第15話
のどかな田舎の風景を横目に、車を走らせる。
昼食後、それも好天に恵まれたとあっては、今すぐ運転をやめて原っぱに寝転がりたい気分だ。
そんな欲求と戦いつつ、フィオのいた村へ向かう。
「士道、あなたが見た男はこの写真の男で間違いないかしら?」
そう言って後部座席からクレアが差しだした写真を受け取る。そこには間違いなく、あの時、あの村で見た男が写っていた。
「ああ、コイツで間違いない」
「この男が、主犯ですか?」
「……そうだ」
助手席から写真を覗きこんだフィオは感情を押し殺した、いつになく平坦な声で尋ねる。
そこに抑え込んだものは怒りか、悲しみか、恐怖か。
単純に一つではないだろうし、フィオの顔からはどれが最も強いのかさえ推し量れない。
正直、フィオに聞かせるべきか迷ったが、行動を共にする以上隠し通す事は不可能だ。
それは、クレアも同じ判断なのだろう。
クレアはフィオに注意しつつ、写真の男についての情報を喋り始めた。
「この男は国際的なテロリスト集団『テトス』の幹部、ギュスタフ=グローデッドよ。傭兵上がりの残忍な性格で、当時の依頼主と揉め事を起こし、殺害。逃亡後に以前より勧誘を受けていた『テトス』に入団。腕は一流だけど、気の短さが玉に傷ね」
続いて、クレアはもう一枚の写真を提示する。
「こっちはまだ裏がとれたわけではないのだけれど、黒幕はベルガ=カウフマンよ。『テトス』の
「なるほどな。つまりはそう言う事か」
「でしょうね」
強引な手法も、焦りから来るものなのだろう。
自身の死期を悟り、現代医療に頼れないからオカルトに縋った。
だけど話を聞く限り、冷酷な男だ。幾ら焦っても、本気でただのオカルトに縋る程耄碌してはいないだろう。
少なくともある程度の信頼性を置いてこの件に関わったはずだ。
やはり、宝を見つけるか本人が死ぬか。そうならない限り、手がかりの一つであるフィオを諦めるような事もしないはずだ。
「クレア。護衛の件、改めて頼む。さすがに俺一人じゃ厳しそうだ」
「いいわ。どうせベルガやギュスタフもターゲットリストに載っていたもの。丁度いい機会ね」
相手は残虐な大物のはずなのだが、近所へ買い物に行くのと同じノリで言ってのける姿は心配するのも馬鹿らしくなるほどの余裕を感じさせる。
「ほらな、恐い女だろ?」
「……どうやらそのようです」
ぼそりと傍にいるフィオに耳打ちすると、同じくぼそりと返って来た。いつもは反発しがちなフィオも、今回ばかりは同感なようだ。
「それより士道」
「あっ、はい!」
「……返事が変だけど士道、あなた今何か変な事考えてたかしら?」
「いやいや滅相もない。それで、御用件は?」
「まあいいわ。あなたは今回の件、信憑性はどのくらいだと思ってるのかしら? 出来れば専門家の意見を聞いてみたいわ」
どうやら良からぬ事を考えていた事はお見通しらしい。
「情報がまだ全部出揃ってないようだから確かな事は言えないが、割と高いな。現時点でだが、少なくとも四割はあると思っている」
「そう……。やっぱり本腰入れる必要がありそうね」
「だな」
やはりどうあっても、この手の宝はオカルトだ。
伝説は実在すると理解していても、単純な可能性を挙げるなら百に一(ひとつ)もない。
それが四割ともなれば。まして現代科学でさえ再現出来ないほどのお宝ならば、それだけで四割という可能性の高さ、そして社会に及ぼす影響を理解出来るだろう。
間違っても、ベルガのような男の手に渡して良い物ではない。
決意も新たに、目的地としていたフィオの村まであと少しという時だった。
ぐねぐねと曲がりくねった峠道の終盤。
こんな田舎で見るには不自然な車が、前方に姿を現したのは。
「……なあクレア。あれ、お友達?」
思わず後部座席に座っていたクレアに声を掛ける。
前を走るのは、あからさまに一般人とは程遠い男達が乗った、戦争を目的に作られた車だ。特にスピードを出しているわけでもないのだが、徐々に距離が狭まる。思わずスピードを落として時間を稼ぎつつ、先の質問に肯定してくれと祈る。
「生憎と、私の知り合いはもう少し品があるわ」
「あ……、あ~、そんじゃあの後ろの奴らも違うよな?」
「ええ、そうね」
それも虚しく、更には視界の端に映ったルームミラーを確認すれば呼応するかのように、どこにいたのか後ろからも同じハンヴィーが迫って来る。
クレアは淡々と答えながら、何やら自身が持ってきた荷物を漁っていた。
「おいおいおいおい、ちょ~っとばかし多くねえか?」
前方に二台、後方に一台。合計三台のハンヴィーに乗り、天井や窓から身を乗り出す男達。ご丁寧にアサルトライフルをちらつかせ、指示に従えとジェスチャーを送って来る。
後ろからはクラクションが鳴らされ、更には数発の威嚇射撃まで繰り出された。
車を停止させるためにスピードを落とす先導車は、文字通り鉄の壁として此方の選択肢を無理やりにでも奪いにかかる。
「士道、解かってるわよね?」
クレアの静かな声。
薬室に玉を送る音。
それは即ち、準備が完了し、始まりを告げる音でもあった。
「そりゃあ、なッ!」
「きゃっ!?」
言い切るのと同時にシフトを下げ、アクセルを踏み込んで急加速する。
唸りを上げるエンジン。
強烈なGが掛かり、後方へと引っ張られる感覚。
ハンドルを切って道を外れ、直接峠を下った。
分かってはいたのだろうが、それでもフィオの口から可愛らしい悲鳴が上がるほどの急な動きだ。警戒していた男達でさえその動きにはついていけなかった。
跳ねる車体は暴れ馬そのものだ。
転がり落ちないよう、全力で抑えつける。
だが、それは峠道の終わり、平野部に突入した事で別の困難となって襲い来る。
発砲音だ。
それも一発だけではない。
連続し、腹の奥底に響く、死の音。
一般道に戻る事も考えたが、銃撃される事を考えれば、悪路で照準を定めさせない方が良い。
まばらに立つ木を遮蔽物にしつつ、少しでも被弾しないよう全力を傾ける。
「ちょっと荒くなるから気をつけろよ!」
「シドー、言うのが遅いです!」
「そいつぁ失礼! ちょいと余裕がなかったもんでな!」
後方の敵はタイヤや車体を狙ってくる。なるべく死なない様気を遣っているのだ。キーとなり得るフィオを傷つけないようとしての配慮だろう。
クレアはガラス越しに後方へ向けて射撃を開始した。粉々に砕かれたガラスが崩れ落ち、後方へ置き去りになる。少しずつ激しくなる敵の銃撃。迫り来る巨大な車体。
小回りを利かしてどうにかするしかないが、相手は数の利を活かして包囲しにかかる。
「フィオ、伏せてろ!」
何発か、車体に当たった音も聞こえる。
「クソったれ! こちとらお宝探しに来ただけだってのに、なんで戦争になってんだ!」
「やっぱり士道、あなたといれば退屈しないで済むわね」
「そんでお前はいつも余裕だな、クレア!」
「この程度、今更じゃない」
まるで遊園地でジェットコースターでも楽しんでいるかのような声音。
命懸けのカーチェイスでさえ、才媛にとってはその程度なのだろう。
「俺は謎の解明や探索が楽しいんであって、ドンパチは好きじゃねえんだよ!」
「あら、でも得意でしょ?」
「そりゃ嫌でも上手くはならあなッ!」
上手くならなければ死ぬだけだ。
この程度の修羅場なら、生憎と何度も経験してきた。
「悪路にゃあっちの方が有利ってか! くそっ、こっちは一般車なんだからハンデよこせ!」
木々はハンヴィーの行く手を遮るほど多くはなく、大した障害物に成りえない。
いくら相手は小回りが利かないとはいえ、三台の連携を相手に逃げ回るには限度があった。
「くっ!」
「――っ!」
「きゃっ!?」
右側に寄って来たハンヴィーの体当たりを受け、左へ弾かれる。
無茶な運転に加え、幾度となく被弾した事で、車体は早くも傷だらけだ。
「野郎、買って間もない愛車になんてことを!」
反骨心も露わに一矢報いようとし、右に切ろうとしたハンドルを慌てて直進のまま固定。
そして急ブレーキ。
「っ、うぉぉおおおおおおおお――――ッッ!!?」
直後、ハンヴィーの助手席から俺に照準を定めたアサルトライフルが火を噴いた。
横にいたハンヴィーは前方へ置き去りになる。代わりに後ろから迫っていたハンヴィーと衝突した。
「うぐっ!?」
「――っ!」
激しく揺られた車内。コントロールを失い、反転しそうになる。
強引に停車させられかけたがアクセルを踏み込んでなんとか脱出。真横に進路変更した。
「シドー、運転が下手すぎます!」
「レディが乗ってる事を知らないのかしら?」
「やっぱり口先だけのエセ紳士ですね」
「バカ言うな。死ぬとこだったんだぞ!」
あまりにも辛辣な物言いに思わず怒鳴り返す。
「安心しなさい。バカは殺しても死なないわ」
「シドーのせいで私達が傷つく事はあっても、当の本人はピンピンしてるでしょうね」
「まさか味方がいないとは思わなかったぜ……」
だが、その辺を汲んではくれなかったようだ。
泣けてくる。
「ったく。生憎と、野郎にケツ掘られる趣味はねえんだ。俺の株がこれ以上下がる前にお前らさっさと退場してもらうぞ!」
衝突と銃弾によってひび割れたフロントガラスを銃把で粉々に砕く。既に車体のあちこちがボコボコになり、車に気を遣うのが馬鹿らしくなったからこそ出来る大盤振る舞いだ。
ハンドガン片手に、前方のハンヴィーの天井から姿を現している男に向けて発砲する。狙いを定め、立て続けに引き金を引いた。一弾倉使い切ったのと同時に、男の頭が派手に弾かれ、上を向く。
「ハッハァ! 見たか、ヘッドショットだクソ野郎!」
だが、ずるずると崩れ落ちた男の代わりにすぐ別の男が姿を表す。
「おいおい……、あと何人いやがるんだ!」
安心する間もない。
新たに出てきた男のアサルトライフルが火を吹くのと同時に、蛇行して回避。
車ごとまとめて葬りたいが、手持ちの武器にハンヴィーを壊せるほどの火力はない。ジリ貧の状況でどうするべきかと頭を悩ませながら、どうにか敵の攻勢を凌ぐ。
体当たりを受け、何発も被弾している。
車のダメージはいよいよ危うい。
ハンヴィーの追跡を振り切るため、一般道から伸びる林道に進路を変更する。
ここなら一本道で、普通車同士がかろうじてすれ違えるか程度の道幅しかない。更には曲がりくねり、木も生い茂っている。遮蔽物には事欠かないし、サンドイッチの心配もない。
「シドー、これ使いますから!」
「好きにしろ!」
すぐ後ろにいるハンヴィーに集中していたために他所見をする余裕もない。
だからフィオの言うこれが何なのかも分からないが、何もしないよりはいい。嫌がらせ程度にはなるはずだ。
敵を一瞥したフィオ。なにかのピンを抜く音。
そしてフィオはそれを後方へ投げる。
後ろへ流れていったそれは、曲がりカーブでハンドルを切った瞬間を見計らったかのようにタイヤのすぐ傍で爆発した。
「…………え、今何投げたの?」
「手榴弾ですが、なにか?」
手榴弾の爆発で壊れるほど、ハンヴィーは柔じゃない。
だけどハンドルを切っている際、タイヤにピンポイントで爆発すればハンドルは取られる。
コントロールを失ったハンヴィーは道を外れて落下し、木にぶつかって煙を上げた。
「案外簡単ですね」
「あら、やるわね」
軽々と言ってのけるフィオ。
ようやく、一台を退場させる事が出来た。が、それに一息つく暇はないと、ルームミラーを見て悟らされる。
「RPG!?」
車の中から対戦車ロケット弾を引っ張りだした男が車上に姿を表した。
遂に業を煮やしたか。
死んでも構わないと言わんばかりの武器だ。
道を外れようにも森は深く、木々が壁となって立ちはだかる。
発射を阻止しようとしたクレアに対しても、牽制の銃撃が激しくなった。
せめて狙いをつけさせないために車を可能な限り左右に揺らすが、それでも限度がある。
「こいつを使え!」
車内にあった発炎筒をクレアとフィオに投げて渡す。
発掘に使う可能性があったから何本も買っておいて良かった。
次々と発火させ、後部座席に置いていく。
目くらましが効いている間は、時間稼ぎできるだろう。無理をして撃っても、命中率は低い。
そう期待し、ルームミラー越し。煙幕の切れ目で、RPGを構えていた射手と視線が交わる。
瞬間、対戦車ロケット弾が火を噴いた。
「くっ――!?」
反射的にハンドルを切る。ヒュンッと、胆の冷える音は真横から。弾頭はそのまま通り抜け、その先にあった木の幹に命中した。
ごっそりと幹を吹き飛ばされた大樹。それは燃えながら道の方へ倒れ始める。
「おいおいおいおい……マジかよ!」
安心する間もない。
選択肢は行くか止まるかの二択。
ここで止まればその隙に包囲され、捕まる。
抵抗した身では、碌な目に遭わないだろう。
無茶と分かっていてもアクセルを踏むしかなかった。
「二人共掴まってろ!」
こんなことならスポーツカーでも買ってれば良かったと今更ながらに後悔する。
「無茶よ、士道!」
シフトを下げて加速力を上げる。
「シドー、何か他の方法はないんですか!?」
アクセルを全開にした。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおっっ――――!!」
間に合ってくれと、祈った。
「ダメです! 間に合いません!!」
フィオの悲鳴染みた叫び声。
「行くしかねえんだッッ!!」
十メートルは手前のこの時点で、既に天井を掠めるかどうかの位置だ。
フィオの言う通り、間に合わない。
だけど、今更止まれない。
進路は真っ直ぐ。
少しでもマシな、木の幹のすぐ横。
「伏せろッ!」
「〰〰〰〰っ!?」
フィオが声にならない悲鳴をあげる。
涙目でこっちを見て、だけど無駄だと諦めたか。
クレアとフィオがフットスペースへ身を潜り込ませたときには、フロントガラス一杯に木の幹が映る。それとほぼ同時。アクセルを踏んだまま膝を曲げ、体を下げて仰向けになった。
鉄がへしゃげた。
眼前を太い木の幹が覆う。
それは一瞬で後方へ流れる。
限界までハンドルを握り締めたが、衝撃にコントロールを失った。
「きゃあっ!?」
「うおッ!?」
「――ッ!!」
ガツンッ! 再び衝撃が走る。
激しく車体がスリップし、振り回された。
目が回って前後不覚に陥る。
後続からのクラッシュ音が聞こえる中、なんとかブレーキを踏み込んだ。
「…………死んで、ないですよね……?」
「たぶん、な……」
「ほんと、退屈しないわね」
恐る恐るフィオが尋ねる。
一息ついて、ようやく自分の命がまだある事を実感した。
バクバクと鳴る心臓が、今もまだ生きている事を教えてくれる。
ゆっくりと周囲を伺いながら体を起こし、姿勢を元通りに直せば、自分の顔より高い位置にあるはずの人工物が何一つ見えない。
窓枠のフレームから座席の上部まで、全てごっそりと持って行かれた。
銃弾によって穴が開き、あちこちにぶつかって傷だらけ。
特に、最後にどこかへぶつけたであろうフロントが酷い。
誰が見ても廃車にするべきだと言う悲惨な車体になっていた。
「オ、オープンカーにしようか迷ってたとこなんだ。随分と気が利くじゃないか……」
「シドー、声が震えてますよ」
「あまりの出来栄えで、感動のあまりついな。オープンカーに乗ってりゃレディからモテるって良く聞くから、前からこうしようと思ってたんだよ」
「…………」
「ほんとだからな!」
フィオの呆れた視線が突き刺さる。
いや、何やらクレアからも同様の視線が向けられた。
後方からは、男達のうめき声とパチパチと一部を炭化させた木が音を立てる。
ブレーキが間に合わなかったのか、行けると判断を誤ったか。
恐る恐るアクセルを踏むと、こんな状態でも車は動いていくれた。
「風が目にしみるぜ……」
オープンカーになった事で風がダイレクトに伝わるせいで、無性に涙が出そうになった。
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