第10話
景観を壊さない程度に近代的な建築物がある一方、多くを古い建物が占めている首都の一角。
目的地から少し離れた路上に駐車する。
まっすぐに目的地へは向かわず、観光がてら少しぶらつく。
人の多い駅前を抜け、閑静な住宅街へ。
人影はまばらだ。
だから、良く分かった。
「フィオ、そのまま聞いてくれ。つけられてる」
「……人数は?」
フィオは一瞬だけ身を固めたが、歩みを止めることはなかった。
顔は前を向いたまま。
傍からは会話すらしていないよう見えるだろう。
「今の所一人だ」
「……どうするんですか?」
「逃げるに手頃な場所を見つけたらとんずらだ。最悪、荒事になる」
正直、フィオを発見した街で追いつかれる覚悟をしていた。
だから街を出るまで何もなくて、密かに安堵したのだ。
ここまでくればしばらく大丈夫だと思っていただけに、正直予想外だった。
「まったく、日頃の行いは良いはずなんだがな……」
人ごみか入り組んだ道を探している時、敵に動きが見えた。
ここまでつけてきた男に五人以上合流する。更には前方から警察官。
「失礼。ちょっとよろしいですか?」
ちょっとした用事といった雰囲気で、警察官の男が気さくに声を掛けてくる。
こんなタイミングでもなければ、素直に応じただろう。
背後の男達が一斉に足を早めた。
荒々しい気配。
先回りと包囲もされているだろうが、そう簡単な事ではない。
どこかに抜け道があるはずだ。
「さすがに組織ぐるみはねえんだろうが、嘆かわしい。ま、もし違ってたら悪いな」
「……へ?」
さすがに、油断していたか。
先制の一撃は無防備な顎へ。
気絶した警察官が倒れる。
「フィオ。正面、左側の路地裏に駆けこめ!」
「分かりました!」
慌ただしい気配。
それは、背後からだけでなく進行方向からもだ。
「止ま――「あらよっと!」――ぐあっ!?」
曲がり角で飛び出してきた男には、出会い頭にラリアットをお見舞いする。
「待て!」
背後から複数人が迫る気配。
「これ代金!」
適当に掴んだお金を投げ渡し、花屋の軒先にあった鉢を上に投げる。
「はぐっ!?」
鉢は後ろから迫る男の頭に落ちた。
追いつく敵は各個撃破し、路地裏や曲がり角を使ってかく乱する。
「コイツら……」
素人よりはマシだが、程度が知れている。プロと呼ぶにはおこがましい。見た目といい、チンピラを金で集めたのか。
中には厄介なのもいるが、どうにもならないほどではない。
だけど、数が多い。
さすがにフィオを守りながら全員を相手にするのは無理だ。
「あそこに逃げ込め!」
「あそこってどこですか!」
「あそこだよ、あの民家!」
「右側と左側、どちらかと聞いてるんです!」
「ああもう、右だ右!」
「でしたら最初からそう言ってください!」
お向かいさん同士で談笑中の民家へ、無理やりお邪魔する。
締め出して玄関に鍵をかけた。
「悪いね、おばちゃん!」
扉の向こう側で騒いでいるが、こちとら命懸けだ。諦めてもらおう。
「ちょいと失礼!」
ぽかんとした老夫婦がいる居間を通り抜け、勝手口へ。
そこから外へと飛び出す直前。
「おおっと。追いかけっこはおしまいだ」
「きゃっ!?」
男が一人、姿を現す。
先を行っていたフィオを捉え、頭に銃を突きつけた。
鍵を閉める間、傍で待たせるべきだったと後悔しても遅い。
男がゆっくりと後ずさり、距離を置く。
銃はフィオの頭部と俺との間を頻繁に行き来する。
さすがにフィオも、この状況では迂闊な真似は出来ない。
壁に身を隠していた事に気付かなかった。
背後では力ずくで玄関を破ろうとしている音。そう長くは保たないだろう。
回り込めという言葉と共に、複数の人間が慌ただしく動く気配もする。
相手に問答無用で撃つ度胸はない。
だが、迫ればどうなる?
視線を周囲に巡らすが、この状況を打開するに足る道具はない。
他の策は?
幾つもの案が浮いては消える。
そして、名案は目の前に現れた。
「まったく。こんな可愛らしいお嬢ちゃんにこんな無粋な物を突きつけるとは、なっとらんのう」
「……へ?」
男の、間の抜けた声。
後ろから伸びた手がハンドガンのスライド部分を目一杯まで引いて、一気にひねり上げる。続けて咥えていた古式ゆかしいパイプをひっくり返し、灰を男の鼻先にちょこんと乗せた。
「あつっ!?」
予想外の事態に気を取られている隙に全力で距離を詰める。
気配に気づいて慌てて振り返った男に顔面ストレートをお見舞いした。
「あがっ!?」
前歯が折れ、崩れ落ちる男は膝立ちに。
そこへ、するりと拘束を抜け出したフィオが止めの一撃をかます。
「ひぎゅうっ!!」
トゥキックを急所に受け、男が泡を吹く。
二度と使い物にならないのではと同情してしまうほどのオーバーキルだった。
「……う、うむ。どうやらただの可愛らしいお嬢ちゃんではないようじゃの」
助け舟を出した初老の男ですら、若干引き気味だ。
「それで、貴方は誰ですか?」
警戒心も顕に、フィオが問いただす。
「安心しろ、フィオ。さっき話しただろ。『教授』さ」
その頭にぽんと手を置いた。
腹立たしげにすぐ叩(はた)かれたが。
「助かったぜ、『教授』」
「うむ。何やら騒がしいかと思って出向いてみれば、予想通りだったのでな」
好々爺とした笑顔を絶やさない、初老の男だ。
「それでは改めまして、お嬢さん。仲間内では古くより『教授』と呼ばれておる隠居爺じゃ」
「……フィオーネ、です」
「うむ。よろしくの」
フィオの固い挨拶を咎める事もなく、孫娘を見るかのような温かい視線。
ドンッと、一際高い音。
背後が騒がしい。
壁の一部に穴が開いていた。
いよいよ破られる直前といったところか。
「さてと。まずは逃げるが先かの」
「賛成だ」
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