第12話



『教授』と別れた後は、驚く程静かだった。

そもそも随分と地下を歩いたから、相手もこんな場所にいるとは思ってもないだろう。

警戒するが、遂にチンピラの一人も遭遇することなくたどり着いた車。

だが、そこには異様な光景が広がっていた。



購入して間もないセダン型の車。そのボンネットに腰掛けるのは、抜群のプロポーションを誇るハリウッド女優も斯くやと言わんばかりの美女だ。

黄金のようなブロンドヘアが太陽を反射し、煌めく。サングラス越しでも分かる理性的な美貌。大胆な服装から覗く、深い谷間。

男ならずとも同性でさえ虜にしてしまいそうな美女だ。

間違いなく周囲にいる男達の目を引くだろう彼女。だが、そのような視線を送る男は、少なくともこの場にはいなかった。


死屍累々。


そんな言葉がしっくりくる光景が、彼女の足元に広がっていたから。

ナイフは勿論、中には銃までが道端に落ちている。だけど、血は流れていない。

これだけの人数を素手、ないし殺傷力の低い得物で無力化したということだ。



「女を待たせるなんてなってないわよ、士道」



サングラスをとって胸元にしまいこみ、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。



「あ~、悪い。ちょいと立てこんでてな。……うん、今片付いたみたい」

「みたいね。この子がフィオーネちゃん? 写真で見るよりも随分と可愛いわね」

「だろ?」

「それで士道。あなた昔から節操なかったけど、いつからロリコン趣味を発症したのかしら?」

「馬鹿な事言うなよ。連れ回してる理由は言っただろ」

「さて、どうかしら。あなたってそういう所はあまり信用できないから」

「あの……、シドー」



くいくいと、フィオに袖を引かれる。



「この人は、誰ですか?」

「ん? ああ、こっちはクレア=アルシェイド。CIAのエージェントだ」

よろしくと、クレアが手を振る。

「お前さんの情報を教えてもらったのも、クレアのお陰さ」



だから敵に先んじてフィオを確保する事が出来た。



「補足させてもらうなら、CIAは本職じゃないわ。辞めても良かったのだけれど必死で引き止められたから、バイト感覚でたまに任務を引き受けているだけなの」

「CIAのバイト……ですか?」



恐る恐るフィオが尋ねる。

バイト感覚で出来るものなのかという疑問は至極真っ当だ。その疑問を抱いた相手が真っ当な人間相手なら。



「結構良い額もらえるのよね」

「気を付けろよ。これで選りすぐりの天才達の中でも更に頭二つ分くらい飛び抜けた天才中の天才だ。……何より逆らうと怖いぞ」



クレアと出会ってから何度ひどい目にあったことか。

それでもこれほど頼りになる奴もいないから、結構な頻度で頼みごとをする羽目になるのだ。



「士道、聞こえてるわよ?」

「忠告だよ。フィオもこれで中々の毒舌だからな。今クレアにへそ曲げられたら困るし」

「あら、そう。でもそういう事言われて傷ついちゃったから、帰っていいかしら」

「待て、悪かった。ほら、俺とお前の仲だろ? ちょっとしたお茶目なジョークって奴さ。男が馬鹿やって、良い女はそれを許す。そういうもんだろ?」



踵を返したクレアを慌てて引き止める。



「そうね。良い女は馬鹿な男が付け上がらないように躾けるものよ。だから侮られないために、口先だけのポーズじゃなくて実行に移すの」

「おい待て、分かった本気で悪かった! 報酬に上乗せするから頼む。今クレアがいないとどうしようもなくなるんだ!」

「まあそうでしょうね。プロフィールに始まる情報収集は勿論、その分析。更には敵の装備や練度、人数の把握。これら全部、一体誰のお陰で成り立っているのかしらね?」

「クレア様のお陰でございますはい」



つらつらとたった数日間の功績を述べるクレアは、どれ一つとっても自分には無理な事だ。というかこれを僅か数日でそれだけの仕事をこなせる人間が世界にどれだけいるだろうか。



「分かっていればいいの」



薄々こうなる予感はしていたのだが、どうにもクレアと初めて会った時から今日まで手玉にとられっぱなしだ。

頼りになるが、かと言って頼り切ると後が怖い。

ぼったくりバーに入った時に似た、鴨が来たとばかりの獲物と判断された時の雰囲気にそっくりだ。……怖くて冗談でもそれを口に出せない辺り特に。



「それにしても随分モテているみたいね。軽く調べただけでもかなりの数の追手が掛かってるみたいだし、妬いちゃうわ」

「へえ、そいつはまた……。予想通りとはいえまったく、モテる男は辛いねえ」

「あら、何を勘違いしているのかしら? 人気者はフィオちゃん。士道、あなたはそれに付きまとう害虫よ」

「おおぅ……」



クレアの呆れた視線が突き刺さる。



「それでフィオちゃん。私の事はクレアと呼び捨てでいいから、そう呼んでちょうだいね。私もフィオちゃんと、そう呼ばせてもらうから」

「分かりました。それではクレア、よろしくお願いします」

「……なんか俺の時と反応違うくない?」

「当然です」

「当たり前じゃない」

「さいですか……」



なに馬鹿な事を言っているのかと口を揃えての反論。

知り合ったばかりだというのに息がぴったりで何よりだ。

うん、仲が悪いよりよっぽど良いに決まってる。……いやほんと。




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