第16話
それは本当にひっそりと、隠れ潜むという言葉がそのまま当てはまるような森の中にあった。
小さく、素朴な村だった。
外延部にある数軒は焼け焦げ、崩壊している光景が痛ましい。
村の外観で分かる。
どこにでもあるのどかな田舎の村で、それは決して珍しい物ではない。
だけど尊く、掛け替えのない物だったという事くらい、フィオを通して痛いくらいに伝わってくるのだ。
手頃な家に入れば、室内には血の飛び散った跡が黒ずんでいる。家具はひっくり返され、空っぽの本棚は引き倒し、床は剥がれ、壁に穴が開くなどやりたい放題されていた。手掛かりとなるような物まで知らず破壊された可能性もあるだろう。
そうした家の中の一つ。
その中で見付けた、お宝への手掛かりにはならない、何気ない写真。
そこに収められた少女の照れくさそうな笑顔と、そんな少女を温かく見守る家族の柔和な笑みが眩しくて、どうしようもなく哀しい。
村の中央には多くの人骨があった。そこで、自然と足を止める。
もはや誰なのかも分からないが、フィオの家族か、家族同然の村人の骨だろう。
あまりの光景に、何も言えないでいた時だ。
「…………」
すとんと、地面に崩れ落ちる音。
とっくに死んでいると覚悟を決めてきたはずのフィオは、それでも茫然自失となってへたり込んだ。
そんなフィオにクレアはゆっくりと寄り添って、静かに抱きしめる。
誰もいない静かな村に、少女の嗚咽と静かな泣き声がずっとこだました。
「シドー……」
どれほど経ったかも分からないが、ゆっくりとクレアを振り払ったフィオから声を掛けられた。
泣きはらし、充血した目。
毅然とした、しかし弱さを内包した声音。
それでも強い意思と覚悟を秘めた瞳だった。
「家族を……村の皆を埋葬したいです。手伝って頂けませんか?」
「レディの頼み事を断れないのは知ってるだろ? お兄さんに任せなさいっと」
深く頭を下げたフィオの懇願。
それに否を告げる事など出来るはずもなかった。
近くの家から手頃な壺を持ち出し、手当たり次第、全ての遺骨を壺に納める。
遺骨を集め終えた後、フィオの案内で村から離れた場所にある墓地へと向かった。
この墓も村の設立と同時期の物なのだろう。
数百年の歴史は伊達ではなく、小さな村には不釣り合いな広さだ。
最低限の通路こそあるものの、墓の様式も場所もあらゆる物がごちゃ混ぜになった、バラバラな墓が入り混じっている。
ただ一か所だけ、入口から真っ直ぐ歩いた最奥にある石碑とその手前。
通路を挟んで左右に一列だけ、三つずつ。
かつては立派だったであろう墓が並んでいた。
それら全てに刻まれたクルツバッハ伯爵家の紋章。それはこの墓の主が家臣である事を示し、更には生没年や名前が刻まれているのが辛うじて読み取れる。
秩序が感じられるのは唯一そこだけだった。
この村特有の風習で片付けられるような物ではない。
むしろ、こういった村こそ、単一の墓を用いるのが普通だ。
石碑周りの物は例外にしても、それだけでこの墓地は説明出来ない。
中には仏教をベースにした物や、墓だとはっきり断言出来ない不思議な形の墓まで見られる。だが、それにしても雑多な印象だ。
何か言葉に出来ない違和感を抱えたまま、辺り一帯を見渡す。
「酷いわね」
「……ああ」
恐らく、この違和感を解決する最大のヒントは、石碑とその周辺の墓なのだ。
魔女の護衛としてこの地へと来たクルツバッハ伯爵家の家臣らの墓は、この墓地にあって一際古い。
だが、そこは荒らされていた。
周囲の土は掘り起こされ、墓石は引き倒され、中には砕かれたものすらある。
そんな中、フィオが破壊された石碑に近づいた。
「出来ればここに……。一番立派だったこの近くに埋葬してあげたいです。この村の、最後のお墓ですから」
背中を見せるフィオの表情は分からない。
ただ、誰からともなく動き出した。
全員が無言で、一心不乱に埋葬するための作業を行う。他の事を一切考えないために。
既に掘り起こされた場所に骨壷を埋め、村から拝借したスコップで土を被せる。破壊された石碑の欠片を立て、フィオが近くで摘んできた野花を添えた。
ただそれだけの、知らなければそうは思えないような、ささやかな墓だった。
「母が好きだった花です。この村の近辺にならどこにでもある、ただの花です」
顔を合わせようとしないフィオは先頭で誰よりも低く跪き、顔を伏せる。
きっと、母との思い出を胸に秘めて。
「…………」
少しだけ、フィオに倣って黙とうを捧げる。
写真を通して顔だけは知っている、或いは顔も名前も何一つ知らない誰かに……。だけどフィオを通して見知った、優しい人達へ向けて。
長い間村と共にあり、しかし最後の死者をちゃんとした形で埋葬出来なかったこの場所で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます