチの巣にされてしまいますからね」

「俺だけかよ!?」

「当然です」

「当たり前じゃない」

「……ったく。だったら脱落せずについてこいよ、行くぞ!」



こんな時だというのに馬鹿を言えるなんて、随分と余裕じゃないか。

知らず、浮かぶ笑み。

もうこうなれば賭けだ。

三人で一丸となって敵を振り切り、森の中へ身を隠すため、一見して敵のいない方向へ走りだす。



フィオを先頭にし、続いて俺が。そして最後尾をクレアで固める。

間違ってもフィオに当たらない様、銃声は散発的で、それもあからさまに狙いを外していると分かる。

だから今、背後は追っ手との距離を気にする程度で、ほとんど気を配らない。むしろ進行方向で少なくない人数が待ち伏せしているはずだ。

森に入り順番を入れ替え、フィオは最後尾まで下げた。視野を広く保ち、僅かな変化を逃さないよう集中する。

クレアが右側の敵を撃った時には左側を見て、死角を常にカバーしながらの立ち回り。

そうして辛うじてながら、ここまで無事に来る事が出来た。だが――



「まったく、嫌になるくらい適切な対応じゃねえか!」



思わずそう吐き捨ててしまうほど、相手の動きは洗練されていた。

少しずつ距離を詰めながら組織的に追跡し、威嚇射撃を加えながらプレッシャーを掛け続ける。撃ち返した所で身を隠す木々は多く、走りながら背後へ撃ったところで当たるはずもない。

明らかに体力が劣り、かつ場馴れしていないフィオに狙いを絞った行動だ。フィオも懸命についてきてはいるが、プレッシャーもあってか、早くも息が上がり始めている。

なんとかしなければならない。

起死回生の一撃をお見舞いしなければ、遠からず敗北が決定付けられる。恐らくクレアもまた、同じように考えていたのだろう。



だからこそ、その事態への対応が遅れた。

幾ら視野を広く保とうと、真横を見るのは無理がある。

だから木の陰といった、通り過ぎた瞬間真横になるような場所にクレアはより一層の注意を払っていた。

緩急を小まめにつけて敵の目算を狂わす事で自身は生き伸び、相手には致命的な失敗のツケを払わす。

そのお陰で、ここまで敵の待ち伏せを捌いてきたのだ。

だけど、だからこそ、その敵に気付き、始末した時、反対側にまで潜んでいた敵に対して無防備な背中を晒す。



「クレア!!」

「――っ!」



銃を構えた敵が視界に入る。敵反射的に身を投げるようにしてクレアの背中へ飛び付き、敵の攻撃を躱しざま反撃の一撃をお見舞いする。



「ぐッ!」



発砲音は同時。

士道の狙い通り銃を構えた男の頭に当たり、男は力なく倒れた。だが、それと同じくして士道の体が衝撃に弾かれ、宙を舞う体が回転する。

クレアを庇った際に、左肩に銃弾を受けたのだ。



「士道、あなた!」

「かすり傷だ! それよりさっさと逃げるぞ!」



地面に滑り込むようにして倒れたが、呑気に寝ている時間はない。急いで起き上がった。ただでさえ後方の追手に気を配り、森を抜けるのだ。隠れる場所なら幾らでもある。

待ち伏せに最適だろう。

幾ら警戒した所で、限度があった。

幸い弾は貫通しているが、現状では止血をする猶予さえない。

それだけじゃない。最初は一塊だったはずの三人は、クレアの援護、そしてフィオの遅れによって少しずつ距離が開いていた。

前後からの攻撃がほとんどなかったために、後ろへ気を配る事を少しずつとはいえ疎かにしてしまったツケだ。

そして、あの時クレアを助けるために無理やり前へ出たのだ。



「シドー!」



フィオとの距離が離れすぎなければ大丈夫で、クレアへの援護はどうしても必要だったと判断した。それ自体は間違いではない。

ただ、強いて言うのなら元々二兎を得ようなどという事自体に無理があった。

フィオとの距離は既に十メートル近く離れている。いや、離されていた。

そして、その隙を突かれた。

どこへ隠れていたのか、男達の中でも一際体格の良い男がその体格に見合わぬ素早さで姿を現す。此方へ牽制の射撃を加えながら移動し、ナイフを抜こうとしたフィオをそんな時間すら与えず片手で抑え込んだ。

電光石火の早業だ。

そんな状況では此方も下手に身を晒すわけにもいかず、慌てて近くの木の陰に身を隠す羽目になる。



「フィオ!」

「お前ら、随分と好き勝手やってくれたな! 嬢ちゃんならこっちで丁重におもてなししてやる。お前らは安心してさっさと死ね!」



フィオよりも先に、その大男からの返答と弾丸が送られてくる。

それは、この場にいる敵の中で唯一知っている敵。

実行部隊隊長、ギュスタフ=グローデッドだった。



「あ……」



激しい銃撃の最中。



「ああ……」



掻き消えてしまいそうな声が、聞こえた。



「――――――――ッ!」



フィオ自身、きっと気付かないふりをしていた。見ないふりをしていた。

その何かが、キレた。



「ああああああああああああああああああッッ――――!!」



身を裂くような叫び。



「殺す! 殺してやる! お前が! よくもお父さんを! お母さんを! 許さない! 許さない――――っっ!!」



フィオが発したとは思えない、怨嗟の声。

それが痛いくらいに、響いた。

荒い息づかい。

地面を掻く音。

フィオはあらゆる力を振り絞ってギュスタフに噛み付かんと吼える。



「クソッ!」



フィオが敵の手にある以上、それがたとえ牽制でも下手に撃ち返すわけにはいかない。

だが、無理に距離を詰めようとした所でハチの巣だ。

こんな所で足止めをくらうわけにはいかないのに、貴重な時間ばかりが失われて行く。少しずつ、置き去りにした敵も追いついて来て銃撃は激しくなってきた。

先程までは相手が遠慮をして碌に撃てなかった。

そして今、フィオを人質にとられたせいでこっちが思うように撃てなくなる。

走り回って狙いをつけにくくする機動戦を展開してきた。だが、今、ここから動くわけにもいかなくなった。



今や盾としては頼りない木に身を隠す。

動けないせいで、集中砲火をくらいみるみる削られて行くのが分かる。手だけを出し、フィオのいない場所へ牽制の射撃を加える。回り込まれないようにし、銃撃が緩んだ隙にすぐ横の木に跳び込むようにして身を移した。

すぐ近くにクレアもいる。打開策はないかと期待して思わず見たが、やはり焦燥に駆られている。



「士道、今は退くわよ!」

「見て分からねえのか! フィオが捕まったんだ。敵が集まり切る前にさっさと取り戻すぞ!」

「冷静になりなさい!!」



クレアの言葉に、反射的に怒鳴り返す。

だけどそれ以上の怒声が返ってきた。



「このまま強引にとり返すつもりかしら。下手をすればあなただけでなくフィオちゃんまで巻き込まれる可能性があるわよ。それに、すぐに命を奪うような真似は絶対にしない事くらい分かっているでしょう。……フィオちゃんもあなたも、生きていればまだチャンスはあるわ」



成算なく突っ込んでどうにかなるような相手ではないと、残った理性がそう告げる。


フィオは見捨てられない。


だけど、打つ手がない。



「…………分かってる……っ!」



感情を理性でねじ伏せた末に出た声は、自分の声とは思えないほどに低い、獣の呻くような声だった。



「フィオ! 必ず迎えに行くから少しだけ大人しくしてろ! 知ってる事は全部喋っちまえ! どうせそいつらに謎は解けない!」



クレアが投げた複数のスモークグレネードが急速に一帯を煙で包む。



「行くわよ!」

「……っ、ああ!」



その隙に駆け出すが、相手もまた、そのタイミングで走る事くらいは理解している。

初めの内はすぐ傍を弾丸が霞める事すらあった。だが、いち早く真後ろではなく斜め後方へ逃げたのが功を奏したか、少しずつ闇雲に放たれる弾丸から遠ざかる。

そのままどれだけ走ったか。

追手はいない。

だけどそれでも、しばらくの間走り続けた。

敵としてもフィオを確保した以上、深追いをするつもりもないのだろう。

あれだけしつこそうな割には追い払って満足したのか、やけにあっさりと退いた。



「…………クレア」

「士道!」



だから、どちらからともなくふと足を緩めたその時、逃げる間ずっと考えていた事を口にする。クレアはそれに被せるように、強く名前を呼ぶ。



「あなた、本当に分かっているのかしら?」

「ああ、フィオの事は諦めるべきだって事くらい、良く分かってる」



どう考えたって、絶望的だ。

救出するには、リスクが高すぎる。



「だけどここでフィオを見捨てるような真似なんざすりゃ、どの道俺は死んじまう」



互いに、知った仲だ。

余計な言葉はいらない。

そんなクレアだからこそ、信頼出来る。



「頼みがあるんだ」



クレアはほら来たと言わんばかりに、うんざりとした表情を浮かべた。



「でしょうね。それで、どんな頼みかしら?」

「分かってんだろ?」

「薄々はね」

「とりあえず、電話番号を頼む」

「本当に、あなたって馬鹿ね」



呆れながらの遣る瀬無さと、だけどそれ以上に仕方がないという温かみのある目だった。



「こう見えても『教授』に迫るほど豊富な歴史、文化の知識や多数の言語を習得した天才だぜ?」

「……そういう所が、馬鹿なのよ」



恍けた答えはお気に召さなかったのか、クレアの口から深いため息が零れた。

でも、分かってるんだ。

あの時、フィオが自分自身を盾にすると言いださなければ、無理やりにでも他の突破方法を選んだだろう。

そして今も、止めようとしてくれて、少しだけ迷った。

だけど、こういった時に本心を殺してでも男を立ててくれる。



「まったく、お前は本当に良い女だよ」

「……ばか」



素直じゃないな、まったく。

そっけない言葉に隠されている気持ちを知っているから、苦笑が零れた。

本当に、どいつもこいつも素直じゃない。

きっと自分自身も、この場にいないフィオも含めて――



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